039 ⛩ 休暇の過ごし方①
修学旅行の最終日の翌日は土曜だったために学校は無かったが、代わりにコスプレモデルとしての依頼があったのでそのお店に向かっていた。
まだコスプレについて右も左も知らない時から衣装のことでお世話になっているお店だったため、どんなに疲れていても断れなかった。
『コースア』と頭上の看板に書かれた、古びた建物の細い廊下の方に入ると、既に衣装と着替え場所を用意して店長が待っていた。
「もう、遅いじゃない~」
店長は列記とした男性でも、女性の口調なので気味悪がる人も多い。
私は全く気にしない、もしくは慣れていたので普通に答える。
「す・い・ま・せ・んー。というか、旅行明けで疲れていし、そもそも急だったからどうしようもないじゃないですかー」
少しだけ反論したものの、このくらいなら言い合える仲でもあった。
店長はコノヤロウ!とばかりに私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて来る。
「奥でキサキさんがスタンバってるわ。早く着替えて行って頂戴♪」
そう言って店長は店の方に戻ってしまった。
あまり有名な店では無いとは言っても、都内でもアニメ好きが集まる地域にあるだけあって、店内にはちらほらとお客の姿は見え隠れしている。なので私の為だけに店長の時間を使わせる訳にもいかなかった。
また、奥に居るだろうキサキさんは、本業は記者で、副業はカメラマンをやっている超ベテラン。
店長がどのくらいでキサキさんを雇っているのか知らないものの、店の売り上げはあまり宜しくないと、同じコスプレ仲間の噂では聞いている。
私はさっさと着替えて、前にキサキさんに教わったように自分でメイクし、髪を整えてウィッグを着ける。
これだけでも結構な時間がかかる。
そして、いつも通り奥の扉を開けてスタッフルームに入った。
休憩中らしいバイトの子は適当な雑誌を読んだまま、しかし既に他の子で慣れているのか顔すら上げそうにない。
だからそのままスルーして、更に奥の扉を開けた。
中に居たキサキさんはカメラの調整中のようで、私を見るなり微笑んで来る。
「遅かったわね」
見た目は凄くキツイ印象ではあったが、それは本当に見た目だけで、本心はとっても優しい人だということは解っている。
スイマセン、と態度で謝る間にも、キサキさんは早くも用意してくれたステージを指していた。
背景となるステージは、なんと店長が独学で作り上げたという4畳くらいの部屋のサイズでいくつも再現されてある。
また私のこのキャラのアニメは幼少期から好きだったらしく、遠近法を取り入れればそれらしく見えるような巨大な背景パネルまで揃っている。
「キャラ …… は私よりも解っているでしょうから、ポーズは好きなようにとってくれて良いわ。好きな角度で撮らせてもらうから」
そして、いつも通りの指示だった。
だから私も安心して明るいステージに立つ。
お昼くらいになって、店長がコーヒーと一緒にお弁当を持って来てくれた。
本当は一緒に店長も食べる予定だったのか3人分あったのだが、来て早々に先程のバイトの子に呼ばれて店に戻ってしまったので、先に2人で食べさせてもらうことにした。
「そういえば、キサキさんって今いくつ何ですか?」
「いくつに見えるー?」
ウフフと笑いながらキサキさんが逆に質問を返してきた。
私は少し考えて答える。
「20後半、30前半くらいですか?」
「ブブー。こう見えて、来年の春で40になりまーす」
「ぶっ?!」
あまりに驚き過ぎて、口に近付けていたコーヒーを吹き出しそうになっていた。キサキさんはキョトンとしている。
「そんなに驚くことだった?」
「そりゃ驚きますよ! だって私の父とそんなに変わらないんですから!!」
「なのに若いって? 良く言われるけど、言われるほど嬉しいわねぇ」
キサキさんは自問自答して自分にうっとりとしているように見えた。
思わず少し引く。
「まぁ、好きなことをやらせてもらっているから、一児の母であっても若々しく居られるのかもしれないわね。
それにほら、私も一応、超能力者の端くれでしょう?
能力を使っていると若く見えるって研究成果が出ているみたいだしさ」
確かにそんな発表は去年あたりに海外で報道されたらしく、それからこの国でも超能力者同士が集って軽い運動が出来る施設などは増えている。
超能力者の固有能力も様々で、キサキさんの場合は自身のオーラをカメラに与えて撮影すると、写真にオーラが投影されているという、まぁアニメなどでは良く有りがちな能力を持っている。
恐らく私がその能力を持っていれば、あの時の妖精が舞うシーンなども撮影出来たのだろうと思う。
ただし、キサキさん自身はカメラを通してではないとオーラを見られない体質らしい。
そのため、過去から今までも私のオーラは常に放たれているものの、それが写真に収まっていたことは一度も無い。
ちなみにキサキさんが有名なのは "怪盗ホーリー" 絡みの写真で、かなりの遠距離から撮影されているのだが、オーラが尾を引くという芸術的な観点からか、それらはかなりの高値で取引され、記事にされていると聞く。
「ま、好きな仕事で写真を撮って、能力使えて、若くみられることは、凄く有難いことよね」
「そうですねー。私も固有能力が有れば一番良いんですけど ……」
なんて答えながらも、私は黙ってしまっていた。
幼い頃から、私は何も知らずに能力を使っている。
だから、自分の固有能力を知らずに居る。
キサキさんのようにモノが関わってくることだと特殊過ぎて解りにくいだろうな、とは思うけど、この固有能力を持たない超能力者も居るらしい。
だから私もその1人なのではないか、と思っている。
「偶然と言えば偶然だったのかしらねぇ」
キサキさんはそう答えて微笑んだ。
「悪森で迷子になった時に、あまりにも同じ場所を行き来していたものだから、持っていたデジカメで写真を撮ったの。
そうしたら、私の目に映っている光景と全く異なる写真が出来上がってね。
恐怖に感じたけど、写真のお陰で無事、家に帰ることが出来たのよ」
悪森は私の神社のすぐ傍にもある。
だけど森と呼ぶには敷地は然程無く、また昔のように土地を守る妖怪も居なくなっていた。
本来の悪森には "土地守神" や "守護神" と呼ばれる、神に格上げされる前の賢い動物や妖怪などが住むらしい。
ところが、近年はその悪森にも開発の手が伸ばされているため、ほとんどの "土地守神" は神様に格上げされる前に移転を余儀なくされていた。
開発による被害はこの国だけではないらしく、全国で人間を恨む動物や妖怪が堕転し、悪に染まった悪鬼が増加傾向にあるので、海外では特に問題視されていると聞く。
もっとも、この悪霊や悪鬼を退治することを昔から生業にしていた私の家系では、逆に悪霊が増えることは有難いことらしく、退治前には必ず、退治する相手に今までの敬意を払ってお祈りを奉げることになっている。
このような敵へのお祈りの風習はこの国や一部民族では多いらしいが、全国的には珍しいことだと父は言っていた。
話しは逸れてしまったが、堕転して堕ちるところまで堕ち切った悪鬼は、最終的に悪森に戻って来る。
それは悪鬼の最大の敵が人間であることに加え、食料が神に近しい動物や妖怪なので、人間の住まいに近いが人間は住んでおらず、食料が充実している悪森が最も都合が良い場所ということらしい。
故に悪森は人間を襲う悪鬼が居るから危険という意味でも開発が進み、悪循環を生んでいる。
「何でそんなところに行ったんですか?」
「私が小さい頃は、人里のすぐ傍の、悪森の中にも住んでいた人が居たのよ?」
そう答えたキサキさんは懐かしそうにうっとりとした。
私も家の近所に悪森があり、その悪森に住んでいた友達が居たので、そのことは良く記憶している。
でも、その友達は悪森の開発と共に街にやってきたものの、今は引っ越ししたらしく連絡は取っていなかった。
もっとも、その友達の連絡先を知っていたのは亡き祖父だから、今となっては取りようがないのだけど。
「私の家もその1つだったの。
でもね、開発の手がその悪森にも伸ばされて、守神様が居なくなって。
守神様が居なくなった影響で悪鬼が彷徨うようになった所為か、私のお母さんも引っ越しすることに決めたの。お母さんと一緒に、過去に守神様が住んでいた家の前でお祈りをしたわ。
その翌日、いつも学校から元居た家の間の悪森を通っていた私は引っ越したことを忘れてしまっていたの。気付いて戻ろうとしたけど、そのたった数十メートルの間で悪鬼に襲われたみたいでね。
でも、その悪鬼は必死に私に攻撃しないようにしているようにも見えた。
写真を見ながら光り輝く場所を進んだら、それが正しい道だったようで家に帰れたけどね」
「その悪鬼は守神だったのかもしれないですね」
キサキさんの頷きに私は少し悲しくなってしまっていた。
恐らくは、開発を進める人間を恨んでしまった土地守神が他の悪鬼の誘いに応じてしまって堕転したのだろうと思われた。
土地守神は、森に住む動物や妖怪だけではなく、森にやって来た人間をも守ってくれていたと祖父から教わった。
ただし、怨みを持って乱闘や殺害を行った場合にはどんな相手であろうと天罰を与える。
悪鬼と化したその土地守神は幼いキサキさんを襲おうと結界を張ったが、何もしていないキサキさんを襲うことに矛盾を生じたのか、又は何かしらの躊躇いがあったのか、襲撃数が少なくて本来の心をまだ持っていたために攻撃してこなかったのだろうと思われた。
しかし、一度堕転した悪鬼はどんな神様でも元には戻せない。
そういう悪鬼を何匹かは退治しているので、私でもすぐに解った。
「悪鬼を倒せば、それを見ていた森の動物たちは人間を警戒する。だから、どんなに優しい人が森に入っても共存は出来ない。この嫌な関係は永遠に続くだろうね …… とは、お母さんが何度も嘆いていたわ。まぁ、そのお母さんも悪鬼の間接的な影響で既に他界しちゃったけどね」
「それは ……」
悪鬼は強力な魔瘴を放つ。
その魔瘴を浴び続けた生物は同じ悪鬼と化すか、耐え切れずに死ぬと教わっている。
"悪鬼の間接的な影響で" と言われたら確実にそれで、少し前の死因で最も多かったらしい。
もっとも、あの旅行中に塔の奥へ入っていたら私もどうなっていたかは解らない。
「どうしたら人と森は共存できるのかしらね?」
それは私だけではなく、恐らく全人類にとっても難しい質問だったと思う。




