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さくらは善か悪か(仮)・輪廻篇  作者: 葉月雷音
大襲撃からの焦燥感
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083 ☈ 逃がされた先で

 穴は、思っていたよりも深い。

 どこまでも …… 体が落ちてゆく。


 暗くて無音で何も無い穴。

 なのに、どこか温かくて安堵する。



『そのままで良いの?』


 不意にそんな声が聴こえた。


『お母さんのこと、救わなくて良いの?』



 その一言で、私は次第に現実を思い出す。



 そう ―― 母さんは私をこの穴に逃がしてくれた。


 今、その母さんが敵に捕まっている可能性は高い。

 捕まっている …… いや、殺されている可能性もあるのに、誰がこんなにも安堵していられようか!!



 上半身を起こした。

 そして、私は気付かされる。


 そこは小さな部屋だった。

 茶色の木目の天井、くすんだ色の壁、右側には障子、左側には襖、床は畳……そして寝かされていた真っ白の布団。


 この光景を、私は知っている。


「お目覚め?」


 の声と一緒に襖を開けた咲九がそこに立っていた。

 咲九は平然とその場で話し出す。


「お姉さんが目覚めないものだから、仕方なく白い神器は壊させてもらったわ。あの神器は遠音ではなく琴音さんを守るためだったのだけど …… まぁ、結果論だけで言えば良かったわね」

「そんなことより! 母さんは?!」


 私は起き上がり、前のめりに身を乗り出そうとした。

 が、凄く節々が痛い。お陰で布団から出られなかった。


「安心して。一応、助けに行ってもらったから」


 咲九はそう答えて目を細める。


「行って …… もらった? 誰に?」

「白雲運河以外に誰が居るの?」


「そうか、白雲う ………… は?」


 私は固まっていた。

 もっとも、確かに咲九なら問題無くやってのけそうではある。


 が!


「連絡出来るのかよ!!」


 思わずそう答えていた。咲九は不思議そうに首を傾げている。


「白雲運河のメンバーの1人が探しているのは天界に行く方法。そのための課題の1つは神々の管理。管理と言っても名簿のようなモノね。それを白雲運河が作成しているの。琴音さんは四季神の夏神かもしれない、という情報は私でも半信半疑だったけど、夏神なら確かに雷神の、遠音の傍に居ても全く不思議では無かったから、"可能性がある" という情報を白雲運河に提供してあげたの。それだけだったけど、連れて行かれそうになったところを白雲運河が助けてくれた、という訳。今は白雲運河の信頼する場所に預けられているみたいよ? その場所までは、私も知らないけど」

「とにかく、母さんは無事なんだな?」


 結果までの説明が長いわ!と怒りたかったが、まぁいつものこと。

 素直にツッコミは諦めた。


「琴音さん、体は無事だけど、記憶は奪われたわ」


 咲九が少し暗い顔をしてそう答えた。


「記憶を …… って、どうやって??」

「呪術の部類なら初歩的なことらしいわね。兎にも角にも、遠音のお母さんから奪われた記憶の中に、どうやらココのことも含まれていたみたいでね」

「ココって …… この森か?」

「森の複雑な結界のことも、神社の表裏のことも、その全てよ」


 言い切った咲九は大きな溜め息をつく。


「もっとも、そのことに気付く前に念を押して結界を張っておいて大正解だった …… とだけ言っておくわ。だから今、この結界への出入りは容易に出来ない。学校にも、しばらく行けそうに無いわね」

「学校って ……」


 と答えた途中で、壁に画鋲でかけられていた日付を見る。


「…… えっと、」


 何度も目を擦っては、確認する。

 このことに気付いたのか、咲九は失笑した。


「どのくらいでここに来られたのかは解らないけど、この部屋で5日間は眠っていたわね」


 あまりの驚愕事実に、私の空いた口はしばらく塞げそうにも無かった。




 咲九の肩を借りて何とか立ち上がり、私は部屋を廊下側に出た。


 出てすぐの右側には質素なリビングが見えている。

 その椅子の1つに座らせられ、私は歩くという行為の苦痛から解放されたことへの溜め息をついた。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 考える間も無く咲九が奥の台所のポットの前に向かいながら声を出す。


「何があったのか、理解出来ている?」

「いんや。ちょっと整理させてくれ」

「解った。紅茶で良い?」

「あぁ ……」


 飲み物が欲しいと思ってはいた。それを汲んだ咲九が用意してくれているのだろうと思えば、少し安堵してきていた。

 きっと、これから記憶を整理することも咲九には筒抜けなのだろう。


 最初は、黒い仮面に矢で襲撃された。

 母さんの話しから、黒い仮面の狙いは私だった。私というより、私の中の雷神の核とやらが正しいらしい。

 私をどこかに連れ去り、殺そうとしていた。玄関側からも人の気配がしたあたり、きっと窓側と玄関側で挟み撃ちするつもりだったらしい。

 逃げ場が無いことから、母さんは何かしらの術で私をここに落とした。それで魔力を使い切った母さんは記憶を奪われたものの、母さんが夏神(?)と知った白雲運河によって助けられた。

 それで何故かこの森のことを知った黒い仮面によって、ここも襲撃を受けている。


 …… ということで間違いないか?


 紅茶を持って私の向かい側に座った咲九を見れば、咲九はゆっくりと頷いていた。

 整理した答えは正解、ということらしい。


「そもそも、あの黒い仮面の正体は何なんだ? いや、その前に雷神とかって ……」

「…… そうね、そこから話すべきなのかしらね」


 咲九は静かに呟き、紅茶を啜る。


「遠音の体の中には雷神が眠っているの。それは遠音のおばあさんがこの森と一緒に守ってきたモノ。…… というよりは、雷神の核を守る為にこの森にやって来て、ちょうど守護神の居なくなった森に居座ってしまったから、事実上の森の守護神は雷神であり、遠音である、ということなのだけど」

「雷神を …… 守るため? ……はっ?! もしや!!」

「そう。あの黒い仮面の集団から核を守る為に、迷宮結界で守られていたココを選んだの。遠音のおばあさんがこの森から一歩も出なかったのは、その雷神の核を守る為だったのよ」

「なるほど。ってことは、昔から黒い仮面は雷神を狙っていた、ということか」

「そういうこと。理解した?」


 理解はした。でも、


「それなら、ばあちゃんの時代に雷神の核とやらを渡していれば ……」

「そうね。でも、それを渡したら遠音はこの世に居なかったということになるわ」

「…… え?」

「神の核は神の心臓のようなモノ。核が人間の体内に入った場合、人間の心臓に根付く形で共存するの。日が浅ければ取り出せるけど、そもそも神という事実を知らずに神になっている場合が多いから、当然ながら神と気付いた時には完全に根付かれているから簡単には渡せないのよ。だって心臓を渡したら当然死ぬでしょ?」

「…… ってことは、オレにも ……」

「まぁ根付いていない訳が無いわよね」


 咲九の発言に唖然とし、そして黙り込む。


 母さんが私のことを必死で守ってくれたのは、核を奪われたら私が死ぬことを知っていたからなのだと思う。

 そして、このことを音神から聞いたのだろう、と母さんに対して黒い仮面は言っていた。


「私達では無いわね」


 不意に咲九がそう呟いていた。私は頭を傾げる。


「咲九じゃ無い? 何が?」

「琴音さんの持っていた白い神器 ―― えぇっと、神器の複製と思ってね ―― は確かに私が渡したモノだけど、依頼を受けたから作って渡しただけで、情報の交換はしていないの。したとすれば、今の森のことと、守護神が遠音なのか、と聞かれたくらいで」

「じゃぁ、母さんはばあちゃんから何か聞いていたってことか?」

「それだけなら現状を把握し切れていないと思うわ。多分、他の情報屋から聞いたのだと思う。もっとも、そっち系の情報屋何て世界中あっちこっちに居るし、こと国内は特に多いから …… 別に不思議な事では無いわ」


 咲九はそう答えて紅茶を啜るように飲んでいる。淹れてもらった紅茶は然程熱くはないのだが …… そういえば、熱いのが極端に苦手だと言っていたか。

 そんなことを思いながら溜め息をつく。



 しばらく沈黙が続いた。


 かなり明るい外からは小鳥のさえずりが聴こえている。

 何故か常時取っ払われているリビングのガラス戸から外の涼しい風がリビングに流れ込んで来ている。

 家の造りは和風なのだが、リビングだけは完全に洋風という不思議な空間は凄く静かで。


 ここに居ると、ここが現実ではないように思えてくる。



「なぁ、咲九、」


 紅茶を見た私は目を閉じる。


「オレはどうしたら自分の家に戻っても殺されずに済む?」

「強くなる、しか無いわよね」


 答えは解っていた。

 それだけに、だよなぁ、と思ってまた溜め息をつく。



 ずっと、超能力者何て他人事だと思っていた。


 岸間は強いし、あの大会だって、この間の猫の悪鬼サーニャのことだって、自分には無関係だと思っていた。

 ましてや命を狙われる何て …… 戦争が無い日本ではあり得ない、起こり得ない話しだと思っていた。


 でもこうして巻き込まれて痛感する。

 あまりにも私が現実を知らなかったということを。

 母さんや咲九に守られているだけということを。


 私は家が大好きだった。

 家でゴロゴロして、涼しい風に吹かれながらゲームが出来る環境が一番に大切だった。


 きっと母さんは、そんな私を知っていたから、私と家を守ってくれていたのだと思う。

 だから今まで、あの黒い仮面が現れるまで、私に何も言わなかったのだと思う。


 ―― 私は何て情けない生き物か。


「遠音は偉いね」


 不意に咲九がそう呟いた。驚いて咲九を見る。

 咲九は温かい目で私を見つめていた。


「もし遠音と全く同じ立場で同じ年頃の他人だったら、どうしてお母さんが何も言わなかったのかと怒り出していたでしょうね」

「…… そういうもん、なのか?」


 ―― 怒り出す? 私を守ってくれた母さんに?


 理解出来なくて頭を傾げたが、咲九はコクリと頷いて私に微笑む。


「やっぱり、遠音は変わらないね」


 そして咲九は金色の目にさせてから真面目な顔に戻る。


「遠音が望むなら、私の知識を分けてあげることは出来る」

「咲九の知識を ……?」


 情報屋の咲九の知識を手に入れたら、私の描きたい漫画は完成すると思う。

 だけど、それは同時に咲九と同じ世界に足を踏み入れるということ。


「魔力の扱い方なら厳ちゃん …… リュウ様が、体術なら蓮が教えることは出来ると思う。もっとも、これはあくまでも提案。それを決めるのは遠音自身。どうせ遠音には2択しか無いのだもの。ここで強くなって自宅に帰るか、ここにずっと隠れ住むか」


 隠れ住む……凄く魅力的な言葉だった。だけど、


「ここも今、危険なんだろ?」


 思わず呆れながら咲九に訊ねていた。咲九は笑顔で頷く。


「もちろん。でも、遠音はここの守護神。ここに戻ってきた時点で私の結界が無くても敵が侵入してくることは無いわよ。それだけ、ここの結界は複雑だし …… 言っていなかったかもしれないけど、守護神って、その土地の中に居るだけで自身の魔力を土地に分け与えているの」

「聞いて無い!」


 思わずツッコミを入れて足元を見てみる。

 だけど、魔力が地面を伝わっているとは思えない。


「凄く微量だから実感しないだけよ」


 咲九は仕方なさそうに説明してくれた。


「でもね、森の民からも魔力を微量ずつ、守護神である遠音が奪っているの。それで結界は保たれる。守護神が慕われる上手い仕組みになっているのよね」

「じゃぁ、今もオレが咲九から魔力を奪っている、ということか?」

「今の説明だけなら、確かにそういうことになるわね。でも、今の私は別」


 そう答えた咲九は立ち上がる。


「自ら望んで森に魔力を多量に分けているの。そうしないと、もしも私の結界が壊れ、万が一、この森の結界を抜ける方法を敵が掴んで居たら ……」


 瞬時に、あの惨劇が …… あの頭の無い天狗が、あの死体の山が、頭の中に蘇って背筋を凍らせた。


 もし今、敵がこの森に入ってきたらまたあの惨劇が起こり得るということ。

 前はこの森に住んでいた、皆の人気者だった猫だからまだ良い。皆も納得した上での一件だった。


 ―― だが、今は違う。そもそも私は外部者 …… 迷惑はかけたくない。


 そもそも、あの家に帰れないのは嫌だった。


 あの家には帰りたい。

 きっと今頃、事情も解らずに心配しているだろう親父に、母さんと揃って『ただいま』と言いたい。


 だから、私が母さんを救いに行かなければならない。

 そのためなら、咲九の知識は当然ながら必要だと思う。


「全く。大人びた考え方しか出来ないの?」


 咲九は呆れた様子で、しかしどこか嬉しそうにそう言っていた。


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