229 ☈ 時空の鍵
蓮の後を追いつつも、その世界の光景にはショックを受けていた。
まず、人の気配がしない。
霧があった時はまだ、神社の結界で守られていたはずだった。
ところが、今はその神社の結界すら見かけることは一度も無かった。
神社の中には折り重なるように死体の山が出来ている。
次に、街に灯りが無かった。
生存者が居ない証明でもあった。
しかし、肝心の私らを追っていたはずの黒い仮面の連中さえも見かけることは無かった。
これに関しては休憩中に蓮が教えてくれる。
「あの船に全て回収されて、今のこの地界には僕達のような強力な能力者か、既に魔力も無い死体しか残っていませんよ」
「ん? 何で能力者は回収されていないんだ? 魔力供給なら能力者の方が良くね?」
「洗脳しにくいから、でしょうね」
蓮は答えてから、持って来ていた水筒の中身を一気飲みする。
私には水入りのペットボトルを渡してくれてはいたが、今はこのショックと漂う異臭の所為で頂けそうにもない。
「それに、あの仮面の生成量には限度がありますからね。恐らくは、その限度に達してしまったのでしょう。霧が晴れても仲間は増やされず、むしろ魔力暴走や仲間割れ等で同士打ちまでしていましたから」
「なるほど」
「ちなみに、お姉さんの森は無事ですよ」
蓮が答えてくれなくても、それだけは何となく解っていた。
でも、やはり聞くと安堵する。
「そうか。それは良かった」
「彼女と結界の主が頑張ってくれましたよ。まぁ、重傷者こそ出ましたが全員無事です。ただ、山神の居る森の被害が大き過ぎました。その山神が仲間と共にこちらに逃げ込んでいる影響で、多少ですが結界に歪みがあります。そこを突かれたら危険ですが……」
「その襲撃はまだ続いているのか?」
「それが驚くことに、唐突に止んでからは一度も。普通に移動出来ているのも、そもそも殺意どころか気配が全くないからですし」
その理由までは蓮も知らないのか、頭を横に振って黙ってしまった。
私も考えを巡らせる。
でも、答えは出そうにもなかった。
私らが襲撃を受けることもなく森へ着けば、真っ先にアコを含めた森の仲間が出迎えに来てくれた。
本当にこの森だけは無事だったようで安心する傍ら、目で見てきたはずの世界が実は悪い夢だったのではないかと現実逃避しそうになる。
しかし、そんなことも神社に着いてからは振り払われた。
リュウ様の父親の神主や迎えに来なかったメンバーが残っていたそこには、一面に重傷者が横たわっていた。中には両足を失っている者も居る。
「……あぁ、守護神様のお帰りじゃあ!」
縁側に座っていた片腕が無い者がそう言えば、全員が一斉に起き上がる努力を始めた。
だが、そんなことをしてもらう資格なんて、ここに居なかった私には無い。
まして、申し訳ないことにそこに居る全員の顔を知っていた訳でも無かった。
どうしよう、と思って蓮を見れば、蓮はその視線で理解したらしく溜め息をつく。
「皆さん、そのままで良いですよ。その痛々しい姿を見せつけたいのであれば、別ですが」
皆がどっと笑った。
中には笑った勢いで辛そうに咳込む者も居た。
「……この場で土下座したい気分だ」
思わず呟いた一言にアコが目を丸くして私を振り返る。
でも、そんな私らの前に見知らぬ少年が現れた。
「そんなことをしたら、咲九さんがきっと許さない」
私に対して言い切った少年は、私までの間に居た者に道を作らせていた。
オーラを見て、私もその少年の正体を知る。
「山神が死ぬ直前に、お前に核を譲ったのか?」
「そう思っておいてくれると、ありがたい」
新しい山神の少年は臆することもなく真っ直ぐに私の前まで来て、答えた。
少年ながらも既に人格者、慕われている者、という感じだろうか。
「雷神がここに来た理由は、これだろ?」
山神のその小さい手が私に何かを渡そうとしていた。
両手で受け取りつつ見てみれば、それが1本の鍵ということに気付かされる。
が、あまりにもその鍵が私の魔力を吸おうとしていたので慌てて鍵に断絶の結界を張ってしまう。
「この鍵は一体……」
「 "時空の鍵"、と言ったら通じる?」
その瞬間、戦慄が走ったかのように私は身震いしてしまっていた。
”時空の鍵" ――それは天界に居た頃の雷神が禁術を応用して作成した神器だった。
しかし、その神器に使った核が堕転して魔力暴走を起こしたため、死神から天帝に頼んでもらってこの世から消し去ったモノだった。
そんな危険物が今、ここにある。
「何でこれが?!」
暴走した核は、異様なまでに雷神の核をも浸食した。
神器を消してもその影響が残っていた私まで魔力暴走して、その時の世界は終焉している。
「その神器の効果を覚えているか?」
「いやまぁ、そりゃ……」
製作者だし、と言いかけた私は気付く。
この神器は、雷神の知るそれとは少し異なるようだった。
そもそも魔力の大元が違う。
本来の目的は、禁術を扱えない者でも一時的に過去や未来に飛ぶことだった。
「前の山神がこっそりと天帝から譲り受けて手直ししていたのだ!」
どこか誇らしそうに少年は言い切った。
そして偉いだろ!とばかりににやけている。
存在する理由は解った。
が、それでも私に渡された理由は解らない。
そもそも、今の魔力に限度がある私ではこの "時空の鍵" は扱えない。
「大丈夫です。それをお姉さんが扱う訳では無いですから」
そう耳元で答えたのは蓮だった。
驚く私を他所に、そしらぬフリをして蓮は少年に訊ねる。
「君は扱い方を知っているのかな?」
「知らないよ! そもそも、禁術は口伝えしないと扱ったらいけないモノでしょ?」
「うん、正解。ご褒美に飴ちゃんあげようね?」
「わーい!」
そんな会話を聞きながらも、私は安堵と不安の混じった溜め息をついていた。
確かに禁術を使った神器だから、禁術を扱える者ではないと持つことすらままならない。
まして神器の中に書き込んだ術を使うには、その内容を理解していないと制御出来ないようになっている――と考えたら、例え魔力を持つ蓮であっても扱えないはず。
――一体、蓮はこれをどうするつもりなのだろう?




