097 ☈ 修行の日々②
******************************
神々には、いくつかの位(地位)と類(分類)があった。
四大神と呼ばれる、死神、女神、鬼神、邪神。
属性神と呼ばれる、水神、風神、炎神、地神、雷神。
季節神(又は四季神)と呼ばれる、春神、夏神、秋神、冬神。
それ以外の神には位が存在しない。だから位が同じであれば敬語を使う必要も無いし、基本的には対等に接して良いことになっている。
が、そこで重要になってくるのが天界と地界の違い。
基本的に、神は地界で誕生する。人間が神に成れば人神に、妖怪や動物が神に成れば魔神又は妖神に、というように名称は様々だが、その生まれたての神のことを総じて新生神と呼ぶ。
神に成り、心臓を核化させることが出来、更に百年間神であることを続けることが出来れば、古来神と呼ばれるようになる。大半の人神は核化が間に合わずに寿命が来てしまう故に、この点では妖神が有利とされている。だが、その人神でも優秀なら天界の神に引き抜かれて天界の神の核を譲り受けることになれば、もちろん天界の神になることは出来る。
ただその分、半分以上を核化させた地界の神としての核は余ってしまう。それを譲り受け続けることで、人神であっても神に成れることもあった。
その所為か、古来神であっても天界の生物に敬語を使うようなこともあった。
中には仲間を引き抜く天界を嫌い、交流を絶つ古来神も居た。
その1人が初代の雷神だった。
深い山奥で独り、孤独に暮らしていた雷神の元に、1人の黒いドレスの女の子が現れた。すぐに彼女が天界の者だと悟った雷神は、しかし神だとは思わず話しを聞くことにした。
ところが、彼女は自身を死神だと最初に名乗った。信じられなかった雷神は彼女と戦うことで、彼女が死神だと信用するに至った。その死神は、天帝の代わりに雷神を迎えに来たのだと言った。
基本的に、天界の神は相対して誕生する。死神と女神、水神と炎神、夏神と冬神のように、相反する相手が存在する。
天界を守護する天帝は、四大神と属性神のそれぞれに5人目の神を入れようと思っていたらしい。しかし、相反する内の1柱だけを所属させることは宜しくない。
雷神は、滅多に生まれないと云われている、相反する相手を持たない神だった。
だが、属性神に成った雷神に待っていたのは、慣れない天界での孤独だった。しかも、属性神に成ってしまった雷神は、仕事の所為で地界に行くことを半ば強制的に禁じられた。
他の属性神にも睨まれる日々を過ごし、いつしか初代の雷神は擦り切れてそうになっていた。悪神になりかけていた。
そこに現れたのが、雷神を迎えに来た死神だった。
死神は天帝の目を盗んで勝手に判子を押し、雷神を地界に遊びに行くことを許可してくれた。
そして、久々に戻った地界で死神に紹介されたのが音神だった。
******************************
けたたましい音が部屋に響いていた。
目覚まし時計を止めて、手探りで眼鏡を探す。
が、その手を思わず休めてしまう。
「あれ?」
眼鏡をしていないのに、視界は異様なほど鮮明だった。
遠くにあるカレンダーの数字も解る。更に言えば、その数字の下に書かれた "仏滅" という小さな文字まではっきりと読めた。
「何で ……」
「起きた?」
急に気配と声がしてビクッと全身を揮わせれば、カレンダーの左側、部屋の隅に咲九が毛布を被って蹲っていた。
真っ暗のはずの部屋なのに、その毛布の色が茶色ということまで解る。
「霊穴のお陰で霊力が高まって、遠音が眠る度に雷神としての記憶も力も戻りつつあるのよ」
「れい …… けつ ……?」
「霊の穴、と書いて霊穴。遠音が瞑想の時に座っている霊気を放つ岩のこと」
そう答えた咲九は目を擦る。
あれ、ただの座り心地が良い岩じゃなかったのか ……。
「ただし一時的なことだから、瞑想を1日でもサボったら元に戻ってしまう。もちろん、視力も戻るわ。昨晩、言ったわよね?」
私は頷いて答えた。
霊力は肉体や精神に、魔力は周囲の自然現象に働きかけるものらしい。とはいっても、その2つに大きな差異は無く、逆に霊力を自然現象として使える者も居るらしい。そのどちらか一方を強化するだけで、人間は総合して超能力と思うらしい。
つまり、私が瞑想をしている岩から霊気が出ていて、その霊気を私が何も知らずに蓄えていたらしい。で、霊力が一時的に高まっている、と。そのお陰で、眼鏡が無くても視力が良くなっていて、雷神としての記憶も戻りつつある、ということらしい。
理解したあたりで咲九が大きな欠伸をする。
『ちょっとこっちで会話してみてよ』
『何でテレパシー何だよ』
とツッコミを入れてから気付く。
今まで苦労していたはずなのに、あっさりと …… それこそ、頭の中に言葉を描いた時点で咲九にソレが飛んでいた。
テレパシーは、魔力をかなり消費するはずなのに。
「それだけ遠音の、魔力や霊力を蓄える器が大きくなったということ。これは私も良くは理解していないのだけど、霊力も魔力も同じ場所に溜まるみたいでね。しかも、何故か霊力は魔力も程々に持って来てくれるみたい …… まぁ、私の勝手な解釈だけど」
しかし、咲九の解釈も強ち間違っていはいないと思う。
私自身は森の散歩と瞑想と夜の勉強会くらいしか行ってはいない。散歩はそれこそただの散歩 …… 修業しているなーと実感するのは瞑想の時くらい。
―― むしろ、今のこの生活の方が修業をさせられている気がしなくもないが。
「情報化社会と言われている中で生活をしているからよ」
不意に咲九がそう呟いた。また勝手に心を読んだらしい。
「確かに情報は大切よ。何も知らないより、知っておいた方が良い。だけど、あまりにも情報量が多過ぎて、何が正しい情報なのか、それが必要な情報なのか、どれが新しい情報なのか、解りにくくなってしまっているの。全てが決して自身に必要な情報とは限らない。昔に比べて、将来の夢や希望という選択肢が広がった代わりの代償だと、私はそう思っているわ」
「オレがここに居て、情報を得ないことが良いことだと、お前はそう言っているのか?」
「そうね …… お姉さんの為を思うなら、今の流れている情報は見ない方が良いかもしれない」
「・・・」
「だけど、どうしても知りたいなら、それを止める権利は私には無いもの」
それなら知りたいと思うのが普通だろうと素直に思った。
咲九は溜め息をついて私への答えを言おうとしている。
だからこそ先に口を開く。
「オレが知らない方が良いというのは、お前の独断か?」
「そうよ。だけど蓮も良い顔はしていなかったから、恐らく同じ判断をしていたと思う」
「その情報とやらは、信用性があるのか?」
珍しく、咲九が押し黙った。
なるほど、と私は思っていた。つまり、情報が正しい情報ではないと咲九は思っているということ。だから咲九は私にその情報を言いたくないし、知られたくないと思っている。
前に記者をしている親父が言っていたことがあった。
全ての情報は大げさに表現している場合が過半数を占めるのだと。
真実を言っている情報はその情報に飲まれてしまっているのだと。
「信用出来ない情報が流れている …… ということか?」
「そのことを知った上でも、知りたい?」
咲九はそう私に訊ねて失笑する。
それでも知りたいと思った私は頷いた。
「そう …… なら、そうね。そろそろ、街に行かせてあげようか?」
「ということは?」
「携帯よね。欲しいのでしょ? とはいっても、この森では電波が立たないから街に出なければならないのだけど、結界は駅がある市街にも張ってあるから問題は無いはずよ」
―― でも、何故かは解らない。何だか気分が乗らなかった。
ここに来て最初の頃は、それこそ毎日見ていたテレビや携帯という部類が一切無くて、この状況に一夏何て耐えられないとさえ思っていた。なのに、今はどうでもいいやと思い始めている。
もしやこのことが "慣れ" なのだろうか。いや、"慣れ" というには、違う気がする。何というか ……。
「それは "安らぎ" ね」
不意に咲九がそう呟いた。
私は唖然として咲九を見つめる。
「ここには情報が無いから、当然ながら情報を精査する必要が無いの。雑念が無いと頭を使う必要も無いから、自分自身と親身に向き合うことが出来る。だから、私達はわざとここに住んでいる」
「・・・」
「携帯を持てば、情報に振り回されることになるわ。もっとも、街まで出ないと電波は滅多に立たないから持っていても意味は無いのだけど …… 森の結界が強い日は街にも出られないし、そもそも世間一般の情報が正しいモノかどうかは、それこそ自分の目や足で確かめないと事実は解らない」
咲九が他人との接点を持ちたがらない理由の1つなのだろうと、私は何となくで察した。
同時に、私はその理由を否定する。
咲九は決して関係を嫌っている訳ではない。咲九は色々な人と関係を持っている。
だけど、その関係を信頼しているか、否かの違い。否と判断している相手の割合が多いのが現状なのだろうと思った。
携帯を持ったら、まず先に家に電話しようと思う。
親父と会話して、無事を確認して、そして母さんのことを聞けば良い。
番号は契約している会社に直接聞けば教えてくれるだろう。
「とりあえず、森の結界を自力で抜け出してみて」
咲九はそう言って目を閉じた。
しばらく静寂が続く。
何となく、咲九に私のことを見られているような気がした。
だから黙って次の言葉を待つ。
「今の遠音なら出られるようになっているはずよ」
それを待っていた訳じゃない。私は思わず溜め息をつく。
「いや。そんな時間をいつ作れば良いんだよ?」
「それもそうね。それなら、瞑想の時間を半分にするわ」
その一言で私は目を丸くさせた。
半分にしたら魔力が落ちてしまうのではないか、などと不安に思っていれば、咲九は片目を開く。
「大丈夫よ。一度大きくなった器が一瞬で戻るようなことは早々無いから」
「しかし ……」
「怖がっていたら前には進めないわよ」
咲九はそう答えてすくっと立ち上がった。
「何事も一歩ずつで良いの。不安や恐怖を拭いながら最終的な答えに辿り着けば良い」
「答え、ね」
―― その答えが何かは解らない。だから迷っているというのに。
「もっとも、人生に答え何て無いけどね」
「何だと ……」
「私が言う "答え" は人生についてではなくて、この事象についての、という意味よ。勘違いしないで。私は遠音に人生を語れるほど、人生を知っている訳じゃない。ただの一介の情報屋よ」
そう言って咲九はニコリと笑い、部屋を後にした。
優しく襖の閉じる音がして、部屋に静寂が戻る。
黒い仮面が日本中で事件を起こし、属性神の核を狙っているという "事象" についての "答え" 。
それは恐らく、天界が崩壊したことに深く関係があるのだとは思う。
でも、それ以上のことは解らない。
しかも、どうして私なのだろうといつも思う。
咲九が答えを教えてくれて …… いや、そもそも咲九が解決すれば良い話しではないのか、といつも思う。
だからこそ、余計に解らない ―― 咲九の言おうとしていることが。




