第88話 七通の召喚状
仮差し押さえの貼り紙が乾ききらないうちに、七通の召喚状が届いた。
今度は生家や所属宛てではなく、本人へ直接だった。
ただし時刻も場所もばらばらで、同じ日に全員が別々の部屋へ呼び出されるよう組まれている。
セシリアは聖堂小礼拝堂、アイリスは騎士団詰所、ノエルは魔導審査会、ミレイユは商取引監査室、サフィラは外務局、エリスは教会記録庫、ユーリアは王宮影務局。
それぞれが、一番傷つきやすい場所へ戻されようとしていた。
「分断ですね」
アイリスが短く言う。
剣の柄へ伸びかけた手を、彼女は自分で止めた。
ここで剣を抜けば、相手は望んだ通りに彼女を危険な女騎士として記録する。
ノエルは召喚状を並べ、時刻の重なりを朱で結んだ。
「全員の同席を不可能にしている。誰かの証言中に、別の誰かの不在を同意と扱う構造」
エリスが鼻で笑う。
「教会らしいわ。空席を神の沈黙と呼ぶのが得意なの」
私は七通を見下ろし、胃の奥が冷たくなるのを感じた。
裁判はまだ始まっていないのに、もう証言を壊す手順が始まっている。
* * *
返答は、一通ずつ本人が書くことにした。
ただし、今回は同じ文言を入れる。
私たちは単独聴聞に応じない。
本人意思の確認には、本人が選んだ立会人と記録係の同席を求める。
それは私が命じた文章ではなく、全員で削り、直し、時には言い争って決めた文章だった。
セシリアは、聖堂小礼拝堂という指定を見つめて言った。
「昔なら、あそこへ呼ばれたら従っていました。祈りの部屋で断るのは、悪いことみたいに思えて」
「今は」
「今は、祈る場所でも嫌なものは嫌です」
その言葉が石の床へ落ちる音まで、私は想像できた。
アイリスは騎士団詰所への返答に、剣の帯同を求めると書いた。
ノエルは魔導審査会へ、観察対象の同席ではなく共同研究者としての記録持参を求める。
ミレイユは監査室へ、凍結命令を出した担当官の名を先に開示せよと書いた。
サフィラは外務局へ、隣国王女の発言を私的事情として切り捨てるなら外交文書として処理すると添える。
エリスは記録庫へ、焼けた索引札の鑑定人を同行させると書く。
ユーリアは影務局へ、命令ではなく証人として出ると書いた。
* * *
午後、王宮から返答が来た。
七通のうち三通は受領、二通は保留、一通は不備、一通は沈黙。
沈黙はユーリア宛てだった。
それがかえって不気味だった。
影務局が返事をしない時は、返事をする必要のない手段を選ぶ時だと、ユーリアは言う。
私は屋敷の見取り図を広げた。
護衛を増やす金はない。
門の外には教会騎士、屋根には王家の影、街には噂を買う者がいる。
それでも、全員をひとつの部屋に閉じ込めて守ることはできない。
守るとは、動かないように抱え込むことではない。
彼女たちが選んだ場所へ、帰ってこられる道を作ることだ。
「明日から、二人一組で動きましょう。誰も単独では出ない。記録係を必ずつける。帰着時刻を過ぎたら、私が迎えに行く」
「お嬢様が単独で迎えに行くことも禁止です」
ユーリアが即座に言った。
全員の視線が私に集まり、私は観念して頷く。
守る側の癖まで、彼女たちは見抜いている。
* * *
夜、七通の返書を門番へ預けた。
外の空気は湿っていて、雨の匂いがする。
サロンの窓から漏れる灯りを見上げると、そこには七人がそれぞれの仕事をしている影が映っていた。
セシリアは祈り布ではなく石板を磨き、アイリスは剣帯を結び直し、ノエルは証拠の時刻表を書き、ミレイユは費用を捻出し、サフィラは青い封蝋を温め、エリスは索引札を乾かし、ユーリアは屋根筋の影を数える。
私はその灯りを、失いたくないと思った。
甘いからではない。
それぞれが痛みを抱えたまま、自分の居場所を作っているからだ。
門の外で、王宮の馬車が止まった。
召喚状の時刻表を作っていると、思わぬことに気づいた。
七人が指定された場所は、過去にそれぞれが最も従順であることを求められた場所でもあった。
セシリアは祈りの場、アイリスは命令を受ける詰所、ノエルは成果を査定される審査会、ミレイユは値踏みされる監査室、サフィラは国益を語らされる外務局、エリスは沈黙を強いられた記録庫、ユーリアは命令だけが名だった影務局。
相手はただ分断しているのではない。
彼女たちを、いちばん古い檻の形へ戻そうとしている。
私はそのことを告げるべきか迷った。
だが、七人はもう私の保護対象ではなく、共に罠を見る人たちだ。
地図の横に、私は過去の檻と書いた。
セシリアがその文字を見つめ、小さく息を吸う。
「なら、そこへ戻る時は、今の私で入ります」
アイリスが頷いた。
「私も。命令を受けるためではなく、命令を選ぶかどうかを示すために」
ノエルは朱筆で檻の文字を囲み、出口と書き足した。
エリスが苦笑する。
「あなた、時々ずるいくらい詩的ね」
「事実。檻は構造物。出口を設計できる」
その言葉で、重い紙の束が少しだけ別のものに見えた。
召喚状は鎖であり、同時に敵の手順を暴く地図でもある。
返書を出したあと、私は七人の同行組み合わせを決め直した。
単純に強い者と弱い者を組ませるのではない。
その組み方では、また守る側と守られる側を固定してしまう。
セシリアにはエリスをつける。祈りの部屋で言葉を奪われるなら、記録で逃げ道を作れる人が要る。
アイリスにはミレイユ。剣が使えない場所で、金と噂の圧を使える。
ノエルにはサフィラ。魔導審査会が研究を国益にすり替えるなら、外交の目が必要だ。
ユーリアには私がつく、と言いかけて全員に止められた。
結局、ユーリアは単独ではなく屋敷の影から全組をつなぐ役になった。
彼女は不服そうだったが、命令ではなく役割として受け入れた。
その調整だけで、夕方になった。
でも、全員の顔が少し変わっていた。
召喚状に呼ばれる客ではなく、こちらから配置を選ぶ者の顔だ。
小さな違いでも、裁判の前には大きい。
私は返書の封蝋を押す前に、七つの封筒を同じ盆へ並べた。
時刻も場所も違う召喚状に対し、こちらの返事だけは同じ場所から出す。
それはささやかな抵抗だった。
分断されても、返事の出発点はひとつだと示すために。
セシリアが盆へ祈り布を一瞬だけ触れさせ、アイリスが剣帯の金具を鳴らし、ノエルが朱筆で封蝋の位置を揃えた。
ミレイユは配達人の買収防止に証人をつけ、サフィラは外交便の控えを作り、エリスは封筒の紙質を記録し、ユーリアは配達経路へ影を放つ。
七通の返事は、七人がばらばらではない証として門を出た。
降りてきた書記は、明日の差し押さえ執行時刻を告げる赤い封書を差し出した。
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