029 ⛩ 修学旅行・3日目⑦
保険医の車の中で簡単な質問に答え、持って来ている薬が有るかと問われた私は、小林さん達を見つけたあの場で咲九に渡された薬のようなモノを思い出し、飲ませてもらった。
それがすぐに効いたのか、力が抜けきっていた体の関節や筋肉に力が戻って来ることを実感している。
そして余裕が出てきたのか、隣に座らせられている風見さんを眺めていた。
細身の体なのに、どこか筋肉質そうな足。
オーラなどを一切感じられないことが逆に不気味に感じられた。
保険医曰く、中学の初めは高頻度で倒れていたらしい。
その頃のデータから、30分くらいで目覚めるようなことを言っていた。
「風見さんが目覚めたら教えてもらっても良い?」
保険医はそう言って一番後ろの席に移動してしまったので、私はそのまま風見さんを眺めていることにした。
しばらくして、保険医が言った通りに風見さんが目を開けた。
今まで起きていたのではないか、と思えるくらいにパッチリと動物のように開いたので驚いていれば、風見さんは私を見てから、キョロキョロと周囲を見回し始める。
様子を見つつ、保険医を呼んだ。
保険医は急ぐこともなく、風見さんの肩に手を当ててから風見さんの前にしゃがんだ。
「大丈夫?」
風見さんは一瞬だけ目を丸くしたが、次第に理性を戻したのか、はっきりと答える。
「はい」
「自分の名前は解る?」
簡単な質問の内容は、私とほぼ同じだった。
名前と生年月日と今日が何曜日か(私は忘れていたのでこれが一番悩んだのだが)を答えるモノ。
それを終えてから、保険医は頷いて風見さんに言う。
「もう大丈夫そうね。無茶したらダメよー。特に風見さんは心臓のことがあるのだから」
「…… そうですね。最近は気を付けていましたが ……」
「そのようね。保健室に来た記録が無いから解るわ。皆の居る部屋には戻れそう?」
「はい。それは大丈夫です」
「解ったわ」
保険医はそう答えて運転手に何かを伝えていた。
そして私と風見さんの肩を軽く叩いてから、先程のように後ろの席に向かって行ってしまう。
が、その時の保険医の行動を通じて、風見さんから嫌な黒いオーラを感じた私は独りで身震いしてしまっていた。
―― このオーラ、あの時の黒い仮面の集団のオーラと同じ ……?
「宮本さんは、大丈夫?」
不意に風見さんから声をかけられて、私は思わず驚いてしまっていた。
風見さんは首を傾げている。
「どうかしたの?」
「ううん、何でも無い …… あ、私はもう、大丈夫よ! この通り!」
空元気ではあったが両腕を上げてモリモリとやってみせれば、風見さんはその行動が面白かったのか、フフフと嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見てしまえば、流石の私も風見さんへの疑念を排除するしかない。
そもそも、やっと感じ始めた風見さん自身のオーラは嫌いじゃなかった。
黒い仮面のオーラは、まるで憑依しているように風見さんの背中に、肩にと、ただ漂っている様子。
「むしろ、風見さんこそ大丈夫? 何か、永瀬さんに支えてもらっていたみたいだし」
あの時は息切れしていて肉体的には限界を越えていたものの、走る直前まで色々と注視していた所為か視力だけは好調だったので、永瀬さんが美川先生に風見さんの体を預ける瞬間は見ていた。
故にそう訊ねたのだったが、風見さんは頭を傾げている。
「それは本当? 永瀬さんに迷惑をかけてしまったのね …… 後で謝らなくてはいけないわね」
「…… 覚えていないの?」
私は気になって訊ねた。風見さんは頷く。
「いつもそう。倒れると、その直前の5分間くらいの記憶が飛ぶの。忘れるくらいだから大したことではないのよ、きっと」
「そういうものなの?」
逆に呆れた私は思ったことを伝える。
「普通は知りたいと思わない? だってさ、それじゃぁまるで自分の行動に責任が無いみたい。
…… 例えばさ、その5分間に他人に酷いことを言っちゃっても自分は覚えていません!ってことになるじゃん? 他人は傷付いているのに自分は知らない、みたいな。しかも、このことを指摘されても、覚えていないと心から謝れないじゃん?」
私の発言に風見さんは素直に悩んでいた。
少し言い過ぎた!と思った私は続ける。
「あぁっ!? いやね、例えば~だから、その間に誰かと話していた訳じゃないなら問題は無いけど、そういう記憶も無いんでしょ?と思って …… ほら、実際、永瀬さんには迷惑、かけたでしょ?」
「確かにそうよね」
驚くくらいに冷静だった風見さんの返答に、逆に私が驚かされてしまっていた。
風見さんが私を真っ直ぐに見て答える。
「宮本さんの言っていることは、間違っていないわ。一度もそう思ったことが無かったけど。
…… やっぱり、その間に何があったのか知るべきよね」
純粋過ぎる言葉に私が震撼させられていた。
だけど、それ以上に良い言葉が思い付かない。
結局、風見さんも黙ってしまったので、それ以降の話しは続かずに終わってしまった。




