第80.5話 七人のサロンの朝
薔薇のサロンの朝は、想像していたより騒がしい。
私は丸卓の中央にパン籠を置きながら、七人分の好みを書いた小さな札を確認した。
セシリアは蜂蜜少なめの温い茶。
アイリスは甘いものを少しだけと主張しながら、焼き菓子の端を見ている。
ノエルは徹夜明けで、匙を持ったまま眠りかけている。
ミレイユは果物の値段を当て、サフィラは塩漬け魚の外交的価値を語り、ユーリアは私の皿へ勝手に野菜を増やし、エリスは本を読みながら席につこうとして椅子にぶつかった。
「全員、朝食を食べて」
私が言うと、七つの返事が別々の速さで返ってきた。
そのばらばらさに、胸の奥が少し温かくなる。
ここにいる誰も、同じ理由で私の隣へ来たわけではない。
聖約、婚約、研究、商談、外交、命令、禁書。
それぞれ違う鎖を抱えて、違う傷を隠していた。
それでも今朝は、同じ卓で焦げた卵を見つめている。
「焦げたのは誰ですか」
エリスが眼鏡越しに疑わしげな目を向ける。
私は沈黙した。
セシリアがそっと手を挙げた。
「私です。浄化の火を弱めるつもりが、励ましすぎました」
「火を励ますという概念がまず危険です」
ノエルが真顔で呟いた。
アイリスは焦げた卵を皿へ取ろうとする。
「私がいただきます」
「騎士の自己犠牲を朝食で発揮しないで」
ミレイユが笑いながら、焦げていない部分だけを器用に切り分けた。
「商品価値は下がるけれど、家庭価値は上がるわね」
「家庭価値とは」
サフィラが首を傾げる。
「失敗しても笑って食べる価値」
ミレイユの答えに、セシリアがほっと息をついた。
私はその様子を見ながら、皿を配った。
サロンは避難所として始まった。
けれど避難所だけでは、人はずっと息を潜めてしまう。
焦げた卵で騒ぎ、茶の濃さで言い合い、誰が私の隣に座るかで静かな争いをする場所になって初めて、ここは朝を迎えられる。
問題は、私の隣の椅子が一つしかないことだった。
セシリアが祈るように微笑む。
アイリスが背筋を伸ばす。
ノエルが眠そうな目で椅子の角度を測る。
ミレイユが余裕の笑みで外堀を整え、サフィラが王女の微笑で譲歩の条件を提示し、ユーリアが無言で椅子を少し引き、エリスが本を閉じて参戦する。
「今日は交替制にしましょう」
私が宣言すると、七人の視線が集まった。
「朝食の前半と後半で?」
セシリアが尋ねる。
「そこまで細かくしないわ。日替わり」
「一週間で一巡ですね」
ノエルが即座に計算する。
「では八日目は?」
サフィラが涼しい声で言った。
私はパンを取り落としかけた。
ミレイユが楽しそうに笑う。
「八日目は競売?」
「却下」
「護衛実績による優先権は」
アイリスまで真面目に言う。
「却下」
「勤務年数は」
ユーリアの低い声が続く。
「却下」
「貸出延滞日数なら私にも勝ち目があります」
エリスが眼鏡を押し上げる。
「それは誇らないで」
結局、八日目は私が一人で座り、全員の顔を見渡せる席にすることになった。
不満の声は出たが、誰も本気ではない。
七人はそれぞれ、自分の皿へ手を伸ばした。
セシリアが焦げた卵の小さな欠片を食べ、思ったより苦い顔をする。
アイリスがすぐ水を渡し、ノエルが焦げの成分分析を始め、ミレイユが改善案を出し、サフィラが祖国の朝食を提案し、ユーリアが次回の火加減を記録し、エリスが料理本の禁書指定を疑う。
私は笑った。
裁きの場で奪われかけた声が、今は朝の卓で重なっている。
誰の声も同じではない。
だからこそ、ここは騒がしくていい。
朝食の終わり、セシリアが小さな花を卓の中央に置いた。
「今日の無事を祈るためではなく、今日を始めるために」
私はその花の横に、白手袋を置いた。
「では、始めましょう」
七つの手が、それぞれの皿と杯と本と剣帯へ伸びる。
薔薇のサロンの朝は、ようやく私たちのものになった。
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