031 ⛩ 修学旅行・深夜の出来事 *
長いですが、一気にいきます。
部屋に戻った私は、疲れていたのかすっかり布団の中で眠ってしまっていたらしい。
そんな私の代わりに同班の円がクラス代表の代理として部屋を回ってくれたらしく、その内容を含め、円が控えたと思われるメモ用紙が私の枕元に置かれてあった。
どうやら部屋のシャワーが今夜のお風呂らしく、目が覚めたら(寝ている人を気遣わずに)いつでも入って良いよ、なんて矢印で引っ張って書かれてある。
また、2組の残りの2人は発見されて既に病院に居るらしい。
ふと見回すと、そんな円と瞳の姿が無いことに気付かされた。
そして、カーテンの向こう側から嫌な気配を感じる。
恐る恐るそのカーテンから外を覗き込めば、何故か外は真っ暗だった。
が、良く見ればそれは黒い結界の中であることに気付き、驚いた私はカーテンを慌てて閉じてしまった。
嫌な汗が私の背中を伝っている。
―― 怖い。
それが私の感情だった。
ここまで恐怖に思ったのは、祖父と兄を目の前で殺されて以来のことだった。
だからか、カタカタと全身が震えて音を上げている。
それでも、誰かが片を付けなければならなかった。
咲九は封印まで出来ない。
花菜子は面倒臭がりなので梃子でも動かない。
美川先生は当てにならない。
元から学園に居る他の生徒では片が付かない。
が、このまま放っておけば朝までに黒い結界に全生徒が、いや、この地域が飲み込まれてしまう気がする。
黒い結界は、過去に一国を滅ぼしたことがあるほど凶悪な悪霊や悪鬼、下手すると悪魔が住んでいると聞く。海外の呼称の日本語訳は "悪魔の部屋" 。飲み込まれた人間は部屋の主に食われてしまうらしい。
なお、小規模なモノであれば、幼い頃に見たことがあったので知っていた。あの時も怖いと感じていた気がする。
円が持って行ったのか部屋の鍵は見当たらなかったので、仕方なく上着を羽織ってそのまま部屋を出た。
1階に向かうほどに寒気がするのは、実際に "悪魔の部屋" の中心に近付いているためだと思う。
エレベータで1階に到着すれば、階段で降りて来たらしい紗穂里と香穂里にバッタリ出会った。
2人も顔を真っ青にしている様子から、恐らくは私と同じ考えなのだろうと互いに察し、合流して話しながらも端にあるホテルの通用口に向かう。
「噂には聞いていた "悪魔の部屋" に出会うとは思ってもいなかったわ」
呆れた様子で私に言ったのは香穂里だった。
岸間さん、と言おうとして冷静になった私は先に聞くことにする。
「香穂里って呼んでも良い? 岸間さんって呼ぶの噛みそうで」
「じゃぁ私も千尋って呼ぶわ。宮本って何だか長いし」
どうでも良い、とばかりに香穂里は言葉を吐き捨てて目前のホテルの扉を開け放った。
すると、その扉から急激に冷やされた空気と一緒に魔瘴が入り込んで来る。
私は慌てて、香穂里の腕を握って扉を閉じさせた。
扉は一種の結界でもある。
「他の扉からじゃないと、建物の中に居る生徒にまで被害が出そう!」
私の一言で納得したのか、冷静に香穂里は上に続く階段を指した。
先程2人が降りて来た階段とは違って、エレベータは傍に無い。
「なら、まだ結界内に入って居ない部屋か、もしくは屋上から飛び降りるしか方法が無いわね」
「え、飛び降りるの?」
「だって中庭に続く扉はここか、他の建物の1階の扉しか無かったはず。でも、ここで無理なら他の扉も無理な気がするし」
私の質問に香穂里は答えつつ、階段を目指す。
が、私は少し奥にあるエレベータを指した。
「それなら一気に屋上まで行って飛び降りよう?! 個室だと窓が開けられるか解らないし、そもそもその部屋の生徒にも影響が出ちゃう!」
その一言で香穂里と紗穂里は顔を合わせ、頷いていた。
そして紗穂里が呟く。
「こんな非常事態で、エレベータを使うなんて考えていなかったよ ……」
これには流石に私も失笑してしまっていた。
屋上に到着するまでに、香穂里と紗穂里は私に話しをしてくれた。
どうやら "悪魔の部屋" の出現に真っ先に気付いたのは咲九。
その咲九は永瀬さんを連れて、これ以上この黒い結界が広がらないようにすると言って部屋を出て行ってしまったらしい。
で、後を追おうとしたらしいが途中で逸れてしまい、更にしばらく待っても順調に広がっていることから、もしかしたら咲九側に邪魔が入っている可能性があると考えた。
それで、咲九の結界を待たずに黒い結界の中の主を叩こうということになったらしい。
しかしながら、黒い結界の中ではどんなことが起こるのか解らない。
過去に一国が失われた時は、香穂里の祖先やその弟子の魔術師が多量に死んだことは親族から何度も聞かされていたらしい。
何故か風見さんの気配の余韻が残る屋上に着いた私達は、その黒い結界の全体を改めて見ることになった。
まるで未知なるブラックホール。
入って出て来られる保証はどこにも無い。
既に16階建ての建物の7、8階くらいまではその中に納まってしまっていたので、私の案は正解だったらしい。
「…… やっぱり、怖いわね」
不意に香穂里がそう言った。
私は頷き、手を見る。
「私も。さっきっから震えが止まらないもの」
「右に同じく」
紗穂里までそう答えていた。
しばしの沈黙。
「…… でも、如月が動けない以上、私らが何とかするしかないでしょ!」
香穂里はそう言って私達を返り見た。
ガッツポーズをしているが、どこか弱々しくも感じられるその姿に、私も震えが止まらないその身で答える。
「そうね …… やるしか、無いのよね」
「…… 行きますか」
紗穂里はそう言って前方に向かってジャンプした。
紗穂里の体が宙に浮き、そして足から下に落下してゆく。
それを見た香穂里が慌てた様子で続いた。
私は心を落ち着かせてから、唾を飲み込んで同じようにジャンプする。
体が永遠に落ちる感覚はやはり怖かったが、黒い結界に入った瞬間、私の体は急激にスピードを失っていった。
まるで水の中に沈んでいっている感じ。
先に着いていた2人がこちらを困惑した表情で見上げている。
「どうしたの?」
ゆっくりと着地する頃に訊ねれば、2人は黙ったままある方向を見た。
その方向には、結界よりも更に黒い鎖に巻かれた巨人が居る。
巨人は暴れているが、黒い鎖が切れる様子は無い。
むしろ、巨人の周囲を小さな白い生き物が囲っている。
それを発見した私は目を丸くした。
「式?!」
それは陰陽師などが使う白い人型の紙だった。
が、その単語を発した途端、その式の数匹が私達に向かって黒い弾を放って来る。魔力で出来た弾、通称 "魔弾" だった。
地面を蹴って跳んで避けようとしたが、蹴ると共にゆっくりと空中に投げ出された私は、今の弾どころか次の弾まで避けることが出来なかった。
全てを被弾した私は、黒い弾が鎖に変わる瞬間を見る。
だが時は既に遅く、私は巨人と同じように鎖に巻かれてしまった。
驚くことに、黒い鎖は結界をも破って魔力を徐々に吸い取るらしい。
「千尋?!」
上手いこと避けたらしい香穂里が私の名を呼んでいた。
が、黒い鎖の影響で香穂里の姿は見えない。
口を開けば何をされるか解らなかったので、念の為にテレパシーで答える。
『動くと体内の魔力が吸い取られるみたい』
そう言いながらも体を動かしてみるが、鎖は意外に頑丈だった。
片手で何とか水の弾を作ろうにも、その魔力すら鎖に吸い取られてしまっている。
しかも、吸い取られるほど鎖は頑丈になってゆくので放出を抑えるくらいしか対抗策はなかった。
『紗穂里は無事?』
『何とかだがねー』
そんな返答があったようだが、やはり姿は確認できそうにも無かった。
諦めて続ける。
『何とかってことは、被弾した感じ?』
『いんや。ただ式に触れた所為で右手の動脈が切れたっぽい。1匹倒したけど、まだかなりの数が残っているし …… ちょっとヤバい』
『…… 口で式という単語を使わなければ問題無いみたい。攻撃してこないわ』
香穂里の答えに私は溜め息をついていた。
何てことだ …… 私が紗穂里を傷付けてしまったみたいではないか。
しかも、私自身は囚われの身。完全に足を引っ張ってしまっている。
『実践不足』
不意にそんな声が聴こえたと思えば、私の体が自由になっていた。
視界も良好。
その声の方向を見れば、風見さんが私を右手で指しながら私に向かって落ちてきている所だった。
『風見さん?!』
紗穂里が驚いた様子で声を放っていたが、風見さんは全く気にする様子もなく私のすぐ隣に降り立った。
そして巨人の方角を見つめる。
『式は、封印されていた巨人を悪鬼に変化させるためだけに動いているわ。だから巨人を救おうとした宮本さんを攻撃しただけにすぎない。
巨人は頑張ってそれを拒んでいることから、恐らく無理に封印されていたのではなく望んで封印されていたのだと思うわ』
『何故そう言い切れるの?』
『発掘される場面から一部始終を見ていたから』
私の質問に答えた風見さんは、静かに式を指して言う。
『あれは自動で動くタイプだから、あれを消しても結界は消えないわ。結界は別の誰かが作っているはず。でも、あの式を消さない限り巨人が凶悪化する可能性は高い』
『早い話が、あの式を燃やして巨人を救い、この結界を作っている主を叩けば良いのよね?』
香穂里はそう言って赤い炎の弾を両手に繰り出していた。
紙の式にとって炎は最大の弱点 …… 香穂里はそう思ったらしい。
このことを知ってか、数匹を残してそれ以外の式が香穂里に向かって攻撃を仕掛けてくる。
香穂里は上手いこと走って弾を避けつつ、式に向かって弾を放っていた。
しかし、式も相当に手慣れているらしい。
また小さい為に、それを活かして弾をあっさりと避けている。
『ほほう!』
そう感嘆の声を上げたのは、いつの間にか私の隣に来ていた紗穂里だった。
『それなら、逃げ場を失くせば良い!』
紗穂里はそう答えて左手で地面を叩いた。
すると、香穂里に向かっていた式の周囲に大きな3面の壁が現れる。
ただし、香穂里の居る方面だけには壁が無い。
『ナイス、紗穂里!』
何がナイスなのかと疑問に感じている間にも、香穂里はそう言って炎で体を覆っていた。
瞬間、向かって来ていた式は一斉にピタリと宙に浮いたまま止まってしまう。
そこに香穂里は突っ込んで行った。
しかし、一部は方向を変えて上へと逃げている。
『あうちっ』
失敗した、とばかりに紗穂里がおでこを左手で叩いていたが、その上部にはしっかりと蓋が追加されていた。
しかしながら、その蓋のあたりで急カーブした式は私に向かっている。
驚いて結界を張ったものの、それと同時に私の前に風見さんが立ち塞がってくれる。
『素手がダメならモノを使えば良いのよ』
風見さんがそう言い、その手にあったのは普通の枝だった。
その枝をフェンシングのように使い、タイミング良く式の頭部分に次々と突き刺す。
見事に全てを突き刺したように見えていたが、風見さんはバランスを崩してその場に崩れ落ちそうになる。
慌てて支えつつ風見さんの足を見れば、右足が綺麗に肉まで切られ、抉れていた。
『1匹、しとめられなかった ……!』
悔しそうな風見さんの発言で私達はもう1匹を探した。
ところが、その1匹はいつの間にか私の腹部を切っていたらしい。
綺麗に切られると痛みは無いと聞いていたが、どうやらこのことは事実だったようで。
私達が探す間に次々と私達の体を刻んでいく。
またも、私に恐怖が襲ってきた。
それは他の3人も同じだったのか、ガタガタと見るからに震えだす。
しかし、風見さんだけは平然としていた。
震えるどころか、目を閉じて集中している。
『仕方ない』
不意に風見さんはそう言って、目を開ける。
そして鳥型の紙を取り出した。
『起の壱! 風の精霊よ、和紙に宿って我が式と化せ!』
途端、その紙が鳥のように羽ばたき始めた。
そして風見さん自身は右手で空中に弧を描く。
『血の付いた式を探せ』
そう命じながらも、風見さんは右手で弧を描き続けている。
『結の八、拘束』
ピタッと止まった右手から私達の周囲に網目状の結界が伸びてくる。
そして私達をそのまま縛りつけた。
一瞬だけ抵抗した香穂里が暴れていた。
『先の拘束、転の七、変化』
途端に網目状の結界は縛るのを止め、私達の体から1センチほど離れた場所を覆ってくれていた。
香穂里が驚いた様子で停止して風見さんを見つめる。
風見さんはふぅと小さく息を吐いていた。
『これで攻撃されることは無いわ』
私の結界は通用しなかったのに、と言おうとして紗穂里が先に言う。
『千尋の結界は水だから貫通されてしまったのか』
『和紙は水にも火にも強いから仕方ないわ』
風見さんの発言に私は脱力してしまっていた。
香穂里はムスッとした表情をする。
『炎の結界なんて見たことも聞いたこともないっての』
『その代わりに最大火力なんて言われる属性なんから文句言わない!
回復しか能が無い私はどうなっちゃうのよ ……』
思わず泣き寝入りしそうな私の発言に香穂里と紗穂里は失笑していた。
しかも、回復と言っても咲九のように完璧な回復でも無い。ただ消毒し、菌や霊から傷口を守れる程度。
しかし、風見さんだけは失笑せずに真面目に答える。
『確かに少量の水自体に火力は皆無だけど、海が近い場所や、高頻度で雨や雪が降っている地域などでは、きっと皆が思っている以上に手強いと思う。
岸間さんの炎は太陽があれば強くなるけど時間という制限がかかるし、本谷さんの大地は量に制限が無い代わりに高さに制限がかかるから。
属性に得意と不得意があるのはどうしようもないことね』
『それを埋めるのが魔術や陰陽よね』
私の答えに風見さんが頷く。
『あとは陰陽とはいろはの異なる風水や、無属性の死霊術などがあるわ』
『話しているところ悪いのだけど、』
不意に声がどこからか聴こえて来た。
私はすぐに気付いて答える。
『咲九!!』
『早くその式を倒してくれないかしら。
結界を中から解除しようと思ったのだけど、巨人が侵入を拒んじゃって入れないのよ。
恐らくその式が巨人の結界を切りまくって暴れ回っているから、巨人が敢えて強固にしているのだと思うのだけど』
『解ったわ。
…… と言いたいのだけど、これ以上魔力を消費したら、私が大変なことになると思うわ』
風見さんの発言に咲九が鼻で笑った、気がした。
『式を倒してくれるなら、お姉さんが心配しているモノを直してあげる、と言ったら?』
一瞬にして風見さんの顔色が変わった。
驚いてはいるが、その表情には陰があった。
しかし、目を一度閉じて考えたのか、ゆっくりと目を開いて答える。
『…… 解ったわ』
風見さんは覚悟を決めたのか、胸元に結界を張ると、自身にも張っていた網目状の結界から飛び出していった。
結界は消え、まるで風と一体になったような風見さんが空中に舞い上がって行く。
すると、先程の鳥型の式が風見さんに寄り添って行くところが見える。
ただ、その一瞬の間に風見さんは左手に黒い刀を繰り出していた。
そして、その刀で空中を斬る。
すると、その斬られた箇所から白い物体が舞い落ちてきた。
風見さんは刀を何処かに消して安堵の溜め息をついている。
しかし、表情は少し暗くして胸元に手を当てているように見えた。
『動かない方は私が殺る!』
そう言ったのは香穂里だった。
いつの間にか消えていた網目状の結界よりも大きい炎を身に纏い、香穂里は動かない式へと(風見さんと違ってゆっくりだが)近付いて行く。
残りの式は黒い鎖を出している所為で動けないのか、少し焦っているようにも思えた。
『消されたく無ければ逃げろ!』
そう言って香穂里は両手の間に炎の塊を作り、そのまま式の方面に押し出していた。
式は最後まで動けなかったのか、結果的に炎によって瞬殺される。
ほぼ同時に、黒い結界の中に咲九が足を踏み入れてきた。
水圧のようなモノも一気に薄くなっている。
「さくぅ~~!!」
私の言葉で気付いたらしい他の3人が一斉に咲九を振り返っていた。
咲九は黙ったまま、無表情のまま巨人に向かって歩いている。
今も尚、地面からの黒い鎖に縛られている巨人だったが、暴れるようなことも無くそんな咲九をじぃっと見つめていた。
『辛いかもしれないけど、もう少し待っていてね』
巨人の真下で優しく話しかけた咲九は、巨人から魔力を少しだけ受け取ると、またも歩いて来た道を戻っていた。
しばらくして黒い結界まで戻ると、結界に軽く手を当てる。
たったそれだけで黒い結界にヒビが入っていた。
『後はお願いね、花菜子』
そう言ってから咲九は黒い結界をガラスのように叩き砕いた。
砕いたところから亀裂が入り、あっという間に巨大な結界は崩れ去る。
破片は地面に落ちたり、私達に触れたりして細かい粒子と化している。
黒い結界の中は相当に暗かったのか、星が輝く夜空の方が明るく感じられた。
粒子は月明かりできらめいている。
そんな美しい光景の中、巨人の辛そうな遠吠えが鳴き響いた。
振り返れば、巨人の体から黒い靄のようなモノが漏れていることに気付かされた。
『しょうのない …… ウチの番やね』
どこからか花菜子の声がしたかと思って探せば、いつの間にか巨人の頭の上に花菜子が立っていた。
『まぁた眠らせてあげるんやから、辛うても暴れんでな?』
花菜子は優しく頭を撫でてからそう言って、数枚のお札を頭の上に貼っていた。
『黒い結界のお陰で助こうたなぁ?』
『…… 何が?』
花菜子が放った言葉は風見さん宛てだったらしい。
少し厳しめに風見さんが花菜子に訊ね返していた。
花菜子は笑っている。
『黒い結界に触れた超能力者以外は今頃、全員深い眠りの中や。
もし今のを見られとったらヤバイんやろ?』
『…… 紫が何か言ったの?』
『いんや。こう見えてウチも情報屋のハシクレや。何も知らんと思われたら困るで』
花菜子はそう答えてから香穂里を見た。
『せやけど、運命っちゅーモンはどないして皮肉なモンか ……』
『花菜子』
遠目に居た咲九の一言に、花菜子は言葉を止めた。
そして溜め息をつく。
『へいへい。女王様の意向に従いますよっと』
『誰が女王様よ。早くその子を封印して頂戴。夜明けまで時間が無いの』
咲九の最後の一言で真面目になったらしく、花菜子は肩を竦めて見せてから巨人の頭に両手を着けた。
すると、巨人の体が輝き始める。
黒い鎖は跡型も無く崩れ去り、巨人の表面の黒い皮が剥がれ落ちている。
その剥がれたところからは、痛々しそうな紫色の筋肉が現れている。
『二度目の封印だから、辛くても耐えてくれているのよ』
咲九の説明に私は疑問を返す。
『この巨人は?』
『この土地に封印されて崇められている、元は悪魔だった人神。魔神と呼んで差別する神も居るけど、人間に崇められて魔力が増せば、全ての生き物は人神になると私は思っているわ。魔神も人神も、そのどちらも性質は同じだから』
咲九の説明で私達は納得する。
つまり、巨人は封印されたものの、良心を得て土地の守護者となっていた存在。
その巨人の体が輝きを増してゆき、私が眩しさから目を逸らした間に光は止んでいた。
そして同時に巨人の姿は跡形も無くなっている。
何故か既に花菜子の姿も無い。
「花菜子?!」
「あの子は、貴方たちと関わることが嫌で先に帰っただけだから問題無いわ」
咲九は建物を返り見て答えつつも、巨人が縛り付けられていた影響で空いた、直径2メートルくらいの穴を間近に眺めていた。
いつの間に移動したのかは、解らない。
「後片付けはそうね …… 千尋に頼もうかな?」
「…… え?」
嫌な予感がした私は固まっていたが、咲九は振り返って私を見つめている。
「大丈夫よ。この地には妖精が多いから妖精に頼めば良いの。多分、この近くにいっぱい居るはずよ?」
妖精はその名の通り、妖精。
普段は全く姿を見せないまでも、意識を集中することで妖精のオーラを見ることは出来る。
基本的に人間の近くに存在する妖精は人間慣れしているので、遊び半分の意地悪をすることはあっても、根は純粋で単純なので理解を示してくれる。
咲九にそう言われてしまったら、仕方ない。
私は意識を目に集結させた。
すると、確かに物陰や木陰に、様々な色を放って動き回る蛍のような点があった。
私は更に意識を口にも集中して言う。
『この土地に封印されていた神はまた封じた …… この土地を直すのを手伝って欲しい …… 』
何度も何度も集中して繰り返した。
すると、隠れていた妖精は光を点滅させてこちらに向かって来てくれていた。
妖精の間でも噂は広がるのか、瞬く間に妖精による光りの絨毯が出来上がっている。
「凄い ……!」
驚いたらしく、最初に声を上げたのは紗穂里だった。
どうやら全員にこの光景は見えているらしく、香穂里は妖精を不思議そうに突いているし、風見さんは嬉しそうに舞っている。
「(私は集中しないと見えないのに ……)」
ふと、そんなことを思ってしまっていた。
すると、咲九は解っていたかのように私を見て失笑をしていた。
『育って来た環境が違うのだから当然よ。
その分、彼女達は千尋よりも苦労を強いられている』
「(私よりも……?)」
私だって相当な修業を積んで今に至っている。
山に篭ったり、滝に打たれたり、毎日瞑想をしたりしている。
それでもまだ私には修業が足りないというのか。
『修業の比では無いわね』
咲九はそう答えながらも風見さんに近寄っていた。
風見さんが気付いて咲九を待っている。
『 "地獄" を強いられる生活を送るから彼女達は強い。ただ、それだけよ』
前に咲九は言っていた ―― 自分は "真の地獄" を知っている、と。
個々によって地獄の定義には大差がある。
友達が居ないことを地獄だと思う人間も居れば、金も家も無く日々の食事にも有りつけない生活を地獄だと思う人間も居る。
ただ、その地獄はどれも "真の地獄" では無く、その個々の中での地獄。
"真の地獄" はそういう比では無い、と咲九は過去に言っていた。
しかしながら、その "真の地獄" よりも更に恐ろしい地獄があるらしい。
「何だと思う?」
前の学校の休憩時間にこんな会話をしていた時に、逆に咲九から質問を投げられた。
花菜子は少し悩んだ末に笑いながら答える。
「そんなん、決まっとるやない。両親に捨てられることや!」
「今時、両親に捨てられた子供何て多いわよ。それに両親が暴力を揮うような人間だったら、むしろ捨てられた方が良かったって思うわね」
「えーっ。暴力とか特殊とちゃうん? そう居んへんやろ ……」
「精神的な地獄 …… とか?」
ふと思い付いた言葉を発してみた。
咲九は素直に喜んでいる。
「うん、ちっひーの当たりー」
その一言で花菜子がバタンッと席を立っていた。
両手を机に当てて叫ぶ。
「何やウチのも間違うてのうないっ?!」
「具体的過ぎたのよ」
呆れた様子で咲九は答えていた。
「精神という存在は厄介でね。いくら肉体を傷付けられてもその比ではないの。
一度でも傷付いた精神は治せない。その傷を癒そうとして愚痴を漏らしても、穴を埋めようとして誰かに依存しても、一度でも一ヶ所でも傷付いてしまった精神は誰にも治すことが出来ないの。
だから、両親に捨てられた子供が精神に大きな穴を空けてしまったとしても、新しい両親がやって来たとしてもその穴は埋められない」
「…… それが地獄とどういう繋がりがあるの?」
「ボロボロになった精神は、それ以上に肉体や精神を傷付けても痛みを伴わなくなるの。つまり、痛いと感じる精神が麻痺してしまうのね。
その状態で生き続ける人間は大胆な行動が出来るようになる代わりに、穴の空いた箇所から精神を通り抜けて、直接心臓を攻撃するようになるの。でも、痛みは感じないから心臓を蝕んでいるとは気付かない。気付いた時には心臓もボロボロになっていた、何てことがありえる。
ボロボロになった心臓はね、不思議なことに精神を自ら破壊していってしまうのよ」
「えっ?!」
「恐らく精神が本来の役目を担わなくなるから何でしょうけど、破壊された精神はもちろん修復出来ない。しかも、感情を失うから人生が楽しみではなくなってしまうの。
そこまで逝っても生き続けられる生物は稀で、大半は死を選択する。
でも、その死を選択出来ない者も居る。
それが本当の、"真の地獄" だと思っているわ」
―― 死の選択が出来ない "真の地獄" を強いられた生活。
私には想像も出来ないことだった。
そんな生活を、他の3人は強いられているらしい。
ということは、私の修業はまだまだ甘いのだろうか?




