086 ☉(▲) 紗穂里の家で
紗穂里が居ない間、私は紗穂里のママと一緒に過ごす。
紗穂里のママは占い師だと聞いたことはあっただけに少なからず警戒していたものの、紗穂里のママは別状問題無く、また部屋に閉じ籠る私に詳細を訊ねるようなことも無く、仕事以外では普通に1階で家事を行っているようだった。
私は、と言えば、朝食と夕飯とその後のお風呂に入らせてもらう以外は、部屋にずっと閉じ籠っていた。
そもそも、紗穂里の家の1階に降りることすら、凄く怖かった。だから今もこうして、ただ布団の中に潜っているだけ。…… 太りやすい体質の所為か、お腹の回りのお肉が気になり出している。
だけど、それでもこの家を危険に巻き込むことだけは、避けなくてはならないと思った。
それに、私もまだ死にたくは無い。
海外に居るパパが帰国して迎えに来てくれるまでは下手に動くべきではない。
何故かは解らない。
だけど毎晩、自分と永瀬と紗穂里が殺される夢を見た。
目の前で2人が殺されてから、最後に私が殺される悪夢に、私は心の底から怒りを抱いていた。
―― どうして私らが殺されなければならないのか。
それを相手に訊ねても、相手はニヤリと口元に笑みを浮かべているだけで答えはない。
それは、あの黒い仮面の集団も同じ。
ただ私らを殺そうとしているという事実だけが解っている。
どうして夢の中に永瀬が現れるのか解らないものの、それでも紗穂里を巻き込んでしまっている今、この夢が現実となってもおかしくはない訳で。
今の私に出来ることは、この家に隠れていることだと思っていた。
「香穂里、起きてる?」
不意に部屋の戸が開かれて、外から紗穂里の声がした。
安堵した私は声を出す。
「起きてるよ」
いつの間にか帰宅していたらしい紗穂里が制服のまま部屋に入ってきた。
布団の中にいた私は起き上がってすぐ脇の本棚に寄り掛かる。
体はまだ、あちらこちら痛かった。それでも、あの日よりは幾分かマシになっている。
それもこれも、紗穂里の家族のお陰だと思う。
「驚かずに聞いて欲しいのだが、」
紗穂里はどこか言いにくそうに、閉めた戸の前に立ったまま話し出す。
「遠音の家に行って来た」
ビクッ。
私はあの夢を思い出し、目を丸くさせる。
永瀬が休んでいることは紗穂里から聞いて知っていただけに、どうせまた引き籠っているものだと思っていた。
だけど、メールの返事が無いことに紗穂里が疑問に感じていたらしいことまでは、言われなくても気付いてはいた。
「偶然にも遠音の父親に出会って、家の中を見せてもらえた。だが、その家の中は滅茶苦茶だった。血飛沫も酷かった。ただの喧嘩には思えないほど ……」
少しだけ驚いた。
どうして永瀬が?という疑問と同時に先程の悪夢の恐怖を思い出す。
「で? 永瀬は無事なの?」
「行方不明。だけど、美川先生曰く本人から連絡はあったらしい。何者かに命を狙われているのだとか。まぁ、精神的におかしくなったのだろうと言っていたが ……」
「永瀬は、滅多なことでは嘘は付かないよ」
「そう。だから多分、事実なのだと思う」
―― 事実だったとしたら。
「黒い仮面に襲撃された可能性が高い、と?」
紗穂里はゆっくりと頷いた。
どうして永瀬が巻き込まれたのか何て見当もつかない。そもそも、どうして黒い仮面の集団は私らを狙うのかという疑問にすら答えは出ていない訳で。
「それで思ったのだけど、もしかしたら属性神の核が狙われているのではないかな、と」
「属性神 ……」
紗穂里がそう言うということは、何かしらの確証があるから言っているのだと思う。ということは、永瀬も何かしらの神の核を所持しているということ。
そう考えたら、なるほど ―― 如月が永瀬と一緒に居たのも納得出来るかもしれない。
永瀬は誰よりも超能力というモノを拒んでいた。私と紗穂里が超能力者だと知ってすぐに距離を置くようになった。
事件や事故に巻き込まれないためだと最初は思っていたものの、本当は誰よりもそういう事件や事故が大好きのように私には見えていた。
ニュースの話題は永瀬の大好物。ちょっと話しをしただけですぐに話しに入り込んで来るくらい。
なのに、どうして超能力を拒んでいたのか。
それはもしかしたら、属性神の核が得体の知れない敵に狙われているという事実を知っていたからではないか。
だから、このことに気付いた如月が永瀬を守っていたのではないか。
「なるほど …… それなら、永瀬は如月が守っているかもしれない」
「如月さんが?」
紗穂里は驚いていたけど、何も不思議なことではない気がする。
そもそも如月は永瀬の過去を知っている、と前にちらりと話しされたことがあったのだから、まぁ関与していないはずはないと思う。
だけど、この説明を今から紗穂里にするのはかなり面倒臭い。
「本人から学校に連絡があったことは、事実っぽいんでしょ? だったら、あの黒い仮面を付けられて操られている訳ではない気がするし …… そもそも、連絡出来る場所に居るということ。それなら、永瀬はどこかに隠れているだけで、大丈夫だと思う」
そう言い切ってから紗穂里を真っ直ぐに見つめる。
「それよりも …… 何かあったんでしょ?」
「…… うん」
私が座っているのに紗穂里が立っているということは、今の紗穂里が私に隠し事をしている証拠。
しかも、その隠し事を言うか言うまいか悩んでいるのだと、長年一緒に居たからか直感で解っていた。
紗穂里も諦めた様子で申し訳なさそうな顔をする。
「母親が電話越しに父親と話しをしていたのを聞いてしまったのだが …… その、香穂里の父親が、」
「行方不明?」
私の一言に紗穂里が頷く。
でも、何となくこのことも解っていた。
パパは恐らく、昔から黒い仮面の集団を仕切る上層部と交流があったのだと思う。
今現在、交流があるかどうかは解らないまでも、あの集団の目的は私なのだから、その私が見つからないのであれば違う策をとっても決しておかしくはない。
飛行機ですぐに日本に戻ってくる、ということは紗穂里のパパから聞いて安堵したものの、それからかなりの時間が経っている。
拉致、又は監禁されている可能性も十分に考え付いていた。
「空港を出てタクシーに乗ったことは間違いのない事実らしくて、そのタクシーの運転手が覚えていてくれたらしい。ところが、高速道路を走っている最中に本人が跡形も無く消えてしまったとか。運転手は幽霊だったのではないかと思ってトランクを開けたものの、大きな荷物は残されていて幽霊では無かったと安堵したらしいけど、摩訶不思議な出来事だけに荷物に困って自宅に置いてあるそうだ。その荷物を今、父親が確認のためにも受け取りに行っているらしい」
「じゃぁ、パパは国内に居るの?」
「まぁ、そういうことらしいけど ……」
「それなら良かった」
私は答えて安堵の溜め息をついた。
パパが国内に居るなら私が探せる。数メートル単位ではなく、数百キロ単位でパパの気配を感じられる私なら、パパを探して回ることは出来る。
今、そのパパの気配は感じられない。ということは、どこかもっと遠い場所で監禁されているのだと思った。
でも、それだけなら私が探しに行けば良い。罠だと解っていても …… 核のことは、パパには関係ないのだから。
そういえば、前にもこんなことがあった気がする。
独りで抱え込んで、部屋に閉じ籠って、相談すら出来なくて、泣くことしか出来なくて。独りは凄く心地良かった。
だけど、その心地良さの中に居ても何も解決はしなかった。
今の私は正しくソレ。
あの時と同じ、ただの引き籠り。
―― このままでは、永瀬にもパパにも笑われてしまうかもしれない。
きっと家に閉じ籠っていた時の永瀬もこんな気持ちだったのかもしれない。
私は何も知らずに永瀬を、あの女を虐めてしまっていたのかもしれない。
もしかしたら、永瀬だけではなくあの女に対しても、目の前の紗穂里のように他人を理解しようとする努力をしていたら今の私の人生も変わっていたのかもしれない。
「…… 香穂里?」
いつの間にか笑っていたらしい私は、紗穂里の言葉が耳に入って来るまで挙動不審になっていたらしい。
やっと同じ目線の高さになってくれていた紗穂里が怪訝そうな顔をしている。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。むしろ、ちょっとふっきれただけ」
思わず苦笑いをして紗穂里にゴメンという表情をした。
いつだって紗穂里は私を心配してくれている。私はそんな紗穂里の傍が居心地良いから、紗穂里が傍に居てくれたらそれだけで良いと思っていた。
だけど、もしかしたらそれは大間違いだったのかもしれない。紗穂里は誰にでも居心地の良い空間を提供してくれていただけで、私はそれを利用していただけなのかもしれない。
そう思ったら、尚更。
―― 私はココに居てはいけないのだと思った。




