027 ☴ 修学旅行・3日目⑤
何があったのか、私にはさっぱり解らなかった。
集合時間になってもバスは出発しなかった。
それどころか、引率の先生からは何の説明もないまま生徒は全員バスに放り込まれて放置され、バスの外では何故か何十人もの警官が居て先生方と会話をしている。
このバスにも数名以外は戻って来ていたが、宮本さんと如月さんと小林さんの3人の姿だけが見られなかった。
前方の円が携帯を切った後で班のメンバーに言う。
「どうやら猪塚さんと小池さんの居る2組の4人の班も戻って来て居ないようですわ」
バスの外では、美川先生と一緒に何故か岸間さんと本谷さんの姿があった。
3人は共に橋本先生に怒られている様子(美川先生は何か反論しているようだったが)。
『……何があったの?』
私は気になって円に訊ねた。
一瞬、円は驚いたらしく私をチラ見したが、すぐに元の方向に顔を戻して答えてくれた。
『不安にさせまいと言いませんでしたが。
どうやら "愚者の塔" に小林さんと2組の子が行ってしまったようですわ』
一緒に聞こえていたのか、超能力者の一部のクラスメイトがざわついた。
が、すぐに円は続ける。
『美川先生から連絡を受けた宮本さんが如月さんに連絡をして、そのまま2人で救出に向かわれてしまったのですわ。私達と岸間さんの班員は、念の為にこの集合場所に先に戻って来ましたの』
『水神と音神だから大丈夫だろ』
そう答えたのは瞳だった。瞳は不貞腐れた様子で続ける。
『問題は小林と2組のメンツだろ。そもそも超能力者じゃないし』
『そうですわね。何事も無ければ良いのですが』
「あっ」
話しを聞いていたのか、クラスメイトの1人が声を上げていた。
外を見れば、噂をしていた宮本さんと如月さんの姿がある。あと、数名の警官も一緒だった。
その警官には橙色のバッヂが付いていることから、警官の中でも一握りと言われている超能力班だと悟る。
と、宮本さんがバランスを崩して膝を地面に着けていた。
それに気付いた如月さんが腰を軽く曲げて宮本さんを気遣っている。
「戻って来ましたわね」
円の一言で瞳はフンッと鼻で返事をしていたが、外を仕切っていた橋本先生が超能力班の警官から事情を聞こうと慌てた様子で近付いて行く。
その脇を、美川先生が駆け抜けて宮本さんに抱きついていた。
「美川先生 ……」
呆れた円の言葉に対して他のクラスメイトから同情と失笑が湧いたものの、私はただ、宮本さんと違って如月さんが平然と橋本先生の会話に参加していることの方が驚愕で黙っているしかなかった。
普通の超能力者であっても大半が移動には能力を使用することは滅多に出来ない為、宮本さんのように足が崩れたり(ついていけなかったり)、転んだりすることが多いと聞く。
しかも、能力の影響でスピードが上がると言っても、一般の道を走る車と同じくらいが良いところ。
しかし、到着した時の反動を見た限り、2人のスピードはそれを上回っているように感じた。
通常、そのレベルに達するには里の中でもかなり厳しい修業を積まなければならない。また修業をしたとしても、常に使い続けなければ宮本さんのようになってしまうはずだった。
ところが、如月さんは平然と今も話しに参加しているし、ましてや宮本さんや超能力班の警官のように全く息切れをしていないように思える。
ということは、如月さんは常に能力を使っている、ということになる。
しかも、かなりの熟練者。あそこまで至る為には、相当追い詰められた環境で生活を続けない限りは一生辿り着けないと思われた。
ふと、私はある場所を思い出していた。
そう言えば、宮本神社の敷地の中には妖怪が集まる森、通称 "悪森" が存在した気がする。その "悪森" は日本各地に点在しているが、その最大級の "悪森" は確か美島市にあると聞いたことがある。
その話しをどこで耳にしたのか ―― そうよ、宮本神社のお祭りの時に耳にしたわ ―― 近くでお祭りがあると知って、兄上から聞いたワタ状態の飴や、黒くない可愛らしい仮面や、赤い魚や緑色の亀が売られていることを知って、どうしても行きたくて ―― 兄上には止められたものの、好奇心から行って ―― そして大きな青色の鳥居を眺めながら、古ぼけた家に帰って ―― 。
―― 私はそこに住んでいた?
執事のムラオカを騙して、
公衆トイレに入ったと見せかけて窓から飛び出して、
悪森の中に身を隠して、
待ち合わせをしていた子に案内してもらって、
私の大切なモノを祭事に渡して、
独りでどこかに行って。
―― そこで私は、大切にしていた3つを手放した。
「うっ」
蘇った記憶で、私は頭痛と吐き気に見舞われてしまっていた。
隣の席の、欠席していない方の佐藤さんが私を心配そうに見つつ、オロオロとしている。
だけど、私は忘れない内にこの事実を誰かに伝えようとした。
佐藤さんは信用出来る。
でも、若干の不安は残る。
だから私は佐藤さんの救いの手を止めて、自ら席を立ち上がった。
円が私を振り返り、目を丸くしている。
「どうしたの?!」
「大丈夫 …… ちょっと、長くバスに居たから、気分を悪くしただけ」
心配して私を見ているクラスメイト全員の注目を浴びながらも、私は佐藤さんに退いてもらって、バスの外へ出ようとした。
が、その途中で倒れそうになってしまう。
それを支えてくれたのは、偶然にもその近くに座っていた永瀬さんだった。
既に立ち上がって私を支えてくれている。
「階段を降りるまで手伝ってやるよ。何なら先生に俺から言おうか?」
―― 永瀬さんなら信用できる。
何故そう感じたのかは、解らなかった。
いや、実際にはその時は何となく解っていた。
円から一番遠く、私との接点もあまり無いものの。
如月さんという巨大で頼りになる存在が、永瀬さんを支えている。
だから、円からは見えないその階段の途中で。
永瀬さんにこっそりと伝える。
「お願いが、あるの」
「ん?」
驚いた永瀬さんが私を見た。
純粋そうな目を見て、安堵した私は続ける。
「私の弟に、"宮本神社の悪森" に行くよう、伝えて欲しいの」
「…… は?」
しかしその永瀬さんの疑問に答える間も無く、私は意識を手放していた。




