052 ⛩ 能力大会・前半戦③ *
少しどころか、私はかなり焦っていた。
はっきり言って、紫がこんなに強敵だとは思ってもいなかった。
普段は笑顔で飄々としているだけに、今の紫がまるで鬼のように感じられた。
間合いを取っても敵いそうにもないな、と思い始めてもいる。
『つまらないなぁ』
不意にそんな声がした。目の前の紫が余裕そうに両腕を頭の後ろで組んでいる。
『水神ってそんなに弱いの?』
『・・・』
私は黙るしか無かった。
確かに私の属性の水は攻撃向きでは無い。
むしろ、この属性での攻撃技なんて持ち合わせていない。
ましてや、私の家に代々伝わる巫術は守りに特化している。
『使い方次第じゃない?』
そう言った紫は、左手の中に周囲の風を集約し始めていた。
恐らく、紫の属性は風。
しかし、その風には刃のような切れ味を持っている ―― 最初の組み手で足の何ヶ所かを切られたようで、鈍い痛みが感じられていた。
その所為でなかなか動き回れなくなっているのも現実。
紫の風はやがて大きな弓矢へと変化していった。
信じられなくて、私は何度もその弓矢を見る。
しかし、それはどこからどう見ても弓矢だった。
その弓を構えて、風の矢を私に向ける。
―― あぁ、私の負けね。
ルールでは相手を殺してはいけないとなっていた。
でも、あんなのを食らって生きている保証なんて無い。
恐らく紫も、このことを解っていて私に降参するように待っていてくれていた。
だから私は両手を上げる。
審判の手が紫の勝利を告げると一斉に歓声が上がった。
紫は弓矢を瞬時に消して、私に近付いてきている。
「君が常識人で良かったわ」
「さっきの、放ったことあるの?」
あまりの恐怖だったのか、いつの間にか私の足は震えていたらしい。
しかも動けそうにも無かった。
そこに紫がやってきて、私の足の傷を見ている。
「生き物相手にはまだ一度も。今のも、君に強そうな結界があったから強めに作ってみせただけ。傷、大丈夫?」
「このくらいなら大丈夫よ」
とはいえ、痛みは続いている。
傷を眺めていた紫は、何故か徐に私のかなり浅めの傷をちょんと突いた。
すると、しばらくしてその傷口が塞がれていく。
「…… え?」
咲九でも瘡蓋までしか治せないのに(しかも激痛なのに)、と言おうとして紫が先に答える。
「可愛い子を傷付けるのって心が痛むんだよねー」
「…… え?」
思わず唖然として訊ね返せば紫はいつも通りに笑っていた。
「いやぁさ。あんま勝負って好きになれなくて。あまりにも醜い相手ならウチでも挑めるんだけど、どうしても可愛い子を相手にするとなー …… むしろ守ってあげたくなるというか」
「…… はぁ?」
『だからウチの大技を見せてあげたんだよ』
不意にテレパシーを使われた。
私が不思議そうに紫を見れば、紫は不敵の笑みを浮かべてニィッとしている。
『自然の属性ならイメージを形に出来る …… それが武器になるってこと。風より水の方がイメージしやすいし、イメージ次第では強くなると思う』
紫はそう言いながらも、審判に私の足が傷付いていることを伝えていた。
私は慌てて立ち、歩けることを伝えるが、審判は既に救護班を呼んでいたのでその場に留まることにした。
それよりも、どうして紫は教えてくれるのか …… 。
『強くなって欲しいから』
まるで心を読まれたかのように紫は答えてくれた。
紫はどこか優しそうな表情をしている。
前に紗穂里が、紫と黒い仮面の集団には繋がりがあって敵らしいと言っていた。
でも、私にはそうは思えないくらいに、今の紫は私に凄く優しい表情を見せてくれている。
稀に円に対してこんな表情をしていることがあっても、それはいつも一瞬のことだっただけに、信じられなくて素直に驚いてしまった。




