表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海のバビロン~淫蕩この上なき堕落の都と半魔の坊ちゃんが捧げる純情の行方~  作者: 初春餅
第2章:あまりにも美しい助手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/79

22.美し過ぎて1

「――帰った?」


「ええ、ご自宅のゴンドラが迎えにきたので」


 トゥリパーノがいた形跡など跡形もなく片付けられた部屋で、メイドが額縁にはたきをかけながら答える。


「そう言や別に容疑者じゃなかったし、帰宅は制限してなかったな……」


「まあ死んだ愛人の家なんて、長居したい場所でもないしね」


「ウン……」


 大人顔負けのカルミネの言葉に、ジャンニは頷くことしかできない。


 怜悧な子だな……恰好は怪しいけど、とレオが思っていると、カルミネがチャッとレオに目を向けた。


「旦那、どうします?」


「仕方ない。行くしかないだろ」


 魔獣が化けているかもしれないとまでは言わないにしても、狼憑きであるかもしれない人物を放置する訳にもいかない。


「ゴンドラをお回ししましょうか」


 ジャンニが親切に申し出てくれた。


「うーん……歩いていくのとどっちが早い?」


「変わりゃしませんぜ」と横から活きのいい声が上がる。


「そうか」


 レオは笑って三角帽子をポンと撫でた。


「じゃあ歩いていくよ。ありがとう、ジャンニ」


「承知しました。では、お気をつけて」


 からりと笑って一礼するジャンニに別れを告げ、レオは助手と共にミディーカ宮の陸の玄関へ足を向けた。


 ジャンニの同僚らしき男たちが、すれ違いざま心得たように会釈を寄越していく。


「手慣れた感じの人たちだね」


十人委員会コンシーリオ・ディ・ディエチ直属の調査官たちです。ジャンニもですが、この手の案件に駆り出されるのは精鋭です」


 共和国の治安を一手に司る、類まれなる(エッチェルソ・)十人委員会コンシーリオ・ディ・ディエチ。彼らの所掌は国家に対する陰謀から、ヴェネツィアの安全な夜をおびやかす魔物トラブルまで、実に多岐にわたる。


「後ほど、彼らから本件の詳しい報告書が届くでしょう」


「僕に?」


「それはそうですよ。僕を含め、皆あなたの手足です。何なりとお命じください」


 カルミネがにこりともせず言い足した。


「協力は惜しまないから、早々に解決してほしいという共和国からの無言の圧力です」


「肝に銘じるよ」


 タダより高いものはない。


「――恐れながら、レオナルド・クッキアイオ様でございましょうか」


 呼び止められ、レオが振り返ると、ミディーカ家の家令であろう、テイルコートをまとった男が畏まって立っていた。


 レオのよく知る家令よりも悲しげでなく、家令という役職の響きから連想される年齢よりも幾分若い。


「お人違いでは? こちらはヴィンチの旦……」


「カルミネ、ややこしくしなくていい。僕に何か」


 心持ちカルミネの前に出つつ、何事もなく取り繕うレオに、ミディーカ家の家令もまた、おかしな言葉は何も聞こえなかったように恭しく一礼した。


「当家のベルトランド・ミディーカがお目にかかりたいと」


「分かった。お会いする」


 さっさとトゥリパーノを追いたいところだったが、館の主人からの招待を断っては失礼に当たる。家令に先導され、今来た道を引き返しながら、レオが小声でぽつりと言った。


「いたのか……」


「そりゃいるでしょ。ここんちの主人ですよ」


 カルミネも極小の声で囁き返してくる。


 ふん……。


 何でまた、僕に会いたいのだろう。


 妻の寝室からとうの昔に追い出された男。


 昨夜、世にも恐ろしい咆哮が響いたという妻の部屋に、駆け付けることをしなかった男。


「――初めまして。クッキアイオの若君」


 ベルトランド・ミディーカは、中国趣味シノワズリの美しい衝立の奥でレオを待っていた。


「ミディーカ様。この度のこと、心からお悔やみ申し上げます」


 通された部屋は、線の細い主人の印象そのままの部屋だった。


 ありきたりの調度。だが、優美で繊細。


 室内を隠すように置かれた四枚折の螺鈿細工の衝立だけが、ささやかな個性のきらめきを放っている。


「どうぞ、お楽に」


「では、失礼して」


 招き入れられた衝立の陰でレオは椅子を勧められ、香り高いお茶を振る舞われた。


「……気に入りましたか」


「あ、ええ。綺麗です」


 衝立をしげしげと眺めているレオに、ミディーカは満足げな笑みを漏らした。


「道楽でね。こういうものを見ると、つい欲しくなってしまう」


「そうですか」


 分かります、と言うようにレオも笑みを返す。


 お茶に呼ばれた理由は、まださっぱり分からなかった。


 無実の訴えでもしたいのだろうか。あるいは何か、内密の相談ごとでも……?


「この大きな鳥は、鳳凰という、とてもありがたい霊獣で……」


 だが、ミディーカは昨夜の事件のことなど一切口にせず、衝立についてひたすら熱く語り続けるばかりだった。


 レオは礼儀正しく付き合うが、彼はただ、気に入りの美しいものの話を楽しんでいるだけのようで、会話に目的や意図のようなものは見られない。


 こういう話ができる相手に飢えていたのだろうか……?


 妻の方は調度も衣装も、はっきりとパリの流行を追っており、夫の好みには微塵の興味も持っていなかったようだった。


「――随分、面白い子を連れていらっしゃる」


 え……?


 レオから少し離れたところで、調度のひとつのような顔をして立っているカルミネに、いつの間にかミディーカが好奇に満ちた視線を向けていた。


 しまった――。


 レオは思わず立ち上がる。


 優美で繊細で、美しいものを愛でる男。


 迂闊だった。


 この男の狙いはカルミネだ。


 ――僕はあまりに綺麗なので、お貴族の殿様たちが良からぬ思いを……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ