095 ☉(▲) 岸間家の双子
私がお風呂から出ると、リビングに紗穂里の家族が全員揃っていた。
誰もが神妙な面持ちで私を見つめて来る。
だから、何となく察した ―― 何か重大な内容が話されるのだと。
「香穂里、座って」
紗穂里に言われる前から、空いているお誕生日席に座ろうと思っていた私だったが、そう言われてしまったら頷いて席に着くしかない。
すると、第一声は紗穂里のパパからだった。
「章太郎は、私の従兄弟に当たる」
その言葉を耳にしても、私は大して驚かなかった。
そもそも、雰囲気が似ていたから何となく解っていたし、何より私の面倒を見てくれているあたりから、パパを言いくるめてくれたのは紗穂里のパパだとは思っていた。
「私の父は、家系がおかしいと若い時に家出をして、それから家庭を持った。だから私は岸間家のことは詳しくは知らない。だが、紗穂里が生まれてから、その実態を知った」
紗穂里が生まれた同じ年、同じ日に私も生まれた。
だから、その日以降に岸間家の血筋だと知った、ということだろう。
私は理解した、という意味で相槌を打つ。
「君も知っているだろうが …… 岸間家では双子を忌み嫌う」
双子と言われ、私はドキリとした。
紗穂里が私の顔色を窺うように見つめて来る。
―― 何となく解ってはいたことを、今、言われそうな気がする。
「姉だった君は岸間家の正式な後継ぎとして育てられることになった。だが、妹だった紗穂里は章太郎の一言で殺されることに決まった。
それに待ったをかけた人が、君の母親・里穂さんだった。そこで、私達が紗穂里を引き取った …… 里穂さんは私達夫婦を引き合わせてくれた恩人だったからね」
私は目をギュッと閉じた。
紗穂里が私にずっと寄り添ってくれていることは、結構前から気付いていた。
どうしようもなくて私が混乱していた時も、興奮して誰かに怒り狂っていた時も、部活で発表があった時も、入院していたあの時期にも、紗穂里はずっと傍に居てくれた。
紗穂里なら、私のことを何でも解ってくれた …… それが凄く心地良かった。
だけど今、はっきりした。
そうか …… あの幼い時の記憶に残っている私の隣に居た赤子は、私自身ではなく紗穂里だったのだと。
同時に、私はママとの思い出をフラッシュバックさせた。
記憶が無かった何て嘘みたいに様々な思い出が溢れかえって来る。それこそ、ママの顔でさえもはっきりと思い浮かぶことが出来るまでに記憶が戻って来た。
ママが私のことを守ってくれていたのは、紗穂里を見捨ててしまった分も私を庇おうとしていたのかもしれない。
旅行に行ったママがいつもお揃いのアクセサリーを1つ多めに買って来てくれていたのは、パパにあげていたのではなく紗穂里にあげたかったからかもしれない。
だけど、そんなママを殺したのは、
―― 私。
「香穂里!!」
紗穂里に名前を呼ばれてハッと我に返れば、私はいつの間にかどす黒いオーラを放っていた。
私は驚いて唖然としてしまう。
だけど、それだけで黒いオーラが普段の赤に戻って行くことを感じた。
紗穂里の家族が全員揃って安堵の溜め息をついていた。
そんな紗穂里のパパが口を開く。
「里穂さんは、何れ自分が殺されることを覚悟していた」
思わず、驚いて目を丸くしてしまう。
「岸間家の家訓だからね。子供が出来た以上、それに従うしか無かった。それに、里穂さんは章太郎の行動に不審を抱いていたこともあって、君を守るために炎神の核を君に託した」
「パパに不審な行動って …… 不倫のこと?」
不思議に思って訊ねたものの、紗穂里のパパは首を横に振っていた。
そして、残念そうな表情をする。
「章太郎は最初から里穂さんの炎神が狙いで結婚したらしい、と後から耳にした。それに、章太郎は呪術を扱える。死霊を生き返らせて酷使させることが出来る。…… どういうことか解るかい?」
私は頭を横に振る。私以外の誰もが目を伏せていた。
「章太郎の目的は、最初から炎神を自分の奴隷にすることだったらしい。だから初代の怪盗ホーリーだった里穂さんが炎神だと知って猛アピールをし、子供が生まれるまで屋敷の地下に監禁していた、というのが事実なのだよ」
私はただただ、唖然としていた。
そんな話し、誰が信じるものか。
そもそも、あの優しいパパがママのことを監禁するなんて思えない。
今だって色んな女性と付き合っているものの、誰一人として嫌がっていない。監禁しているようには思えない。
「そんな作り話、誰が ……」
「章太郎のすぐ下の実の弟が話していたようだよ。私も直接聞いた訳ではない …… だけど、その話しを聞いたのは2番目の弟らしい」
確かに、パパには2人の弟が居るということは聞いていた。
名前までは知らないものの、どちらも魔術師だとは聞いている。
それでもそんな戯言、信じられるはずが無かった。
「だけど、岸間家ではそれが家訓だから仕方ないことらしい。実際、すぐ下の弟も同じことをした、という噂を耳にしたし、2番目の弟も家を出るまではそれが常識とさえ思い込んでいたらしいのだから」
確かに、家訓は過去にパパから叩き込まれていたことがあったから、ある程度は外界との常識の差を知ってはいる。
だけど、第20条から第30条までは二十歳を越えてからだと言われていただけに、まさか ―― そんな内容だから伝えられなかった、ということだろうか。
でも …… まだ、信じたくはない。
「関わり合いが無いから実際には解らないが、2番目の弟の2人の娘が全ての事実を知っている、とは聞いている。ただまぁ、名前が解らないから探しようが無いのだがね」
紗穂里のパパはそう答えて失笑していた。
「あの時、もう少ししっかり聞いておけば良かったと後悔しているよ。まさか直接、こんなに関わり合いが強くなるとは思っても居なかったからね。本当に申し訳ない」
「いえ ……」
しかし、その続きは言えなかった。
名前が解らないのであれば、どうしようもない。
私だって、まさか家とパパを失うとは思っても居なかったのだから、ここまで紗穂里の家族にお世話になるとは思ってもいなかった訳で。
「それで父親、その岸間家と風見家のことを ……」
「あ、あぁ。そうだったね」
紗穂里に諭され、紗穂里のパパは咳払いをしていた。
岸間家と風見家は昔から仲が悪かった、とはパパから聞いてはいる。
だけど、それは過去形だともパパは前に言っていた。とある研究の為に情報交換はしている、と言っていた気がする。
「共同で研究をしていると、前にパパは言っていましたけど……」
「その研究内容を、君は知っているかね?」
そう聞かれてみれば、確かにその内容までは知らなかった。
私は頭を横に振る。
「そうだろうね。この研究内容こそ、国内の岸間家が貴族の権限を剥奪され、風見家が日本の権力者として認められないことに所以しているのだから」
「…… え?」
思わず私は目を丸くさせていた。
「貴族を剥奪?」
そんなこと聞いて無い。
すると紗穂里のパパが頷いた。
「そうだよ。章太郎から聞いて無い?」
「いえ。むしろ初耳です」
「じゃぁきっと言えなかったのね」
急に紗穂里のママが口を挟んだ。紗穂里のパパが頷く。
「その研究内容が何か、想像出来るかい?」
「いえ」
「超能力者のクローン人間。つまり、超能力者の増殖」
不意に紗穂里がそう言った。
その言葉に思い当たる節があって、私は思わずアンクがある右手の甲を左手で掴んでいた。
そう言えば、過去にパパから秘術を教わったことがあった。
それは呪術の一種で、黒魔術と禁術の応用だと言われた。
パパは、持って来ていた黒光りする宝石とパパの血を使って死んだ大型犬を蘇らせていた。
当時は蘇生の術なのだと思って喜んでいたものの、今思えばその大型犬は使役されるだけされて、最終的に3日ほどでまた元の死体に戻っていた気がする。
「思い当たる節があるようだね」
紗穂里のパパの一言で、私は迷うことなく頷いた。
超能力者のクローンは生後数日で息絶える、という研究結果は有名な話し。
だから、生まれて来た子供が可哀そうだからと世界中の国々で研究が禁止されていた。この話しも、かなり有名な話し(だと思う)。
パパの秘術を使えば、間違いなくその息絶えたクローンを蘇らせることが出来る。
そんな禁忌を犯しているからこそ、貴族の位を剥奪されたのだろうと推測出来た。
「黒い核は風見家の頭領の死神にしか精製出来ないらしい。しかし、術は岸間家の血を使わなければいけないらしい。だから、章太郎はすぐ下の弟を風見家に売った」
「…… え?」
「兄には逆らえないからと素直に従った弟も弟だと思うが …… そのお金であの炎上した屋敷は建てられた」
「そんな、そんな馬鹿な話が ……」
「これは事実だよ。証明するモノが、ここにある」
そう言って紗穂里のパパは、目の前に置いてあった封筒を私の前に差し出した。
恐る恐る、封筒を手にして中の用紙を取り出す。
その1枚目は土地の権利書のコピーで、2枚目は契約書のコピーだった。
一瞬、こんな物を見て良いのかと紗穂里のパパを見てしまったが、気にするな、見ろ、とばかりに手で指示されてしまった。
とりあえず見方が解らない1枚目を無視して2枚目を読む。
すると、確かに先程までの内容と、それに加えて不可侵条約を結んでいることが解った。
字もパパの独特の癖字で間違いは無い、と思う。
そもそも、印鑑がパパの持っている実印とそっくりだった。そして風見家の印鑑。
「そんな ……!」
信じられなかった。
だけど、これはもう、信じるしか無かった。
今までパパに抱いていた理想が崩れていく。
私はただただ、黙ることしか出来なかった。




