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217 ☴ 千尋の為に④

 暴風の所為で、私は先に進めないでいた。

 こうなるとは聞かされていなかったため、油断していた。


 しかし、矢を持っているのは私しかいない。

 矢を持つ私が千尋の元に向かわなければ、何の為に私が魔法陣の中に居るのか解らない。


 他の誰でもなく、千尋を救うことを一番に望んだ私がやらなければならないこと。




「風の弱点は、それよりも強い逆風」


 天界での風神がハッと気付いて振り返った時には、既に勝負は決まっていた。

 私の喉元に突き付けられた刃が太陽の光を私に跳ね返している。


 両手を上げて降参を伝えれば、勝負の相手だった死神があっさりとその刃を引いてくれる。

 結界の代わりに広げていた暴風を止めて、いつも通りのそよ風が天界に吹き始めていた。




 あの時の死神が使った術を思い出す。


 私の周囲には今と同じように暴風が壁を作っていた。

 でも、死神はあの中を潜り抜けて、しかも暴風で安堵していた私の死角からやって来た。


 死神のようにこの暴風よりも強い逆風を吹かせれば、千尋の元まで辿り着けることになる。

 でも、見様見真似になるし、自信も無い。


『自信? 違うよ。やるか、やられるか、だよ。やらなかったら死ぬ。それだけのこと』


 過去の私が千尋に言った言葉だった。


 勝負はいつも、やるか、やられるかの2択だけ。

 それ以外の答えは無い。


 勝負をする前に必要なのは覚悟だけ。

 やられても、悔いが残らないように全力を尽くす。


 そもそも、何もしないまま負けているようでは千尋が目覚めても岸間さんや本谷さんと一緒に喜べなくなってしまう。それはかなり嫌だった。



 体中の魔力を寄せ集め、私は自身の周囲に暴風を生み出した。

 そしてゆっくりと、魔法陣による暴風の中へと踏み出す。


 しばらく風同士がぶつかってしまっていたものの、ゆっくりと逆風になるよう動かしたためか、本当にゆっくりではあったものの、少しずつ先に進めていることは理解出来た。


 問題は、自分の魔力が保てるか、否か。

 でも、今の私に戻るという選択肢は無い。



 振り返る余裕も無く前へと進めば、次第にコツを掴んで来ていたのか、そのスピードは老婆が歩くくらいにはなっていた、と思う。



 風の抵抗が無くなったと感じて自分の暴風を解除すれば、目の前には1つのドール――ではなく、これから千尋になる小さな体が横たわっていた。

 危うく自らの暴風で千尋を退けてしまう所だったのか、千尋の片腕が変な方向に折れ曲がってしまっている。


「……出来る限り、立ったまま、千尋を抱く」


 岸間さんの言葉を思い出しながらも、私はその発言通りの、しかしどことなく不器用な体位で千尋を両手で抱きあげた。

 小さい身体の割に、重さだけはかなりある。


 私は片手で矢と千尋を支え、自身のポケットに入っていた私宛ての手紙を器用にも片手で開く。


「『矢の魔力で人型まで戻して、矢を持たせた後、契約のための口づけ』をするのね」


 と読み上げてから、私は顔を真っ赤にさせていた。


「っ?!」


 胸が高鳴り、顔の火照りが戻りそうにもなかった。

 ただ、頭は冷静だった、と思いたい。


 口づけをしなければ契約できないことは何とか理解した。

 これは儀式の為に必要なことだと言い聞かせ、自身の鼓動を落ち着かせる。


 尤も、相手は千尋……しかも女性。

 まして今はドールだし。


 そうは思っても、鼓動はそれ以上には落ち着いてくれそうにもなかった。


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