232 ⛩(☴☉▲) 電池切れ
椅子に座って動けなくなってしまった私を見兼ねてか、紗穂里が沢山の食材を持って、私の向かいにあるテーブルの上にそれらを広げてくれていた。
それらの中に温かそうなたこ焼き、焼きおにぎりがある。
少し驚きながらも、それらを一通り見てから紗穂里を見上げる。
「こんなに残っているなんて……」
「驚いたデショ? でも、それだけ非常事態だった、ということだと思う。ガスは完全に止まっていたようだが、水道は量が少ないものの、一応は使えた。電気も、線が切れていなければ使えるらしい。携帯は電波が無いことから、まぁ難しいみたいだが……」
「本谷さん、こっちは使えたわ」
カウンターに立っていた純の一言に頷き返した紗穂里が続ける。
「固定の電話回線なら使えるのではないかと思ったが、やはり使えたらしい」
「なるほど、検証してくれていたのね」
「まぁ、そういうことからも、急に人間が消えた、という結論に至った訳だが」
震災や天災があった時、生き残れた人は真っ先に食料や生活必需品を探し、不法侵入してでも生き残ろうとする。
しかし、この店には鍵もかけられていなかった挙句、これだけの食料が残っていた、ということは紗穂里の考えで間違ってはいないと思う。
「生き残りはどこかに一斉避難でもしているのかなぁ……?」
「神社とか?」
「いや、神社も壊滅的にやられたみたい」
そう答えたのは、私が座ろうとしていた奥のソファーを独占していた香穂里だった。
香穂里の手には何故かアンパッド(小型パソコン)が握られていた。海外で流行り始めたばかりのアンパッドは製造が間に合わないとかで、日ノ本国内ではまだ未発売のはずなのに。
起き上がった香穂里は、その画面をこちらに向けながら立ち上がり、こちらにやって来る。
「直前まで誰かが実況中継していたみたい。動画投稿サイトに沢山の動画があったよ。誰かが直前まで使用していたのか、サイトがそのまま開かれていて。固定の回線なら使えるって言っていたから、もしやと思って有線にしたら、案の定使えたの」
テーブルの傍まで来た香穂里が、そう答えながらもその動画を再生してくれた。
もっともそれ以上は有線の関係で伸ばせないらしい。
純も興味があったらしくフラフラと近付いていったので、私達もそちらへ行くことにする。
『この霧、マジヤバくね??』
『総理が神社や学校の敷地に避難しろって言ってたくらいだ、緊急だってことだろ?』
その映像には真っ白い霧の中にも、1人の男性が始終、映されていた。
こんな会話を撮影者と男性がしながら数分が過ぎる。
そこに黒い仮面がやってきた。
霧の中でも目立つ黒が、様々な悲鳴の中から姿を現す。
しかし、その次の瞬間には撮影者が狙われたらしい。
動画は揺れ、空を映す。
そこで1つ目の動画は終わっていた。
香穂里が次に見せてくれた動画は、霧が晴れてからのようだった。
しかし、その最初の映像は死体の山だったことから嫌な予感しかしない。
親らしき死体の傍で泣き喚く子供、恐怖からか蹲ったまま動かない人々、境内で死体を集める老人や神主らしき大人達などを映した後、その撮影者はただただ黙ったまま結界の外へと場所を移していた。
しばらくして、黒い仮面同士が殺し合いをしている場面に遭遇する。
撮影者は能力でも使ったのか上手いこと隠れていたらしく、その残酷な内容だけが綺麗に撮影されていた。
乱闘が終わって、しばらくして生き残ったその1人だけがどこかへと姿をくらます。
機器を回収したのか背景が動く。
そしてまた遭遇し、撮影し、移動する。
こんな繰り返しの映像が永遠に流れ続けたが、3回目あたりで飽きたのか、香穂里が違う動画を流し出す。
3つ目の動画は、恐らくは異なる場所ではあったと思う。その映像内の街は綺麗なまま残されていた。
ただ、境内にも街中にも民家の中にも、誰も居ない光景が永遠に流れ続けていた。
撮影者は相当な超能力者なのか、息切れも無しに凄い速さで街を駆け巡っている。
しばらくして、不運にも生き残りの黒い仮面と遭遇した。
それも相手は好戦的だったらしく、魔弾をこちらに放つ瞬間が映されていた。
が、撮影者は機器をポケットな何かにしまってしまったらしい。
乱闘する音だけが黒い画面に流れた。
やがて乱闘を終えたらしい撮影者が黒い仮面を映す。
黒い仮面は口元だけニヤリと笑ったが、以降は無くそのまま黒い砂と化していった。
『俺も、何れはこうなってしまうのかもしれない』
撮影者の声が入っていた。
瞬間、いつの間にか向かいのソファーに座っていた紗穂里が勢い良く立ち上がる。
そのほぼ真上に顔を乗り出して見つめていた純の顎に紗穂里の頭が当たっていたものの、御免と謝るよりも先に紗穂里が唇を震わせ、何か言おうとしていた。
『俺がこうなってしまっても、この記録は残る、と思う。だから、俺が生きている限り、携帯の充電がもつ限り、撮影は続けよう、と思う』
「間違いない! この声は……」
『 "充電の残りが5%を切りました" 』
言いかけた紗穂里とほぼ同時に、映像からはそんな機械音が聴こえて来た。
撮影者は焦ったのか声を震わせる。
『えっ?! ちょ、ちょっと待って!! まだ俺は生きて……』
『 "5%での撮影は内部データの破損の危険がありますので、アプリを強制終了します" 』
よって、そこで映像は終わっていた。
私や香穂里が紗穂里を心配そうに見つめる。
純も、顎を擦りながらも心配そうにその後頭部を見つめている。
が、紗穂里だけは、そんな真っ黒になってしまった画面を見続けていた。
そしてふと気付けば涙を流していた。
画面の上にその涙が落ちる。
「……あぁ、やっぱり。声で解ったけど」
香穂里は静かに答え、水に弱いアンパットを滴る涙から救出する。
紗穂里は未だにその体勢のまま動かなかったが、代わりに香穂里が答えてくれた。
「今の最後の動画は、総理官邸ホームページから飛べる、公式に録画された中の1つみたいで。これも動画のまとめサイトに入っていたのよ」
「え? でもあれは、記者会見とか議会の様子だけしか載せられないはずでは?」
「うん、そう。でも前に、繭の空けた穴から紗穂里を助けてくれた人が居てね。紗穂里曰く、その子が――」
「首相の息子」
紗穂里が答えた。
その瞬間、私の脳裏には1人の顔が思い浮かぶ。
前に何度か見かけたことがある。
気が弱くて、首相が会議中の時はいつも中庭で首相の戻りを待っていた。
血族であれば会議は誰でも傍聴出来るようになっていたのに、その子だけはいつも傍聴を断っていた。
そして中庭まで巡回にやってくる黒猫と戯れていた。
「……そう、彼だったのね」
純もどこかで出会っていたのかそう答え、そして私達は皆で黙り込んでしまった。




