60.放蕩者の帰宅2
「……お二人共、少々過保護なのでございますよ」
冷めたお茶を入れ直しながら、シルヴィオが淡々と言った。
「いつまでも守り切れるものでもないでしょうに」
「複雑だよ、シルヴィオ……」
レオが椅子の上で膝を抱えた。失望されるのも嫌だが、小さな子供みたいに守られるのも嫌だ。
「挽回の機会はいくらでもあります。今はせいぜいお勉強なさいませ」
勉強の為とうそぶいて極秘文書を漁ったことを、今頃になってちくりとやられた。
レオはシルヴィオに見守られながら、温かいお茶をこくんと一口飲んだ。
「ねえ、僕が知らされてないことって、まだ他にもある?」
「さあ……そう言われましても」
「僕、魔の祓い方も教わってないんだよ。おじい様は『その時が来れば分かる』って」
「ああ、それはそういうものらしいですよ」
「うそ」
「嘘ではございません。教えられずとも体が知っているそうです。逆に言えば、言葉では教えようがないと」
「ふうん……」
本当にそうなのか。おじい様をちょっと疑ってしまって悪いことをした。
――旦那、魔を祓うって、具体的にはどうやるんです?
あいつにそう訊かれたのはいつだっけ。
カップの中を覗き込んでも、答えは勿論映っていない。
――さあね。知らない。
――知らない?
鸚鵡返しにそう言って、カルミネはあの時、驚いたようにレオを見上げたのだった。
――うん。その時が来れば分かるんだって。
――何ですかそれは。不安だ……。旦那、ちょっと先に練習しておきましょうよ。
――どうやってだよ。やり方も分からないのに。
冗談のようなやり取りを思い出し、レオはクックッと肩を揺らす。
「本当に、あいつったら……」
今どこで何をしているだろうか。冷静に見えて時々無茶をしでかす、小生意気で可愛いレオの助手は。
「あいつとはどなたです?」
「あ、ええと……」
レオは顔を赤らめ、何でもないと首を振った。
まったく、僕は一日に何回、あいつのことを思い出せば気が済むのだろう……。
レオはちらりと上目遣いにシルヴィオを見て、意を決したように口を開いた。
「ね、ねえ、物は相談なんだけど、カル――」
「致しかねます。家名や財力に物を言わせ、修道院から従僕を引き抜くなど」
レオが相談内容を打ち明ける前に、シルヴィオはぴしゃりと撥ねつけた。
「そ……そんな言い方しなくても……」
しゅんと肩を落とすレオは、稚い獣の子供のように愛らしかったが、シルヴィオはほだされなかった。この世のすべての悲しみを知る、両の眼をずずいとレオに近づけ、
「レオナルド様、随分とご執心ではございませぬか……?」
疑わしげに囁かれ、レオは途端に耳まで茹で上がった。
「はぁっ? なっ、なっ、なんで僕があんな子供に――」
「本件に」
はああ~……と、後ろに倒れ込むレオの体を、大きな椅子が優しく受け止めた。
そうか……。カルミネをそばに置きたいと言えば、そういう風に受け取られるのか……。
それならば、シルヴィオは絶対に聞き入れてくれないだろう。
シルヴィオはきびきびと茶器を片付けながら、
「本件は既にレオナルド様の手を離れております。後のことはおじい様に任せて、レオナルド様はご自身の務めをお果たしくださいますよう」
「僕の務め?」
シルヴィオは直接答えず、にっこりと微笑んだ。
「奥様が急がせた甲斐あって、本日中には仕立て上がるようでございますよ」
「……」
自身を待ち受けているものを思い出し、レオはこの世の終わりのように顔を覆った。
「では、私はこれで失礼いたします」
出ていこうとするシルヴィオの背に、レオが恨みがましく訊ねた。
「ねえ、クッキアイオ家は社交しないんだよね……?」
シルヴィオは振り返り、感慨深げに首を振った。
「これも時代の流れというやつでございましょう……」




