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250 ⛩ 四大神と邪乃丸 *

 その場に長い沈黙が降りた。



 私はずっと、思い出してきた出来事を1つ1つ、些細なことまでしっかりと思い返してヒントを得ようと、ただひたすら脳内に過去を流し続けていた。


 しかし、すぐに答えは得られそうにも無い。


 邪乃丸が敵だと言われても、否定は出来なかった。

 でも、肯定もしたくは無かった。


 それがどうしてなのかは、まだ、解らない。



 しばらくして、邪乃丸の言葉を思い出す。


『邪乃丸、契約、した。邪神、良い奴。核、はんぶんこ、した』



 私は顔を上げる。


『そうか……邪乃丸と邪神は互いの核を半分ずつにしたんだ!

 だから、その願いの影響を受けたあれ自身も攻撃が出来ないのか!!』


 その発言を受けて遠音が目を丸くさせていた。

 が、香穂里が顔を顰めて異を唱える。


『でも、それだと相手が邪神であったとしても同じことが言えるんじゃ……』


『良い線ですね』


『確かに良い線…………って誰?!』


 遠音は頷いていたものの疑問を感じたらしく、平然と私達の後ろ側を見つめた気がした。

 なので私達もほぼ同時に振り返る。


 すると、そこには黒い翼を生やした短パン少年が立っていた。

 過去に何度か会ったことがある私はすぐに気付き、答える。


『蓮……君?』

『お久しぶりですね、水神様。そして、皆様も』


 そう答えるということは、全員が過去にこの咲九の弟の蓮と知り合っている、ということ。

 遠音はただ溜め息をついていた。


『お前が何でここに居るんだよ? 森はどうした?』

『決まっとるやろ?』


 聞き慣れた声がして全員で中央部を振り返る。


 そこには、遠音が手出しすら出来なかった黒い塊から何かを掴み盗っている花菜子の背中があった。

 そんな私服の花菜子が私達を振り返る。


『アンタらが手出し出来るよぅに助太刀することが、ウチらに出来る精一杯の償いだからやで』


 花菜子がその手の中のモノを強く握ったかと思えば、ダンスホールのようだと思っていた空間が歪み始めていた。


 次第に、恐らくはそれが大元の形だっただろう。

 廃ビルの錆びた鉄骨とコンクリートに統一されてゆく。


 外の景色は丸見えで、地平線まで穴ぼこだらけの街が一望出来たことで、幻術から戻って来られたのだと実感する。

 風が頬にあたり、緊張していた気持ちが解れた。


「ウチはな、過去にアンタらに封じられた女神の魂を元に転生したん」


 花菜子の言葉に私達は素直に驚いた。


「細かい説明はせんよ、面倒やから。

 せやけど、最終的に女神の核はウチに戻ってきよった。女神にも成れん、寿命の短いウチの元に、や。それほどまで女神は切羽詰まってたんやろな。

 せやから過去の件を含め、代理の女神としてアンタらを助太刀することにしたんや」


「改心したかのように言っていますが、貴方の場合はそれだけじゃないでしょう?」


 蓮は溜め息をつきながらも答える。


「僕は単純明快。死神を担っていた姉さんに憧れたから、死神として立派に働こうと思ったまでですね。まぁ、要するに姉さんの代わりに死神の想いを受け継いだ、という訳です」


「各々の想いはバラバラですが、結局、私達は先輩方を "本物の相手" の元に導くことしか出来ません」


 内側の柱の陰から1人の少女が現れた。

 その少女が明るい場所までやって来て、その特徴的なピンク色の髪を小さく揺らす。


「キミは確か、紫の妹君の……」

「黄です。本名は、五十嵐 龍子――リュウ様の、血の繋がらない妹です」


 紗穂里の言葉に答えた龍子は、不意にそのピンクのカツラを外した。


 途端に、黒い髪と2本の黒い角が現れる。

 それを見た香穂里が驚いた声を上げる。


「鬼神っ?!」


『そんなに驚くことではないでしょう?』


 違う声がして振り返れば、少し距離が空いていた4方向目に灰色の翼を生やした青年が下方から舞い上がって来た。

 オーラだけで言えばリュウ様に似たその青年は、金色の目で私達を真っ直ぐに見る。


『我々四大神は、属性神の裏で密かに活動していました。

 ある時は互いに殺し合い、ある時は共闘し、ある時は白雲運河の名を借りて。

 本来であれば、先に真実に辿り着いていた我々で封印を施す予定でした』


 その発言から、青年は新しい邪神なのだろうと理解した。

 邪神が鬼神を見、鬼神が仕方なさそうに答える。


「私が本来持つ神器は、邪乃丸が暴走し始める前に貸したまま、未だに行方知れず。その他にも理由は多々ありますが、それが最大の理由で四大神では封印を施すことが出来ませんでした」

「せやな。でも、ウチが代理の所為もある。神器と契約できひんウチじゃぁ役不足やし。何も龍子の所為だけやないで」

「だから、僕達は神器と一部の能力を代償に、真実さえ知ることが出来れば属性神でも封印を施せるように願ったんです」


 蓮の一言で私達の周囲に巨大な魔法陣が出来あがっていた。

 いつの間に、と思う暇もなく蓮が解説を続ける。


「まぁ、殆どの事象は姉さんが単独で動いていた結果に過ぎませんが」

「ウチはもう、こんな世界には飽き飽き。はよ魂に戻らせて」

「それもこれでお終いですよ、ご主人様」


 答えた龍子は座り、足元の魔法陣に両手を入れる。

 そして、中から斧のような形の神器を取り出していた。


「邪乃丸、お遊びは終わりです。これは返してもらいますね」


『半分は既に貴方に返っているので、私の分を返して頂きます』


 同じように行ったのか、青年の両手の中には既に灰色の塊が納まっていた。

 それは、邪神が半分コした核だと理解する。


『それでも邪乃丸、貴方は何も出来ないでしょう。自身の核を分解し、あろうことか "神の掟" 以上に粉砕した核が元に戻ることはありません。

 尤も、様々な神の核を蓄えた本当の貴方なら、もしかしたら既に理解していることかもしれませんが』


 魔法陣の光は次第に大きくなり、いつしか私達の周囲を強い光が包み込んでいた。




 あまりに眩しくて目を閉じ、しばらくしてそっと開く。




 すると、景色は一転して白と黒の世界に変化していた。

 先程までの四大神の姿も無い。


 代わりに、私達の遥か前方に1人の人間っぽい存在が立っていた。

 しかし、その人間には既に肉体が無く、白と黒のボールのような粒子で構成されていて、宙に浮いているように見える。


 その粒子自体は、床の白と空の黒から少しずつ貰っているようで、常に流れ続けていた。


 まるで動き続ける人型の砂時計。

 始まりも、終わりも無い砂のよう。


「これが、邪乃丸……?」


 私の呟きに遠音が頭を横に振った。


「いや……元は邪乃丸だったモノ、と考えるべきだろうな」

「核を粉砕し過ぎて戻れなくなったのね」


 紗穂里の一言に純が答える。

 つまり、この粒子が今の邪乃丸なのだろう。


 遠音がボソリと呟く。


「輪廻していたのは、自身の核がまだ足りないと思い込んで、何度も同じモノを回収する為だったのか」


『あァ、まダ、足りナイ』


 邪乃丸だったモノが唐突に答えた。

 私達は同時に身構えたものの、邪乃丸の攻撃の気配は無い。


『余の力ハ、こンなモノでハ、ナイ。余ハ、世界ノ神ニナル』


「あぁ、そうだな。だが、お前は何も解っちゃいない」


 ――口調が違う?


 そんな私の思いと裏腹に、即答した遠音は神器を構える。


「世界の神ってのはな、自分の思い通りに世界を作り変えたらダメなんだよ!」


 遠音の一言に驚いたのは、恐らくは全員だったと思う。


「お前は何度も輪廻して、過去から同じモンを何度も回収できたかもしれねぇけどな? 結局、1つの完全な核には戻せなかった。また核として完成させることもできなかった。しかも、それらを回収した相手はいつも同じとは限らなかった。むしろ何人もの人間が輪廻の中で死んで行った。その人間は幸せには成れなかったはずだ。違うか?」


『違う!』


 答えた邪乃丸の一言は、先程までのドロドロした声では無かった。


 ――恐らくは、また別の邪乃丸が答えたのだろう。


『それらは我の一部に成った。神の一部に成ることは、寿命の短い人間にとっては夢が叶えられるのだから幸福だ』

「……本気で言っているのか? それは、本人が本人自身で叶えなければ幸福とは呼べないし、本人ではないから幸福と思わないデショ」


『僕が幸福だと思えば十分だよ!』


 紗穂里の言葉に答えた邪乃丸は、またも口調を変えていた。


『だって、その幸せは僕が与えたモノだから! 神が何でも幸せを与えてくれると思い込んでいる人間は、すっごく厄介だよね。何で幸せでなければならないの? 生きていること自体、幸せだって、何で解らないの?』

「貴方が吸収して神の一部に成ったという人間は、例え貴方の中で生きていたとしても、残された家族が会話を出来るような状態ではないわ。つまり、それは家族や知り合いからしてみれば死んだも同然。そしてきっと、本人も後悔していると思うわ」


『それガ、どうシタ?』


 純の言葉で最初の口調に戻る。


『余ハ、既ニ世界ノ神ダ。

 足リナい核ハ、ソナタらノ核ダケ!』


 瞬間、強風が吹き荒れた。


 嫌な予感がしていた私は結界を周囲に張り巡らせていたものの、その結界をもすり抜けて、邪乃丸の粒子が入り込んで来る気配を感じる。

 粒子が近付くに連れて恐怖に感じたのか、手足が震え、竦んで何も出来なくなる。


 その間に、粒子は私達の体内をも通り抜け、私達の完全な核だけを綺麗に奪い去ってゆく。


「理解しなかったのか。残念だな」


 そう呟いたのは、香穂里だった。


 私達の核が、私達を大回りして邪乃丸の粒子の塊に飲み込まれた。


 ——しかし、その瞬間。


『あ、あ、あ、……何だ、コレハっ?!』


 粒子の白と黒が混ざり合い、やがて1つの灰色に変化してゆく。

 それが粒子全てに広がったかと思えば、今度は天地に広がっていた白や黒までもが灰色に染まっていった。


「核をどんなに集めても、アンタが世界の神に成ることは出来ない」


 無表情のまま答えた香穂里が数歩だけ前に出た。


「過去に、アンタと同じように考えて、アンタと似たような方法で世界の頂点に立とうとした奴が居た。神様の1柱だったのに、本物ではないと嘆いて。

 でも結局、全ての核を集めても、全ての人間や妖怪を食べても、その存在に成ることは出来なかった。人間の心臓に根付いた核は、邪乃丸が知る天界の神様の核とは別物だし、個々の心臓が異なるように核もまた根付く相手によって別物と判断されているのだから」


「まぁ、それだけ世界は単純じゃないってことだな」


 答えた遠音が神器を槍の形に変えて立ち向かってゆく。

 道中で変身した瞬間、邪乃丸は遠音との間に巨大な盾を形成していた。


 遠音はそれを神器であっさりと突き砕く。

 次に神器をハンマーの形に変化させ、奥の粒子に対して思い切り振り下ろした。


 それにより、一部の粒子が床に押し潰された、ように思えた。


 ——神器って、どんな形にも変形できるのね。


 だが、遠音は舌打ちして飛び退き、相手からの攻撃間隔を保つように離れている。


『そうか……これが、世界の神の力なのか』


 遠音の目の前で、灰色の粒子が一気に束になり、ほぼ人間の姿に再形成されていた。

 とはいえ不十分なのか、粒子だけは人間の形でありながらも顔や指を確認出来るほどの姿でもない。


 しかし、純は恐怖からか数歩ほど後退していたし、その表情から粒子が純の兄の姿に見えているのだろうと感じ取った。


『お前達はもう、不要だ』


 瞬間、私達は暴風によって後方に吹き飛ばされていたらしい。

 背中を思い切り結界の壁に打ち付けたあたりで気付いたものの、打ち所が悪かったのか、少し眩暈がしている。


 ただし、恐らくは水神の力が私を守ってくれたのだろう。

 私はいつの間にか変身し、"免除の朱" で結界を張っていた。


「結界があって、あの威力なの!?」


 思わず声を発していた。


 眩暈が治まった頃には、無駄に空に向かって魔弾を放つ邪乃丸の姿を確認する。


『もう一度、世界を過去に戻す! それで私は世界の神に成る!!』


 邪乃丸は嬉しそうに空を仰ぎ、そしてニヤリと嗤い、過去に飛び立つ為の詠唱を始めていた。


 この光景は、水神が知っていた。

 でも、水神の記憶ではないことも解っていた。


 これは、魔物たちの記憶。

 それも邪乃丸によって魔物の世界へ引き込まれてしまった者たちの記憶。


 邪乃丸の元までは何度か、何人かが辿り着いていたのだろう。


 ――しかし、このままでは邪乃丸の力で世界が輪廻されてしまう。


 解っていた。

 でも、核と共に今の攻撃で魔力を奪われていた私達では、いくら神器で総攻撃したところで、今の邪乃丸の元まで届かないことは目に見えて理解していた。


「……千尋、最終兵器を、使って」


 純がボソリと呟き、私に "過去の呪" を放り投げて来た。

 それを受け取りつつ、迷っている間にも、香穂里と紗穂里がほぼ同時に私の元に "死者の守" と "森羅の書" を這って渡しに来る。


「でも、これらを使ったら……」


 神器を集約させて元の1つの神器に戻し、特殊な力で邪乃丸を封印して欲しい、ということだと察した。


 恐らくは他の3人も邪乃丸の行動を輪廻のどこかで記憶していたのだろう。

 ただし、その神器を使えば属性神の全員は神様ではなくなり、それでも払い切れない分の代償が後世に残ってしまう。


「ねぇ、千尋」


 真面目な表情で香穂里が私に言う。


「私らは、こうなることは解っていたし、既に覚悟を決めていたから大丈夫。例え神じゃなくなったって、属性神じゃなくなったって、私らは輪廻を共にした永遠の仲間だよ」

「今は永遠の終焉に、世界の終焉に向かわせないことが一番デショ」


 紗穂里が私に硬い笑顔を見せる。


「ボク達が神様では無くなったとして、それだけで世界が終焉に向かわないのであれば、それもまた未来のボク達のあるべき姿なのだと思う」

「千尋。お願い――兄上を、殺してあげて」


 遠くで最も打撃を受けたと見てとれる純の一言に、目前の2人が言葉を失くす。


「もう、楽にさせてあげて。これ以上、兄上のあんな姿を、利用されている姿を見たくないの」


 純の気持ちは痛いほど良く解る。


 ——だからこそ、私には迷いがあった。


「本当に、封印することで全てが終われるのかな……?」


『嗚呼――お前達も、私の一部に成ることが望みなのか!』


 急に邪乃丸が私達に言った。

 が、それに気付いた時には、既に目にも見えぬ速さで紗穂里が連れて行かれていた。


 香穂里が腕を伸ばし、紗穂里がその見えない何かから必死に逃れようとしている。

 しかし、間に合いそうにも無い。


 人型の腹部が異様なほど大きな口を開けた。

 そこに紗穂里が放り込まれたのは、瞬きをする前の一瞬の出来事だった。


 ゴリッ、ボキッという異様な音が静寂の中で鳴り響いている。


「……それを悩む時間は与えてくれないらしい」


 冷静に呟いたのは、目を瞑り、必死に両耳を押さえていた純ではなく、全てを悟ったかのように、悔しそうに固く目を閉じていた香穂里だった。


 ――それでも、私はまだ、迷っていた。


 私の様子から理解したのか、香穂里が覚悟を決めたように深い溜め息をつく。


「純!」


 名前を呼ばれて香穂里を見上げた純は、今にも泣きそうなほど目を赤くさせていた。


 ――そんな純を、私は知らない。


「あれは、そんなにお兄さんの姿に似ているの?」

「ええっ?! そ、それは……」

「あれはただの粒子の塊! どこにでもいる、ちょっと細身の青年の姿! 純のお兄さんが里の主だか死神様だか何だか解らないけど、そのオーラと見比べて今のアレはどう? 同一人物なの!?」


 あまりにはっきりしない純に苛立ったのか、香穂里はそんなことを言いながら純に答えを急かしていた。


 驚いたのか、怖かったのか。

 しかし、僅かな間で考え直したのか、純は頭を横に振っていた。


「でしょう?! なら、アレは別モノ! 純のお兄さんでも何でもない、紗穂里を食べた怪物なの!」


 純が驚きつつも、納得したような表情を見せていた。

 それを見た香穂里は安堵の表情を浮かべ、遠音を振り返る。


「アンタには、あの兵器的な神器を強制停止させる術があるんだったわよね?」

「あ、あぁ……」


 気迫押しされたのか、遠音が唖然とした表情のまま答えた。

 香穂里が嬉しそうに頷いてから立ち上がり、私を振り返る。


「千尋が悩む時間を――覚悟を決める為の時間を私らが稼ぐわ」


 その一言に、私は目を丸くしていた。


 神器も無しに、あの速さには勝てない。

 いや、世界の神に対抗する術があるのかすら怪しい。


 しかし、香穂里の目には既に死への迷いなど無かった。


 世界の神はまだ紗穂里を美味しくお食事中なのか、モグモグと腹部を動かしている。


「だから、答えを出して未来に繋げて」


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