085 ☴(⛩) 宮本さんの家で
宮本さんが学校に行っている間にも、私は倉庫を開けてもらって、その中で属性神と四大神の情報を得ようとしていた。
驚くことに、兄上の所持している巻物よりも遥かに量が多い。が、その代わりに、書類の文字が旧字体だったので凄く読みにくい。
だけど、私が頑張らなかったら私は宮本さんを殺さなくてはいけなかった。
だから必死で読み漁る。
そんな日々が続いていたある日。
それはお昼近くのことだった。
私の行動を見張っていた見張りが倉庫の中に入って来る。そして、私と離れた所で書類を読み始めた。
気にすることはない …… きっと、私を見張っている時間潰しで一緒に読み始めたのだろう、くらいにしか思っていなかった。
それからしばらくして、倉庫を覗き込んだ2人組が居た。
その2人組は顔を見合わせ、そして互いに納得し合ったかのように頷いて、この2人も書類を読み始めていた。
そんな感じで次第に増えていき、今では多い時で12人ほどが居ることもあった。
だけど、誰一人として私には話しかけて来ない。
きっと読んでみたかったとか、そのあたりなのだろうと思っていた。
学校に通う宮本さんとも殆ど会話する機会も無いまま2週間ほど経ったその日の夜。
私はいつも通りの時間、いつも通りの通路を使ってお風呂に向かっていた。
「…… 見つからないよなぁ」
不意に障子の閉められた部屋から声がした。
いつもならスルーするその言葉に興味を持って、思わず足を止めて聞き耳を立てる。
「属性神も四大神も、どちらも俺らが知っていることしか載ってないよなぁ」
「ですよね。そもそも本当にそんな重大な情報が載っているのですかねぇ?」
「あれって師匠が全て読破済みらしいし、見落としもないと思うけど ……」
「何だよ、皆して純ちゃんを疑うようなことを言って。本気なんだからこっちだって本気にならなきゃ手伝っている意味がないだろ?」
「疑って何て無いですよ! 疑うならそもそも自分の仕事を早く終わらせて手伝ったりしないです!」
会話から、私は目を丸くしてしまっていた。
そういえば、最初の2日間くらいはお風呂の時にも見張りが居た。なのに、今ではもう倉庫の時以外に見張りは居ない。
里の時は誰一人、笑顔で挨拶何て交わしたことも無かった。
ここには笑顔で挨拶をしてくれる人が沢山居る。
困っていると手を貸してくれる人も居る。
もちろん、聞けば親切に教えてくれる人も居る。
―― 皆、私の為に時間を割いて手伝ってくれていたのね。
「…… 何をしているの?」
不意に背後から声をかけられて、私は思わず背筋を凍らせてしまった。
振り返れば、少し離れた所に宮本さんが立っている。手の中の荷物から、同じお風呂に向かっていたのだと理解した。
すると、障子を少しだけ開けてこちらの様子を覗き込む3人の目と目が合ってしまった。
宮本さんは気付いているのか気付かないのか、無表情のまま ―― むしろ警戒してか、私を睨みつけているようにも思える。
「あ…… その、お風呂に……」
「お風呂はあっち。…… というか、私も向かっている所だったから」
宮本さんはそう答えて私に向かって一歩を踏み出す。
「一緒に入る?」
「…… え?」
確かに宮本さんの家のお風呂はとても大きかった。
少し前に、お風呂は班毎に決められた時間に入るのだとは聞いていたが、それでも同時に20人くらいは余裕で入れるだろう大浴場と思えるくらいに広い。
湯船だけの私の家とは何もかもが違った。
「嫌なら3時間くらい待ってもらうことになるけど」
「えっと …… ごめんなさい」
「…… 別に私は良いけど、」
「違うの。私、他の人とお風呂に入るのが初めてで …… 怖いの」
勘違いしていただろう宮本さんは首を傾げてから、理解したのか納得の表情をした。
「それは恥ずかしいのだと思うけど …… 女同士、別に何かする訳じゃないから大丈夫よ」
「何か …… って、何?」
その発言の後、何故かすぐに返答は無く間が空いた。
そして、その間を破ったのは宮本さんの溜め息だった。
障子の隙間の目は既にそこに無く、何故か奥の方で必死に笑いを我慢する光景が目に入る。
「本当に純粋過ぎて …… 良く今まで生きて来られたわね」
宮本さんのその一言でも、私は意味を理解してはいなかった。
広すぎるお風呂場の隅を使った私は、逆側の隅を使っていた宮本さんを気にしつつも、先に湯船に浸からせてもらうことにした。
髪が長い所為か、洗うのにかなり時間がかかるらしい。
私が浸かってしばらくしてから、やっと体を洗い始めていた。
「あのね、」
呆れた様子で宮本さんが声を出す。
「あんまりジロジロ見られていると、逆に私が恥ずかしいのだけど」
「あ …… ごめんなさい。そういうつもりでは、無かったの」
「じゃぁどういうつもりで?」
「髪が長いから洗うの大変そう、時間かかるのも納得、と思って。…… 髪は伸ばしているの?」
「…… そうよ」
宮本さんはそう答えて少し悲しそうな表情をした気がする。
「私にも、純と同じで兄が居たの」
過去形であることに気付き、私は察して黙り込む。
「兄は幼い私に水神のネックレスを預けて、私を庇って私の目の前で殺されたの」
思わず唾を飲み込んだ。素直に嫌な予感がする。
「大きな黒い鎌を持った相手だった。大きな黒い鎌を持っていて冬神だった兄を殺せるのは、死神だけだと思っているの。だから、多分、私は今の純に対しても信用出来ていないのだと思う。だから、わざと純との時間をずらして合わないようにしていた。髪を伸ばしているのは、その死神に仇を討つまでは切らないと決めているから」
どうして宮本さんに口を聞いて貰えないのか、必ず私の寝室には見張りが1人は居るのか、やっと理解した気がした。
この家には弟子と呼ばれる子弟の数が多かった。
でも、その中に宮本さんの血縁者は、出会った中で神主さん(宮本さんの父上)しか居ないらしい。
もう1人、宮本さんの母上が居るらしいが、この地域を結界で覆って私の里の住人を入れないようにしているようだった。
なので、血縁としてはその3人で地域を守っている、ということはお弟子さん達の会話から何となく理解していた。
即ち、跡取りは宮本さん独りしか居ないのだろう。宮本さんの兄上のように殺されては堪らないから、色んな人達から警戒されていた、ということなのだろう。
でも、兄上は黒い鎌など持っていなかった気がする。黒い斧なら持っていた気がするけど、幼い時の記憶というものは曖昧だと前に兄上から聞いたことがある。
もしかしたら、その黒い斧が鎌のように見えた可能性は高い。
それにしても、宮本さんの帰りはかなり遅かった。
学校の帰りに寄れる場所何て限られているはずだし、ましてやこの時期、こんなに夜遅くまで学校に残れるはずはない。
「学校が終わってから、どこで時間を潰していたの?」
「…… 職場」
「お仕事?」
「円みたいな本格的な仕事ではないけど、私がコスプレをした写真をお店に飾りたいというモノ好きな店長が居てね。そこで試着出来るモノの中から自分に合うのを見つけていた、というか、どういう工夫をしたらそのキャラクターっぽく見せられるか、原作の漫画を見て悩んでいた、というか、…… まぁ、そういうことをやっていたのよ」
きっと宮本さんにとっては当たり前の単語だったのだと思う。
だけど、私はあまり理解出来なかった。
漫画やアニメの登場人物になりきることがコスプレだという認識はしている。つまり、そのなりきった状態で写真を撮るのだということは理解した。
だけど、そこにどうして試着という単語が出て来るのだろうか。試着 …… 洋服を着替えて撮影する、ということだろうか。
なりきることに試着が必要だとは知らなかった。どういう感じになるのか、どういう感じでやっているのか …… 見てみたいという興味が湧く。
「意外 ……」
宮本さんはそう言って身体を洗っていた手を休め、私を向いて驚いていた。
私は思わず首を傾げる。
「何?」
「コスプレに、興味あるの?」
そう言われて、逆に私が目を丸くしてしまう。
「…… 何で?」
「え。だって、純 …… 凄く目がキラキラしていたから」
「そう、かしら」
納得したものの、指摘されてしまってから急に恥ずかしく思えた。
確かに顔には出やすい方ではあるらしく、円には何度も注意されたことがあった気がする。
―― でも、それはいつのことだったかしら。
「興味あるなら、明日、一緒にお店に行く? 別に学校の部活動くらいなら仕事を理由にすればいくらでも休めるし ……」
「興味はあるけど …… 学校は休んだらダメだと思うわ」
「骨折と称して休んでいる純に言われたくないけど」
言いながらも思っていたことを宮本さんに指摘されてしまったら、私に返答出来る言葉は見つからない。
だけど、先程までとは違って、宮本さんもどこか嬉しそうに話してくれている気はする。
私がコスプレに興味があるのだと知って素直に嬉しいのね、などと思って私まで嬉しく感じてしまう。
「うん、じゃぁ、こうしよう。学校は午前中で終わりだから、終わったら私が自宅に電話を入れる。きっと誰か出てくれると思うから、それを合図にして純は家を出て、待ち合わせ場所で合流。お父さんには私から話しておく。どう? それなら純も納得するでしょ?」
私は黙って頷き返す。
解ってくれたのか、宮本さんはやっといつもの笑顔を見せてくれた。




