024 ☉ 修学旅行・3日目② *
円に呼び出されて部屋の外に出れば、案の定というか。
瞳が腕を組んで私を待っていた。
如月の弱点を見つけてないことに苛立っているのだと思ったが、怒っている様子ではないことに疑問を感じていた。
「弱点の件は、解ったからもう良いわ」
「…… え?」
思わず訊ね返せば、瞳は私にとっては嫌な表情をして続ける。
「代わりに、その弱点を奪って来て欲しい」
目が点になる私に円が溜め息を付いてから発言する。
「どうやら "核" が弱点のようですわ。それを奪って欲しい、ということですわね」
"核" と言われて思い付くのは、如月が見せてくれた神器の核のこと。
確かに、契約した神器の魔力が無くなれば如月の体に大きなダメージを負わせることが出来るからだろう、と勝手に解釈して頷いた。
「でも、奪うことは容易ではないでしょう。そこで、音神の "音" を封じられる場所を見つけましたの」
頷いたことで承諾を得たと思ったのか、円はある地図を見せながら話し出す。
「今日のコース上に無音室がある研究施設があるようですの。無音室でなら、誰にもバレずに始末出来るでしょう?」
「ちょっと待って。始末って、」
「殺さなかったら手に入らないだろ?」
瞳はそう答えて私を睨んで来た。
確かに、如月の神器は如月の体内にある可能性は高い。
実際、あの後ですぐにアンクと契約した私は、そのアンクを体内に仕舞うことが可能となっていた。
それまではずっと持ち歩いていたので失くしそうだと冷や冷やしていたが、今ではその心配をすることもなく私の左手の甲の中に納まっている。
仕舞い方と取り出し方はアンクが教えてくれた、というのが正しいのだろうか。何となくで理解している。(紗穂里に言ったら、それは理解した内に入らないと言われそうだが。)
考えに耽っていた私に円が口を開く。
「まぁ、そういうことですわ」
とりあえず、何事もやってみるしかない、か。
あの記事が世間に出回ることだけは絶対に避けなくてはならないのだから。
全員で朝食をとり、準備をして確認をしてもらった班から順次、バスに乗り込んだ。
今日からは2人が抜けて、代わりに如月と(端数になった)小林が入る。
永瀬と如月は相も変わらず仲良く話しをしていたが、小林は元々私らとは仲良くする気が無いらしく、班を抜けて宮本らと話をしていることが多かった。
もっとも班ごとに行動をしなければならないルールではあったが、自由行動の時には班も崩れて組も関係なく(他の班は)動いていた。小林が抜ければ話しも合うので、こちらも勝手に動きやすくもなるとは思っていた。
自由行動の時間になってからしばらくして、同班の小林の姿が無いことに気付いたのは、円らと分かれてからだった。
恐らく円らに付いて行ったのだろうという結論を出しつつ、無音室の研究施設がある方面へと歩き出す。
が、やはり心を読まれていたのか、如月が口を開ける。
「お姉さんは大学の研究施設の中に入れると思っているの?」
その一言に、私は疑問符を浮かべながら如月を振り返った。
円からは何も聞かされていなかったとはいえ、大学は基本的にオープンではないのだろうか。それとも、セキュリティが厳しい所にでも向かっているのだろうか。
そんな疑問が覆い尽くす前に、私の隣に居た紗穂里が不思議そうに私を見て訊ねる。
「そもそも、どこに向かって歩いていたのデショ?」
「このすぐ近くにある大学に向かっていたのでしょうけど、大学の構内には入れても、研究施設の中までは入れないわ。事前に予約しておかないと入れないくらい、あの施設は警備が厳しいの。
そもそもキャンセル待ちが出ているくらい、見学も抽選になっているから難しいと思うのだけど?」
「え。そ、そんな、」
聞かなかった私も悪いが、じゃぁどうするのよ!とツッコミしそうになり、私は慌てて口を噤んだ。
しかし、如月には聴こえていたようで。
「お姉さんが嫌なら断れば良い話し。それとも、脅されているから行動に起こそうとしているのであれば、それは大間違いだわ」
「アンタに何が解るのよ?!」
勝手に心を読んだのだろうと思って私が食ってかかろうとしたものの、しかし、如月は決して間違ったことを言っている訳では無い。
そもそも、私の心が読める時点で私は既に如月に負けているのだから勝ち目も無いはずなのに。
「解るわよ? そうね …… 1つ、私から言うのであれば、どうして脅迫されたことを本谷さんにも相談しなかったのか、という疑問かしら」
「…… え?」
如月は私の予想だにして居なかった言葉を放っていた。
斜め上の言葉に驚いて、私は思わず口をポカンとさせてしまう。
それは話しを黙って聞いていた永瀬と紗穂里も同じだったようで、目を丸くした後で心配そうに私を見つめてきていた。
去年の一件を知っているこの2人だからこそ、脅迫という単語を使われたことで、誰に脅迫されたのか一瞬で理解したらしい。
「だって、そうでしょう? もしこのことを相談していれば、打開策を練ってくれたかもしれないじゃない」
確かにそうかもしれない。
でも、今まで(永瀬はともかく)紗穂里に円のことで相談をしたことは無かった気がする。
紗穂里がキレたら怖いことは知っていても、それはあくまで私が一方的な被害者の時だったから、今回の私は心配させまいと紗穂里にだけは相談しようと思ってもいなかった。
「聞いて良いか解らないけど、何て脅迫されたのデショ?」
紗穂里が心配そうな表情で私に訊ねて来た。永瀬まで頷いて紗穂里に同調している。
如月は解っているのか、黙って私の返答を待っていた。
「…… 如月の、"核" を奪えって」
「あぁ、やっぱりね」
如月はそう即答し、ふぅと小さく溜め息をついていた。
「 "核" って神様の心臓デショ? そんな簡単に奪えるモノじゃないデショ?!」
驚いた様子で紗穂里が答えたので、私は思わず首を傾げてしまった。
「あれ? 神器の "核" じゃないの?」
「確かに神器にも "核" はあるよ?! でも、円の言う "核" は神様の心臓の方だと思うデ
ショ!!」
「そ、そんな!!」
重大な勘違いに気付かされて私は唖然としてしまった。
が、既に引き受けてしまった身。今更、撤回は出来ない。
私は唖然としたまま、自分の愚かさに溜め息をついていた。
「…… 如月さん、」
不意に紗穂里が如月に向き直っていた。
何を言うのだろう、なんて疑問を感じる前に紗穂里が頭を下げる。
「ボクが持っている "誰にも話したことが無い情報" を売る代わりに、香穂里が脅迫された事実を消して下さい!」
―― え?
驚愕して、黙る。
そんなこと出来るはずがない。
「それだけの条件だと事実を消すことは出来ないけど、そうねぇ ……。その脅迫されている内容によっては、出来なくもないかしら」
そう答えた如月と共に、紗穂里は私を見つめて来る。
―― あの過去がバレてしまう!
恐怖で手が震えた。が、紗穂里がそっと私の手を握ってくれる。
それで我に返った私は、自分のオーラが少しだけ黒く染まっていたことを知る。あのまま恐怖に陥っていたら、魔力暴走を起こしていたかもしれない。
そう思って恐怖心を無理に抑え込んだ。
「…… その強い思いは解ったわ。でも、お姉さんの情報だけじゃ、足りない」
如月はそう答え、私を見る。
「お姉さんが恐怖に感じている脅迫の内容、そのものの情報も貰う」
「そ、そんな ……!」
紗穂里が驚いて、どうしよう、という表情で私を覗き込んだ。
私はただただ、顔を真っ青にさせていただけで言葉が出て来ない。
「ただし、その内容を今、この場で話してくれるのであれば、情報屋としても口外しないという約束をしてあげる。もし話せないのであれば、情報屋として話しをしてしまうかもしれない」
「お、おい、それは無理があるんじゃ ……」
永瀬の一言に大きく頷いた。が、如月はそう、と頷き、
「なら、情報屋として口外しても良いのね?」
何て悪魔の笑みで言い放つ。
思わず、オーラを弾状にして如月に放っていた。
が、やはりあっさりと結界に阻まれる。
永瀬と紗穂里を信用していない訳じゃない。記事の内容を言っても、2人はきっと黙っていてくれると思う。いや、逆に信じてくれないかもしれない。
しかし、如月に関しては未だに信用に足る相手かどうか、解ってはいなかった。そもそも、内容を如月に知られることも恐怖でしかない。
「…… そろそろ虐めるの、やめてやれよ」
不意に永瀬が如月に言った。
如月が目を細めて批難の目で永瀬を見つめる。
「えー。これからが良い所なのに ……」
「どうせお前のことだから、岸間が恐怖している内容を岸間自身に思い出させて、それを全て読み取るつもりだったんだろ?」
「ひっど!」
思わず毒づいた。
が、如月はその目を私に向け、大真面目な顔で口を開く。
「本来なら、こんな脅迫はしないのだけど」
「アンタ、酷いよ! こっちは大真面目で!!」
「香穂里、たんま!」
紗穂里の一言と強く手を握り返されたことで、私はハッと我に返っていた。
怒りで気付かなかったものの、冷静に戻ってみて、始めて場の空気が違うことに気付かされる。
周囲を見回して、私らが何者かに見られていることを今、知った。視線が凄く痛い。先程まで居たはずの他の観光客は一斉に姿を消していた。
「私の術式が完成する前に追手が完成させちゃったみたいで、ちょっと残念かなぁ」
如月はそう言いながらも長い長い溜め息をついていた。
「岸間さんがその脅迫された内容を独白してくれたら私の術式が完成して、一先ずは加害者が "脅迫した" という事実を忘れるように陣を描いていたの。
でも、そのことを岸間さんに尾行させていた追手が気付いた。だから追手が私達を殺す為の陣を描いた。そこまでは、理解?」
まるで答えを言うように如月は私らを振り返りつつ、如月の背後に飛んで来た魔力の塊、通称 "魔弾" を素手で握り潰す。
何を言っているのか、最初は理解に苦しんだ。
が、2~3度ほどその言葉を脳内で再生して、私はやっとのことで理解した。
つまりは、如月が私を脅迫したのは円らにかけた忘却の術を完成させる為。何も如月自身が知りたくて言った訳では無かったらしい。
ただ、その前に追手が迫って来ていた。
「ただし、この追手は加害者が頼んだ訳でも、まして仕組んだ訳でも無いわ」
「ど、どういうことデショ??」
「加害者もまた、被害者だとしたら?」
「待って。まさか円も瞳も、他人に知られなくない秘密で脅迫されているとでも言うの?!」
私がその言葉を話した瞬間、一瞬だけ視界が光に包まれていた。
それが、術式が完成した証拠だと気付いた時には既に術の後だったのか、如月がニヤリと私に笑っている顔が見えていた。
が、追手の突き刺さるような視線は消えていない。むしろ更に酷くなった気はする。
「ま、そのお陰で誰が私の命を狙っているのかは判明したから、助けてあげるつもりだけどね」
ウィンクをした如月が、今までに見たことも無い構えをしていた。
が、それも瞬きの間に視界から消える。
振り返れば、如月が張ってくれたらしい結界の外側で黒い仮面をした1人目を素手で地面に伏せさせていた。
そしてそのまま手足にオーラの枷を付けて、やって来た2人目と3人目と対峙している。
そう見えていたはずなのに、如月の攻撃は素早く、数回の打撃の後の、人一人分くらいの高さのジャンプだけで、無駄1つ無く2人を相討ちさせて地面に落としていた。
「すげぇ ……!」
永瀬の呟きに紗穂里が小刻みに頷いていた。
あっという間に痛い視線は消え、転がっていたはずの黒い仮面の追手も砂と化して居なくなっていた。
その砂を払ったらしい如月が振り返り、私らが怪我をしないようにかけていた強力な結界を解いてくれる。
「色々と説明が足りなくて、怒らせてしまったようで、ごめんなさい」
反省の色よりも安心させるためなのか、笑顔で如月が私に頭を下げていた。
とはいえ、もしその説明をされていたとしても、私が内容を言っていたとは思わない。まして、まさか "脅迫の中身" ではなく "誰にどんな脅迫されたのか" を言えば良かったなんて、あの時の興奮した状態では思えなかったと思う。
「とりあえず、今の加害者は脅迫したことを忘れている状態だから、程度の時間稼ぎは出来ると思う。それで、後は記事を消せば良いのよね?」
「でもそれだけだと、また同じ内容を書けば済むことになってしまうデショ」
紗穂里の一言に如月は目を丸くする。
「それもそうね。それなら記事を消してから、その記事を読んだことがある相手の記憶からも消せば良いのよ」
あっさりと如月は答え、そしてニッコリと不敵な笑みを私に向けて来た。
流石に紗穂里が目を丸くしている。
「そんなことも出来るの??」
「出来るわよ。
でもまぁ、そうね。対価としては、本谷さんの持つ情報だけだと不足するかもしれない。記事の内容を貰ったとしても、その場合は岸間さんの自宅に持っている神器をいくつか貰うことになるかも?」
「それで済むならお願いするわ!」
私の一言で如月は本当に優しい笑みを返してくれた気がする。
気の所為であったとしても、今の私が安堵するには十分過ぎるものだった。
26.2.23 一部文章修正(内容は同じ)、改行増やしました




