080 ☈ 奇襲と母の愛 *
香穂里の家が全焼して行方不明になっていることや、その直後に怪盗ホーリーが出現したものの何故か黒い仮面に襲撃されていたことや、その黒い仮面の集団が超能力者を次々と行方不明にさせていることなどは、何となく眺めていたニュースで知った。
普段は家に居ない母さんが、珍しくもコーヒーを啜りながら呟く。
「全部都内じゃない。物騒ね」
私はあまりの部屋の暑さから、リビングに繋がる唯一のドアを開け放っていた。だから、そのリビングのテーブルに座る母さんの姿は丸見えだった。
ベッドの上で寝転がっていた私は母さんに訊ねる。
「一応、母さんも能力者なんだろ? 出掛けるなら気をつけてくれよ?」
良く出掛ける率は母さんの方が高い。
私は学校帰りにこの駅前の近所を転々とするくらいで、近くに人目も見回りの警官も多い。だから安心だろうと思ってそう言った。
「そういうアンタも気をつけなさい。いや …… むしろ、神様の核を持つアンタこそ気を付けなければならないでしょ?」
平然と母さんが答えた。
しばらくして、私は素直に驚く。
唖然としてから、慌てて飛び起きて母さんの元に行く。
テレビを遮って、母さんを見る。
逆に母さんの方が目を丸くしていた。
「何でそのことを?!」
「少しは如月さんを見習いなさいよ」
そう言いながら母さんは目を指していた。
ハタと気付いて目を閉じる。
確かに目頭が熱くなって ―― 金色になっているのだと解った。直そうとしても、直せそうにもない。
「明日、アンタ、学校は?」
「成績に響かない午前の授業だけ …… だけど?」
今日は日曜日。
来週から10日間ほどは午前中の授業しかない。この期間は "実技" や "実践" みたいなもので、例えば体育は五輪の競技種目の体験であったり、化学は生物と組んだ実験であったり、国語は音楽と組んだ映画鑑賞会であったり、まぁそのような感じのことをする。
午後は赤点を取った人が集められて補習をさせられるが、その教科には引っかかっていない。
代わりに、その期間後にある残りの教科の補習強化合宿には強制参加させられることになっている。
「じゃぁ、それは全部、休むことになるわね」
そう言い切った母さんは徐に立ち上がった。
そして ―― 何故か私の背後に結界を通す。
不思議に思って振り返ったその瞬間、私に向かって1本の矢が飛んで来る。
それは結界に刺さって、私は難を逃れた。
「…… え?」
「黒い仮面の集団は、ずうっと昔からアンタを探していたのよ」
矢が次々と窓をすり抜けて入って来る。
その矢は結界に突き刺さることで、その威力を失くしていた。
結界に刺さらなかった矢は結界の外側に落ちてゆく。
「天界での全ての事を覚えている雷神は、天界を滅ぼした者からしてみれば、それはもう厄介で殺したい相手 …… 邪魔者でしかない、ということ。
私の母さん、つまりアンタの祖母はそれを知っていたからこそ、自然に結界が張られていて、且つ独特な風習を保つあの森にずっと隠れ住んでいた。
だから、アンタが神様に目覚めた時点でこうなることは解った …… それで仕方なく、如月さんと連絡をとったのよ」
「何で今まで …… 黙ってたんだよ!!」
私は叫ぶ。
恐ろしいほどに矢の量は増えている。
しかも、私らを守る結界は弱まりつつある。
このままでは、母さん諸共やられてしまうと思ったら、私は居ても立ってもいられなくなった。
震える足を動かしてテーブルの下に入り込む。
『咲九! 聴こえてるんだろ?!』
『無駄です』
不意に違う声に即答された。
それと同時に矢の雨は止まり、代わりに窓を割って1人の黒い仮面が家の中に侵入してくる。
『この結界の中でどんなに叫んでも、どんなに送っても、外には漏れないように作っていますから』
「何だと ……」
『雷の属性は希少ですからね。新しく神を創ろうとしても、死神様でも雷神だけは創れなかった。だから、貴方が必要になったのでお迎えに参りました』
「殺すという意味で、でしょう?」
母さんはそう言いながら机に手をかけたらしい。
黒い仮面が黙り込む。
「やっと思い出したこの子の過去を奪って、本当はアンタらの手下だったと思い込まされて …… そういう手口なのは、良く知っているの」
『音神の入り知恵か、厄介な』
「このことは、音神に聞いた訳じゃ、なっ ……」
急に母さんが座り込んだ。
そして ―― 嘔吐する。それは、赤色に染まっていた。
『あまり魔力を持たない者が白い神器など使うからそういうことになるのです』
少し暗めのトーンで黒い仮面は言った。
母さんが嘔吐するのを見て居られなくなって、私は母さんに近寄る。そして(これが正しいのか解らなかったものの)背中を擦った。
前に咲九がやってくれた時のように魔力を母さんに注ぎ込む。
「良く、聞きなさい」
小声で母さんが言う。だから耳を傾ける。
「アンタがこの神器を使いなさい。この結界は、この神器から放っているものだから」
確かに、それなら母さんの魔力が失われることは無くなる。
私はそう感じて素直に指輪型の神器を受け取った。
そして母さんは、私を抱いた。
ビックリした。
こんなこと、初めてだった。
母さんの温もりを背中に感じてから、恥ずかしくもどこか嬉しく感じる。
「この子は、渡さない。もう二度と、手放さない」
不意に、私は床を見た。
気付けば、母さんが指で血を模様に変化させていた。
その真意に気付いた時には、母さんは私をその穴に突き落としていた。
体は見る見る内に穴に落ちてゆく。
穴を覗き込む母さんが遠くなってゆく ――
「母さんっ?!」
その声は穴に反射したものの、穴は閉じられてしまって母さんには届くことは無かったと思う。




