219 ⛩ 仲間の為に *
ここが夢の中だということは理解していた。
それでも、温かいここから出たら、また地獄のような日々が待っているのだと思うと目覚めたく無かった。
膝を抱えたまま、更に蹲る。
『それは本当に地獄だったのかしら?』
魔物でも底辺という枠に縛られ、巫女として畏怖の眼差しを向けられていた日々。
それを地獄と言わなかったら何だというのか。
『確かに、あの地域では地獄だったかもしれない。でも、良く思い出してみて。学園での生活を、キャラクターを演じて写真を撮ってもらっていた自分を、そして仲間のことを』
「仲間何て……」
しかし、言われて思い出すのは転入した後のことばかり。
円達と笑い合い、特殊な趣味なのに受け入れてくれた純の笑顔が脳裏に浮かぶ。
円だって嫌な顔はしていなかった。
どの笑顔にも嘘は微塵も感じられなかった。
それでも、あまりにも地獄の方が長過ぎた。
笑顔の合間にも続いた地獄で落胆する。
「仲間何て、いなければ良かったのに」
憑依されていたとはいえ、今でも世界を壊したい気持ちに狂いは無い。
しかし、仲間が居るから、今も頑張ってくれているから、仲間の為にこの世界を守りたいという気持ちも生まれてしまっていた。
「ねぇ。私は、どうしたら良いの……?」
『それを相談するのは私では無いでしょ?』
声はそう答え、私の肩を優しく叩いてくれる。
顔をあげれば、その半透明な手が1点の闇を指していた。
……あの先が現実だということは、嫌でも解っている。
私は頭を横に振る。
でも、その優しいもう片方の手が私の背を擦り、軽く押し出してくる。
「嫌……戻りたくない……」
『戻る? 違うわね』
「……?」
『新しい世界を創るために進むの。今が地獄のままなら、根本的に全てを創り変えてしまえば良いだけの話し。
せっかくそれだけの魔力があるのに、私のように世界から消えてしまったら、頑張っている仲間の期待を裏切るどころか、第二、第三の自分や母親を創ることになると思わない?』
「別に私は……」
『仲間が、純が自分と同じ目に遭ったとしたら、貴方ならどうする?』
ドキッとした。
純が私と同じ経験をするなんて考えられなかった。
でも、もし純がこういう立場に置かれたら、私なら全力で助けに行く。
そう思い描いた時に、私は今も現実と向かい合う仲間の顔をしっかりと思い出せていた。
過去に何度も暴走しても、頑なにその意志を曲げなかった香穂里。
出会った時から虐めっ子ではあったけど、どちらかと言えば理不尽というだけできちんと理由は存在した。
それは天界で炎神だった頃からあまり変わらない。地界に興味があっても、流行に飲まれまいと懸命に興味が無いフリをしていた。
そんな香穂里に守られ、平穏に暮らしていた紗穂里。
でも、平穏過ぎて飽き始めている自分に悩んでいた。
その客観的に状況を把握し、的確に指示出来る参謀的な頭脳は地神特有の力。香穂里を、炎神を引き止めなくてはならないと言いながらも、その実力差に悩む様は昔から変わらなかった。
そして、輪廻する度に何度も助けようとしてくれた純。
本当は純が助けて欲しいと私に言わなければならなかったのに、そういう素振りは一度もしてくれなかった気がする。それが純の優しさであり、私への気遣いだったのかもしれない。
ただ、言わないことで、我慢の限界に達したこともあった。
純が暴走して、世界を破壊して、人々や家族や仲間を引き裂いて。
――泣きじゃくっていた純に手を伸ばした私は、あの時、何て思っていた?
「そうだよね。今度は、私が皆にも、純にも、恩返ししないと」
私は立ち上がり、1点の闇に手を伸ばす。
あの先は地獄に違いない。
だけど、純は風神。
その願いは家族を、お兄さんを、その先の天界を救うこと。
ならば、属性神のリーダーを背負わされた水神の私が居なければ何も始まらない。
私はゆっくりと目を開けた。
体を起こし、自分の体を見つめる。
壊れかけていたはずの体は治っていた。
手も動かしてみる。
しかし、実はそう思えただけでも、特に異常は無かった。
もしぬいぐるみに戻っていたら、そう思うことすら出来ないのだから。
手を動かし、見つめながら、自分の体中を流れる気を辿ってみる。
体の基盤はぬいぐるみ(?)のままでも、根本はかなり魔力の高い矢に変えてくれたらしい。
そして、その矢に流れ込む魔力を辿ってみる。
その先には、髪を真っ白にさせた純が深い眠りについていた。
『目覚めたのか』
疑問よりも驚愕の口調で守護神が言う。
程無く(恐らく瞬間移動的な感じだろうか)カーテンの向こうにやってきた守護神は、間にあったカーテンを開けてくれた。
不本意にも、私の魂が魔物の世界に逝ってしまっていても、水神の核は現状を覚えていてくれていた。
そのためか、目の前に居るのが学園の守護神で、その守護神が属性神の神器を守ってくれていたことや、香穂里と純が魔法陣で私の体を治してくれたことまで理解していた。
でも、残念なことにそれらの詳細が無いことに加え、私が記憶していたはずの、眠りにつく直前の記憶が失われているために、どうして丈夫なはずのこの体が壊れることになったのか、という疑問は残される。
それにしても、2人はかなり頑張ってくれたのだと思う。
本来のあの儀式には神が8人居ても魔力が不足すると言われている。しかも、その術式は宮本家にしか口伝されていなかったはず。
それを汲み解き、香穂里が岸間家流に修正、改変したとしか思えないほど、口伝されている術式で治された体よりも綺麗に、どこも支障なく仕上がっていた。
守護神が連絡をとってくれたのか、紗穂里の気配が急激に近付いて来ていた。
そして保健室の扉は開かれ、その勢いのまま駆け抜けた紗穂里が映ったかと思えば、そのままダイブして私に抱きついてくる。
「うわああぁぁぁぁぁん!!!」
「何を、そんなに……」
「うう! そのまま死んじゃったかと思ったデショ!!」
魔物は死なないよ、何て思ったものの、言える状況では無さそうだったので紗穂里の背を軽く叩いて落ち着かせてあげようとした。
そして、素直に温かいと思った。
紗穂里の柔らかい体に、この重さ。
少し汗臭かったものの、これもまた生きている証拠なのだと感じた。
これらは、"あの世界" では感じられなかったこと。
「……千尋?」
不意に驚いた紗穂里が私の顔を覗き込んでくる。
「泣いてるの……?」
その一言で、私が今、泣いているのだと知った。
何だ、魔物でも涙は出るのね。
それに、本当は私もここに戻って来たかったのかもしれない。
皆がいて、仲間の笑顔がある、この世界に。




