033 ☴ 修学旅行・事後②
如月さんの部屋の中で私の全てを治してくれている時に、不意に永瀬さんから不穏な気配がしていることに気付かされた。
背中を嫌な汗が流れる。
このことで、私の背中を診ていた如月さんは気付いたらしい。
「あぁ。遠音は放っておいて大丈夫よ」
その気配はまるで魔力を持った動物だった。
普段の純白の気ではなく、金色の気。
このような気は野生動物の生命エネルギーに多く含まれる。
だから人間が持っていることはありえないと思っていた。
「黒い結界の魔瘴に少し当てられたくらいで勝手に魔力暴走を起こしてぶっ倒れたの。
それを処理するのに時間がかかった所為で、黒い結界に対して私の結界で覆うのに時間がかかっちゃったのよね」
そう答えた如月さんは、今度は私の目の前に移動して来る。
胸元の宝石に触れることなく、その直前くらいで治療の結界を張っていた。
兄上が宝石を直す結界に良く似ている。
「普通の魔力暴走なら遠音のようになるの」
如月さんの話したがっていた私の魔力暴走が異常であることに気付いていた為か、心のどこかで諦めていたので溜め息をつく。
「私は、皆が思うほど普通では無いわ。
私の家もそう。皆が考える、普通の生活はしていないと思う」
普通の女の子のように洋服を楽しんだり、家族や友人と出掛けたり、食べ歩きをしたり …… そういうことは一切、したことが無かった。
ただし、話しだけは円や瞳だけではなく、周囲の内容からも耳に入って来ている。だから普通の女の子はそういうことをしているのだろうと思う。
でも、それをするためには兄上の許可が必要だった。
ましてや休日の外出は1ヶ月以上前の申請が必要だったし、申請したところで許可が下りることは滅多に無い。
そんな監視の厳しい檻のような場所に住んでいるからこそ、私は敢えて普通を知らないフリを続けている。
普通を知ったら普通をもっと知りたくなる …… 先に進みたくなる。
それは兄上を裏切る行為に当たってしまうのだと思っている。
「でもね。成長するってことは、どんな普通の女の子であっても親族を裏切る行為なのよ」
如月さんがそんなことを言ったので驚けば、如月さんはニッコリと微笑んで答える。
「親族の期待に答えている間は、親族という後ろ盾、つまり本人に付添い、導いてくれる人が居るということなの。本人は安心して先に進めるけど、大きな壁にぶつかった時に、つい甘えも出てしまうのよね。親族はその壁を壊してくれるかもしれない。だけど、本来はその壁を乗り越えなければならなかったとしたら、本人はその壁がそこにあった本当の理由を知らずに突き進んでしまうでしょうね。だからもしも、その親族が年齢や事故などで死んでしまって居なくなってしまったとしたら、本人は次の壁を越えることも、壊すことも出来なくなってしまうでしょうね」
「……その子はどうなるの?」
「立ち止まって先に進めなくなるだけ。皆が先に進んでいるのに、進めないと焦るでしょうね。
もしくは自分の殻に閉じ籠って抜け出せなくなるか」
私は黙って想像を膨らましてみた。
壁を壊してくれる兄上や貴に気付かず私は先にどんどん進んでいただけで、本当はもう壁の傍まで来ているのかもしれない。
今はまだ、兄上や貴が居るから良い。でも、その2人だっていつ事故を起こすか、殺されるか何て解らない。
もしも兄上や貴が居なくなったら、私はショックで立ち直れないかもしれない。
その壁が兄上の死だとしたら、その壁を壊すことも、下手すると登ることも出来ないかもしれない。
しかし、その壁を乗り越えることが親族を裏切ることになるというのだろうか。
「壁はね、不透明なのよ」
私の想像が今の話しで一新される。
近付いていく壁が黒く塗り潰される。
まるで黒い面のようだった。
「その壁がそこにある理由を知らないまま、知ろうとしないまま進む場合、親族が壁を壊す場合もある。それは親族が望む道に進んでいる時だけね。もしその壁がある方の、違う道に進もうとすれば、親族がそれを知った時、その壁に味方して壊させないようにする場合もある」
黒い壁の上に立つ兄を想像していた。
兄は私を見下ろしている。
「1人は嫌 ……」
「え、そこなの?
それなら …… そうだなぁ、1人には教えても良いよ」
私は真っ先に貴に教えた。
貴は壁を登り始める。
だけど、そんな兄上は貴を引っ張って引きずり下ろそうとしている。
「親族は違う道に進める方の壁を乗り越えて欲しくないのよ。だって親族の言う通りに動く子供は楽だし、その子供のことを全て知っているから指示も出しやすい。結果的に操り人形に出来るのだもの。
だから親族の知らない道に行って欲しくない。壁のある理由を知って欲しくない。そう思っているから、親族側の壁を壊してくれるの。
成長しない人間は、この親族から逃れることを逆に恐怖に感じているから、孤独に陥ることをどこかで怖がっているから、壁を乗り越えられずに成長が止まったままなのよ」
正しく、今の私だった。私は黙り込む。
「逆にこれは、親族の成長も止まったままなの。子供の後を追えない …… つまり、壁を乗り越えられない親族も成長出来ていないということよ」
成長していない親族 …… 恐らく里のことだと思った。
里の中から出ない兄上は、更に成長していないということになる。
その兄上に引き止められている私もまた、兄上という後ろ盾があるから今までやって来られただけ。
これからは私が兄上を変えなくてはならないのかもしれない。
「裏切る行為になったとしても、それは一時の問題なのよ。どうして裏切ったのか理解をしてくれれば一緒に先に進めるの。まぁ、その理解をさせるまでが意外と大変だけど」
如月さんはそう答えて私から手を離す。
宝石はこの部屋に来た時とは違い、ヒビ1つなく完全に元の形に戻っていた。
「これで終わったわ。だけど、今日から数日は、例えその宝石を外されたとしても無理はしないでね。無理をしたら間違い無く魔力を失って体調を崩すと思うわ」
「ありがとう」
私はそう答えつつ永瀬さんの気の変化に気付く。
いや、少し前から気付いていて黙っていた、が正しいのかもしれない。
だから私は溜め息をついた。
「永瀬さん。盗み聞きなんてお行儀悪いわ」
気がビクッと反応していたが、本人は起きそうにも無かった。
が、黙ったまま如月さんが永瀬さんの脇腹を突く。
すると、しばらくして体がビクビクと細かく反応を示していた。
やがてガバッと永瀬さんが起きる。
「い、いやぁ、良い朝、デスネ!!」
「死にたい?」
私が座ったまま永瀬さんに向けて拳を作っていれば、永瀬さんの傍に居た如月さんが、その行動よりも素早く、永瀬さんの腹部に襲いかかっていた。
そのまま如月さんに押し倒され、脇腹をくすぐられている永瀬さんはゲラゲラと笑い転げている。
「や、や、や、や、やめ …… 、や ……」
如月さんが手を緩めると、ゼーゼー、ハーハー言いながら永瀬さんは答える。
「お、オレが悪かった …… ゆ、許してクダサイ ……!!」
「私じゃ無いでしょ?」
如月さんは冷静に答えて私を振り返る。
永瀬さんはつられた様子で私を見て、両手を合わせてスマン!とやっていた。
だから私は溜め息をついて答える。
「もう良いわ」
兄上のことを知られた訳じゃないし、そもそも先程までの会話から、私のことを知られた訳でも無い。
だから許した。
もっとも、口で話してはいけない内容だったら最初から会話何てしない。
「オレも成長しないとなぁ」
そう答えた永瀬さんは如月さんを押し退けて起き上がり、壁に寄り掛かった。
そして腕を組んで頷いている。
「永瀬さんに何が解るのよ」
私はそう言ってプイッと横を向いたが、永瀬さんは少し斜め上を見ながら答える。
「いやぁさ。オレ、昔の記憶が無いんだよね」
「…… え?」
私は驚いて永瀬さんを見ていた。
―― 私と同じ?
そう思う間にも永瀬さんは続ける。
「知りたいと思っても、母さんは知らなくて良いの一点張りだったし、親父は本当に何も知らないみたいだし、その頃を知る友人なんて居なかったから諦めていたんだよ。
そしたらコイツが現れた。
何も知らずにコイツと同じ委員になったけど、コイツはオレのこと知っていたんだよ。しかも幼馴染ってどういうことだよ?ってね。
記憶が無いのに幼馴染だって言われても、馴染み無いよなぁ。
でもまぁ、コイツと居れば何れ教えてもらえるんだろうなーって感じで付いて回っているんだが ……」
―― あれ?
私は内心、どうして私のことを知っているのだろう、と思っていた。
「その途中で暴走されても邪魔になっただけっていうね」
如月さんはそう答えて溜め息をついていた。
そこで、知る。
―― 永瀬さんは、私と同じ境遇?
私も過去を知らない。
何者かによって奪われたことは、紫が遠回しに教えてくれた。
記憶は無いのに、幼馴染だという円、瞳、紫の3人。
違うのは、私は過去を知ろうとしなかったけど、永瀬さんは知ろうとしている点だけ。
「でも暴走の原因がすぐに解ったから、酷くならない程度に抑えることが出来たのよ。それが出来たのは私の経験なの。
そして同時に、この原因と対策を遠音に教えることで2度目の発生を避けることも出来る、ということ。すなわち、遠音の成長ね」
それから、暴走して倒れても永瀬さんの記憶は残っていたらしい。そして教えてもらえる人が居るから成長出来る。
私と同じ境遇なのに、永瀬さんは如月さんの影響で成長しているのだと知った。
そこで、私も悟る。
きっと、この教えてくれる相手は親族ではダメなのだと思う。親族は、その原因を親族自身が排除すれば良いと思ってしまうから。
つまり、私はまだ、兄上に甘えているということ。
それが本来の、私が乗り越えなければならない最初の壁なのだと思った。




