246 ⛩(☴) vs.家族
懐かしい家族が、目の前に居た。
でも、私は抱き着きに行きたい気持ちを抑えた。
そして、家族が優しく私に手招きしている方向に、敢えて強固な結界を張っていた。
目頭が、熱い。
頭も、痛い。
「……どう、して……」
まるで引き寄せられるかのように、私の足は自然とその家族の方向へと行こうとしていた。
それを純が止めてくれる。
だから、私は留まれていた。
「わ、わから、ない……! 私は、何で……っ!」
「千尋、落ち着いて」
座り込んだ私に純がそっと抱いてくれた。
安堵する私の心に過去の記憶が蘇る。
『水神、好き』
邪乃丸が私にくれたのは水色に輝く宝石だった。
毎回、行く度にプレゼントしてくれたものの、いらなかった私はそれを水神の、何人も居た弟子に譲っていた。
天界が崩壊する際、他の神々の元には弟子が集っていたが、私の、水神の弟子だけは誰一人として集わなかった。
地界に堕ちて、様々なことが起きて。
輪廻の最中、何故か私は "誰も信用してはならない" と薄々感じていた。
純が巫女の私にオルゴールを渡して来た時と、香穂里が目の前に降りて来た時。
私は生まれて初めて "信用できる相手" だと感じた。
どうしてそう思ったのか、当時の私には解らなかった。
でも、今ならはっきりと解る。
水神の弟子は大半が妖怪出身だった。
そして家に元から居た弟子も妖怪出身だと言っていた。
身寄りがなく、家族も友人も居ない者は、世界的に見れば数少ないと言われている。
それらが一堂に私の元に集うことが、今思えば有り得ないこと。
それも、誰もが各地から長旅をして私の家までわざわざやってきている。
「……ねぇ」
私は弟子たちに声をかけた。
弟子たちが一斉に手招きを止める。
足は未だに向かおうとしていたし、事実を知る恐怖で震えても居る。
でも、こちらには純が居る。
立ち上がると、純は私のその気持ちごと支えてくれた。
「水神のあげた宝石は、どこにあるの?」
一斉に胸元を指した。
あぁ、やっぱり……。
「旅をしながら、その宝石で人々を癒しながら、同時に堕転させて回ったの?」
途端に弟子たちが臨戦態勢になった。
過去の記憶に残る、水神の弟子が各々に極めた構えの数々。
宝石の効果を知らなかったとはいえ、師匠にプレゼントされたモノを弟子が簡単に手放せるはずがない。
その結果、弟子は邪乃丸の宝石の力によって堕転した。
恐らくは、弟子たちによって国内での堕転した者が急増したのだろう。
集中的に水神が恨まれていたのも良く解る。
私は諦めて意を決めた。
途端に家族への気持ちが冷めたのか、冷静さを取り戻す。
過去の輪廻は私の記憶の他に、水神としての記憶が混じっていた。
それは元から混じっていたのか、途中で似たような出来事があって混ざったのか、その真意は定かではない。
でも、世界が何度も輪廻していた間の過去は良く覚えていたし、徐々にではあるものの思い出してもいる。
純が幾度もの葛藤の末に選んだ未来では、水神の私は魔法に関しては無知で、それ故に私の家族が堕転の原点になっていることさえ、理解することは一度も無かった。
このことが、過去の私にとっては "悪" だった。
だから、選ぶべき未来は、どちらを選んでも私の死が待っているのだとずっと思い込んでいた。
"純にとっての悪" の私は輪廻のことも、過去のことも全てを知った上で、コスプレをしながらも超能力者の "友達" を増やしていた。
純の葛藤を知らずに、勝手に友達を増やし、勝手に友達を使って、勝手に未来を乱して。
でも、それが唯一の正しい未来だと思っていた。
「火事だ、火事だ!!」
私の家で火事が起きた時、私は真っ先に拾った刀の魔力を思い出していた。
私の魔力だけでは難しくても、刀のあの魔力があれば大雨を降らせて消火出来ると思い描く。
あの時、私には水神の自覚があった。
でも、それ以上に輝かしい魔力を放つ死神と雷神を見た時、私は "水神" という名前に踊らされていただけで、役目を担っていなかったことを悟った。
その過去は、以降にも何度か経験する。
そして最終的に痺れを切らした雷神が私に言い放つ。
『お前は、またここで堕転して世界を崩壊に導くのか?』
私は黙った。
あの時の私にはもう、何が正しくて何が悪いのか解らなくなっていたから。
私の行いが正しいと、私の考えが、過去が、全て正しいと思い込んでいたから。
そんな私に雷神は続ける。
『そうやって現実から目を背けているのは、お前だけなんだぜ? どうしてそのことに気付かないんだ……!』
雷神の言葉も虚しく、私の足元にあった最後の地面が崩れ落ちる。
同時に、私の体も無限の暗い穴に吸い込まれていた。
現実から目を背けているつもりなんて、無かった。
ただ、私は未来に進みたかった。
その未来に進むために頑張っていたのに、その過去の全てが間違っていることを誰にも指摘されなくなかった。
『何が悪いのか、もう、解らないよ……』
『千尋!!』
その時、私の名を呼んだ者が、いた。
私が向けば、同じ速さで、でも少しだけ地上に近い方に居る少女が。
――必死に私に手を差し伸べてくれていた。
『私は、諦めないから!』
当時の記憶にその少女のことは何一つ、なかった。
でも、その少女が続ける。
『過去を変えて、千尋を救うために、何度でも手を伸ばすから!!』
――何で、そこまで。
内心では、不思議に感じていた。
でも、そこで終焉は訪れてしまう。
そして、オルゴールを返しに来てくれた純を見て。
ここまでの過去を、その時の私は思い出せなかったけども。
――何故か、純を見て、凄く感謝していた私が居た。
あの時に純と出会えたからこそ、同じくらいの少女が自らの間違いを認めて謝りに来たことで、私も素直に謝れるようになったのだと思う。
間違ったら、謝る。
そして二度と同じ間違いをしない。
例え独りであっても決して言い訳をしない。
自分にも、他人にも、嘘はつかない。
そのように思えたから、成長した "今回の私" が居る。
そして、今の私は思う。
――純も仲間も、そして家族も、誰1人も失いたくはない。
「純、合わせて」
覚悟を決めた私は純にそう言った。
純が頷いてくれたので自分の意志で地面の上にしっかりと立つ。
家族と対峙することになっても、それは "真の家族" ではない相手だからと思い込んだ。
最初に打って出て来たのは弟子たちだった。
私の結界を誰もが片手であっさりと緩和してしまったので、そのまま解除させてやった。
コンマ一秒ほどの時間は出来たとしても、それ以上に結界に費やす魔力の方が今は惜しかったから。
もっとも、近くに来た数人の弟子は、私の前方に登場した純の、華麗な弧を描いた右手と左足、その各部位に着けられた暗器で早くも怪我を負っている。
また、両脇から攻めて来た弟子に関しては泡の膜を張っていた為に、その泡が顔面に張り付いた影響で少し距離を置かれていた。
もっとも、泡に関しては結界を消した際に偶発し、残留した残り香でもある。
そういえば、過去にも似たようなことがあった気がする。
私の結界の泡は、かなり長いこと残留する。
そのことを知った何者かが、その理由を聞きに私を訪ねて来た。
だが、その時の私は輪廻を知っていたので相手にするつもりもなかったのだが、その者が家の前に居座り続けたことで、弟子たちが私の機嫌をお膳立てしたことがあった。
真冬だというのに、黒いワンピースに身を包んだだけのその者が、着込んで門の外に出て来た私に言う。
「教えてくれるまで帰らんよ」
「……あの泡は偶発。水の結界を解除した時に残るだけ」
「それは違う。よぉく思い出してみ」
その時までは、結界の泡に対して深く考えたこともなかった。
だが、相手の一言が私に突き刺さる。
「天界で作った結界に、泡が残ったこと、あった?」
「っ?!」
身構えたものの、相手はさらりと、そんな態度の私を黙認しただけで続ける。
でも、言われてみればその通り。
天界で水神が作った結界には泡など残らなかった。
「純水なら泡は立っても数秒で消える。でも、今の水神の泡は残る。これがどういうことか……まぁ、よぉく考えれば解ること。
もっとも、理由が解っていないなら、私がここに居る意味はないなぁ」
相手は全てを言い切った後、立ち上がってその場を去って行った。
あの時の私は、そのことを知ってから――ある事件をきっかけに、自身が既に堕転している事実に気付いた。
汚染された水の泡はなかなか消えない。
その泡は他者が触れて初めて消える。
その点から、魔物であること、だから水神に選ばれたことなどを思い出す。
――壊れても再生できる魔物は、要は使い捨ての駒。
堕転しているならと、自棄になって他者の堕転を促したこともあった。
しかし、そんな私は、どの過去であってもやはり、無知で無力だった。
何度も、何度も。
輪廻が終焉する度に自らの水神の神器に封じられ、母親と共に魔物の世界に連れ戻される。
新たな属性神・雷神と、死命を司る死神の前には、私なんてちっぽけな核でしかなかった。
「大丈夫」
不意に純が抱きついてきた。
「私は千尋を良く知っている。全部、覚えている。絶対に、忘れない。
過去の千尋も、今の千尋も、悩んでいるのが千尋という個性を持つ人間。
だから、私を信じて。私が信じる千尋を、一緒に信じてあげて」
純がそう言って離れ、"過去の呪" を繰り出した。
短剣に成形し、そのまま弟子たちに牽制する。
純は私を人間だと言ってくれた。
悩むのも個性だと言ってくれた。
――そっか、悩んでいいんだ。
そう思えたら、少しだけ気が晴れた。
だから私も "免除の朱" をそっと取り出す。




