072 ☴(⛩) 悪霊騒ぎ③
如月さんが帰ってしまった後、私は宮本さんと共に理事長室を訪れていた。
向かい側のソファーに座る理事長を見ながら、私は淹れて頂いたコーヒーを頂く。
説明したのは宮本さん。
私はただ、一緒に座っただけ。まだ挨拶しかしていない。
「…… という訳で、お願い!」
タメ口ということには然程驚かなかった。
どちらかと言えば、宮本さんと理事長の顔が似ていないことの方が驚きだった。
全く似ていない理事長はそれでも宮本さんの叔父というだけあって、優しそうな表情をしながらも困惑している様子だった。
「頼まなければならないような大事なのは解ったが …… しかし、」
「しかし?」
「…… 白雲運河が動いてくれるという保証は無い」
そう答えた理事長は徐に立ち上がり、机の引き出しから1冊のファイルを持って戻って来た。
ソファーに腰をかけてから、そのファイルをゆっくりと開く。
「過去、私が就任する前に、白雲運河が学園の調査に来たのを断ったことがある。これを根に持たれていなければ良いが、持たれていたら断られる可能性もある」
「そんな ……」
「それからもう1つ。この学園の結界は私が造っている訳ではない」
そう答えた理事長は、更にファイルのページをめくって私達に見せてくれた。
そのファイルには学園を横から見た図が載ってある。
その図の時計台の真下、更に深い場所に結界の根本があるらしい。赤い点の印が付けられている。
しかし、その脇に添えられている文字までは読むことは出来なかった。
「魔術文字と呼ばれる1つで、特殊な魔術師の文字だよ」
どうやら表情に出ていたらしく、私に優しくそう教えてくれた。
「今では古代魔術文字と言われているらしい。ただ、その翻訳をしたメモが挟まっていたから、この図が結界の根本だということは解っている」
「その根本と今回の話しに、何か共通点が?」
私の質問に理事長は小さく頷く。
「この学園には守護神が居るらしい。その守護神が誰かは私も知らない。しかし、千尋なら解っているだろう?」
「『結界の守護神に断りなく土地を荒らしてはいけない』?」
不意に宮本さんがそう答えていた。
良く言う台詞なのか、宮本さんはすらすらと答えていた気がする。
もっとも、確かに里の守護神である死神様の断りなしに私達の里の中であっても地面に穴を開けることは許されてはいない。生活上であれば問題なくても、それが土の中に埋まっていた魔法石の場合は、そもそも取り出すのも利用の許可も貰わなくてはならなかった。
それは、どの地域の結界でも同じことらしい。
「しかし、守護神が誰だか解らないと断りも入れられない …… それじゃぁ八方塞がりじゃん!」
このあたりでやっと、私は如月さんの怒っていた意図に気付いた。
恐らくは、如月さんも結界の守護神を知らない。
だから下手に私達が手を出せば、怒られるのは学園の理事長や校長先生ということになる。
しかも、大事になれば尚更、何も知らなかったとしても私達の責任は理事長達に行く。
それではこっそり私達で処分、何てとてもではないが出来ない。
私達は事を安易に考え過ぎていたのかもしれない。
もしかしたらこれは、かなりの大事なのではなかろうか。
そういえば、如月さんこと音神は美島市の悪森の守護神だと兄上が言っていた気がする。
如月さんが怒っていた理由は、守護神への許可が必要だと知っていた宮本さんへの一喝だったのだろう。
「守護神に心当たりは無いのですか?」
私は理事長にそう訊ねていた。
宮本さんが驚く中、理事長が唸る。
「無い訳でも無いが ……」
「誰?!」
「もう故人だから、伝手を辿るしか無いだろう」
そう言いながらファイルの最後を開いていた。そこには電話の番号と名前が載っている。
番号は数字なので良かったが、名前は恐らく古代魔術文字なのだろうと思った。
「故人 ……」
宮本さんの呟きに理事長が携帯を取り出しながら答える。
「 "きしまありす" …… 君達のクラスに居る、岸間香穂里さんの親族に当たる人だよ」
「えっ」
魔術師と聞いて、私は真っ先に岸間さんを思い出していた。
だからあまり驚かなかったが、宮本さんは全く予想していなかったのか素直に驚いている。
そんなことは気にせず、理事長はその番号に電話をかけているようだった。




