28.二人目の犠牲者1
【C・ミディーカの検死報告書――抜粋】
側頸部から鎖骨上窩にかけて、広範囲の裂傷及び欠損あり。周辺の筋組織は損傷が著しく、喉頭及び気管が露出。第三及び第四椎骨に獣の牙によると思われる傷痕あり。その他外傷なし。欠けた咽頭部肉片の行方は不明。死因は頸動脈断裂による大量失血。
【報告書――抜粋】
現場に到着したL・クッキアイオは、本件をV・トゥリパーノの犯行と断定。室内には外部からの侵入の形跡はなく、また、事件発生当夜、その場にいたV・トゥリパーノが無傷で生存していたことから、小職も現時点ではその可能性を否定しない。
L・クッキアイオを目撃したという調査官たちは皆、口を揃えて彼が特筆すべき美貌の持ち主だったと証言した。彼が半魔であることは一般に周知されていないが、今後は調査官たちが取り込まれないよう、留意しておく必要がある。彼を案内した調査官、G・トラメッツィーノの話では、性格は大人しく、争いを好まなさそうだったとのこと。
L・クッキアイオは当初、V・トゥリパーノについて、狼憑きとの見解を示したが、現在は「魔に憑かれた」あるいは「魔に取って代わられた」可能性を視野に入れ、本件を追跡中。当機関も引き続き彼に全面協力するものとする。
V・トゥリパーノの行方は依然として不明。同人が最後に目撃されたのは、ミディーカ宮の海の玄関において、迎えにきたトゥリパーノ家のゴンドラに乗り込んだところである。玄関まで付き添い、同人を見送った調査官、R・エズィレによると、この時、V・トゥリパーノに特段変わった様子はなかったという。
誘拐、或いは誘拐を装った逃亡との見解をL・クッキアイオと共有。V・トゥリパーノの発見を最優先事項とする。
追記――L・クッキアイオが、V・トゥリパーノの追跡をB・ミディーカに妨害された可能性を示唆。当機関にてB・ミディーカを尋問。骨董への偏愛とL・クッキアイオへの興味を確認。妨害の意図はなかったと思われるが、厳重注意の上、帰宅を許可。
(※本人に関する記述を除き、同内容の報告書をL・クッキアイオに提出)
§
総督宮殿の一角にある小さな執務室で、眠らない都の国家元首は今宵も書類仕事に精を出していた。
このところの魔獣騒ぎのせいで、上がってくる書類の量も右肩上がりである。
流石は我が共和国、男を寝かさないと評判だけあって……などと、マリーノが疲れた頭でぼんやり考えていると、
「――こんばんは、総督閣下」
鼻にかかった、物柔らかな若い男の声が降ってきた。
マリーノが顔を上げると、帰郷早々、共和国の優秀な調査官たちを誑かしているらしい、不届きな半魔の坊ちゃんが目の前に立っている。
「どうやって入った」
ここはヴェネツィア共和国の中枢、何人たりとも許可なく入ることのできぬ区域である。
「え? 何となく、気配を消して」
レオは事もなげにそう言って、「普通はできないんだっけ?」と物憂く首を傾げる。
「普通の人間はな」
「そうなんだ。その辺は正直、よく分からないね。こういうのってさ、『ねえ、気配って消せるよね?』とか、いちいち友達に確認したりしないし」
「分かった分かった」
マリーノは諦めたような表情で優美な菓子器の蓋を開け、レオを差し招いた。
「大人しくしていろよ? こんなところを誰かに見られたら、まずいどころの話では済まない」
ヴェネツィア総督は総督補佐官の立ち会いなしには誰とも面会してはならない。
それだけではなく、単独での外出も禁止なら、総督本人宛の私的な手紙の開封も禁止。
総督帽を頭上に戴いたその日から、徒党を組んで更に高みへ――よもやヴェネツィア国王になろうなどという不遜な望みを抱いていないか、常に監視される立場だった。
レオは菓子を口に放り込み、分かっていると言うように、億劫そうにマリーノを見やった。
もぐもぐと気だるげに動く唇を眺め、マリーノがぷはっと笑う。
「そういうところはちっとも変わっていないな」
「どういうところ?」
「人というより、大人しくて毛づやの良い、優美な獣の子のようだ」
マリーノは背もたれに背を預け、気安く訊ねた。
「で、お前、何しに来たの」
「呼んだのはそっちだろ」
「昼間に来い、昼間に」
一度進捗を報告に来い、と調査官を介して伝えてきたのはマリーノだが、どうやらそれは夜中にぷらぷらと一人で来いという意味ではなかったようだ。
「いいでしょ別に。それに、進捗も何も」
「そうだな……」
自家のゴンドラと共に消えてしまったヴィルジリオ・トゥリパーノは未だ見つかっていない。
それどころか、ミディーカ家の惨劇から僅か二日後、新たな犠牲者が出た。
「せっかく来たんだ。お前の目で見たものを私に話してくれ。私は報告書を介してしか、事件の概要を知ることができないから」
「うん……」
マリーノに促され、レオは語り始めた。
ジャンニの姓、トラメッツィーノは全編を通じてここにしか出てこない




