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216 ☉ 千尋の為に③

 術式は、私の想像を遥かに超える魔力量を要求してきていた。

 既に私の髪は真っ白になっていたものの、それでも、魔力を尽かせて失敗すれば風見さんの命まで無い、と思って立ち直す。


 私の唱える術は全て出した。

 合図を送ったから、後は風見さんが暴風のように荒れ狂う中を進み、千尋を抱き寄せてくれていれば、すぐにでも術が消えて儀式は終わる、はず。


 とはいえ、その後のことまではどの本にも載っていなかった。

 だから、もしかしたら数日間続くという可能性も考えられた。


 それに、風神の風見さんでも、もしかしたら暴風の中を進むことは困難なのかもしれない。

 風見さんが手にしていた矢を風で失っている可能性や、術自体が失敗している可能性を考えたら、それはもう不安で胸を押し潰されそうな想いではある。


 ――それでも、私は僅かな希望を信じた。




「手帳に日記を点ける? 何で??」


 輪廻していた時の過去の私は、円に思い切り疑問をぶつけていた。

 過去の円は今と変わらない姿、口調で答える。


「そんなこと、私が知っていると思って? ……でも、不思議ですわよね」

「だから奪って中身を見ようぜ!」


 同じく、変わらない瞳が好奇の目で遠くの椅子に座る如月を振り返っていた。


 あの時の転入生の如月は独りで本を読んでいた。

 一緒に見つめていた私も、気になって瞳に同意を示す。


 手帳と言えば、本来ならカレンダーがあって予定を書き込む為のモノ。

 それを日記にする何て変だと思う。


 まして、どのように書かれてあるのかという興味が湧いた。



 放課後になって、如月を人気の無い場所に呼び出して、集団で如月を囲った。

 如月は平然と澄ました表情をしていた所為か、円と瞳は余計に気が立って暴行を加える。


 そこにやって来たのは千尋だった。

 先生を引き連れて、我先にとばかりに仲間が散り散りになる。


 残されたのは、私だけだった。


 でも、何故かは解らない。

 如月にずっと見つめられていた為か、珍しく一切の手出しをしていなかった私が咎められることは無かった。


 千尋も如月も、特に私を咎めることは無かった。

 それが気に食わなくて、修学旅行の時に同じ班になった私は千尋に訊ねた。


「どうして……どうして、私も円らと共に居たことを皆に話さないの? どうして、私を責めないの?」

「それを責めて、皆に話しをして、何になるの?」


 逆に聞かれた。


 私は必死に派閥のことを、グループのことを説いたものの、千尋には理解ができなかったらしく、頭を傾げられてばかりだった。

 最終的に円と瞳の暴力性を説いたところで、私はハタと気付かされる。


 ――この私が、円と瞳を相手に恐怖に思っている?


「……勘違いしているみたいだから言っておくけど、私は別に、どこかの派閥に所属することも、グループに入ることも、まして新しく創ることも、……そんなことは、何一つ考えてはいないの。転入生の私達は貴方の言う虐めよりも遥かに辛いことを経験しているから、虐められたとしても辛いとは思わない。それに私は、私の正義を貫くだけ」

「正義……?」

「貴方にもあるでしょ? お父さんや本谷さんを守る理由、他人を虐める時の理由、怪盗ホーリーに変身して神器を奪う理由、勉強をして学園を奪い返そうとしている理由、……」

「それを、どうしてっ?!」


 一度も、誰にも話したことが無かったことまで知っていた。

 それこそ、ほぼ初めて実感した他者への恐怖だった。

 まるで心を読まれているかのように感じて唖然としてしまう。


「覚えていないなら、別に良いの。気にしないで」



 あの時の最後の願いで、如月が私に手帳を見せてくれていたと思う。


 内容までは、良くは覚えていない。

 だけど、その4年分が含まれた手帳は、4年目の10月20日の記述を最後に書かれていなかったことだけは、良く覚えている。



 今思えば、輪廻しているのだから2人が事実を知っていてもおかしくはなかった。


 如月が手帳に書いていたのは、その4年間を何度も輪廻していたため。

 千尋が私のことを知っていたのは、過去に何度も千尋と出会っていたため。


 ただ、いつもその出会い方は何かしらが違っていた。


 如月を虐める場所が大聖堂だったり、千尋が助けに来なかったり、修学旅行まで何も起きなかったり、そもそも4月に誰も転入して来なかったり、1年早かったり、……それは本当に様々だった。


 それでも、その度に変わらず千尋の口からは "正義" という単語を聞いていた気がする。




「今の私にとっては、アンタを信じることが正義だよ、千尋……」


 これは、もしかしたら走馬灯だったのかもしれない。


 私はいつの間にか地面に片膝を着いてしまっていた。

 魔力ももう底をついている。


 暴風を遮る為の結界も張れず、その場に踏ん張る体力すら残されてはいなかった。



 バランスを崩し、この暴風に体を持って行かれる。


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