215 ▲ 千尋の為に②
魔法陣の光の中に3人が消えてしまってから、私は守護神の脇に立ってその様子を一緒に見つめた。
見つめながらも、守護神が思い出してほしかったという条件の内容を思い返す。
天界での地神が担っていた単独での役目は、所謂 "書記" のようなもの。歴史をありのままに示し、残しておくこと。
地獄の魂が勝手に出て行ったら連れ帰り、どんな魂だったのかを書き留め、境界の牢獄に近付く輩が居たら排除し、それもまた特徴を書き留める。
そんな面白みが全く感じられない仕事を永延とこなすことに飽き始めた頃に、天界で2つの大きな事件が起きた。
雷神が新しい属性神として就任し、直後に邪乃丸なる2つの魂を持った存在が地界に逃亡した。
そして暴走した邪神の所為で天界は崩壊した。
記すだけの地神は、ただただ、そのことを綴っていた。
地界に降りてからも、本来ならそれらを書き綴っていたはずだった。
しかし、水神が暴走して世界を崩壊に導き、輪廻しているという事実に気付いた時、私は自身のしていることに初めて疑問を抱く。
――輪廻しているのであれば、書いたことが全て無駄になってしまうのではないか。
こうして書かなくなった私は、それまでの書物を全て燃やしてしまったはずだった。
しかし、それもまた輪廻することになり、やがてこのことを綴ったモノが境界の図書館に辿り着いていたらしい。
その書物には、私のその行動も書かれてあった。誰が続きを付け加えたのかは、本神であっても解らないということだった。
だが、その書物を持って来たのは死神だったという。
その内容を話しながらも、私は守護神に訊ねた。
「邪乃丸は2つの魂を持っていて、"心" を付与してしまう神のような存在だった、とありました。しかも、付与された者は邪乃丸に危害を加えた。人間の今だからこそ、それは欲望だと解ります。それって、つまり堕転のことですよね?」
『そうよ。だから、全ての神様は罪を償わなければならないの』
「前に雷神が言っていた、天界での真実――それは邪乃丸を虐めていたことですよね。だから、居るか・居ないかも解らない、半崩壊状態の四大神ではなく、本来の4人の属性神が対処しなくてはならなかった。それを知ることが、条件だったのでしょう?」
『……ちょっと惜しいけど、概ね正解としましょう。この儀式が終わったら、次の "条件" と "課題" を出すわ。それで最後よ』
その一言を聞いて安堵しつつも、私は更なる疑問を守護神にぶつけようとした。
――課題、とは?
しかし、不意に遠音の、雷神の気配が消えて目を丸くし、校舎を振り返る。
「遠音……?」
私の一言で守護神も気配を追ったのか、振り返りながらも頭を傾げている。
『……どういうこと?!』
が、私と同様、守護神にも焦りの色が窺えた。
早くも守護神が走り出したので、私もその後に続くことにした。
守護神が駆け付けた目線の先には、微量の雷神のオーラが残されたソファーだけがあった。
守護神は数歩ほど進んで、しかし、どうしたら良いのか解らなかったのか、近くにあった机に手を置いた。
遠音が消えたのだろう、とその行動から察する。
しかし、信じられないのは私も同じ。だからソファーまで近寄って遠音の姿を探した。
でも、見つからない。
そこからどこか違う場所に、例えばお手洗いに行ったのではないかと気配を辿っても、オーラはそこから全く動いていなかった。
『……呑まれた、わね』
その一言に私は目を丸くし、振り返って守護神を見つめた。
守護神はもう片方の手で頭を押さえている。
『雷神は水神の魂を救う為に、本来は同じ魔物ではないと危険と言われていた "魔物の世界" 側に干渉していたの。もちろん、魂だけしか入れない世界だから魂だけを、ね。でも、境界とは違って魂だけを異世界に送るようなものだから、当然ながら置いていかれた体は死体に近くなる。ましてここは境界――その体は朽ちない代わりに、消滅するの』
「……それって……」
『……私達は、この現象を "呑まれた" と呼ぶの。どこに行くのか、どこに行ったのか、戻って来られるのか、……誰も解らない現象だから』
私は茫然とした。でも、流す涙さえ出て来なかった。
遠音は、この現象のことを解っていて千尋を助けようとしていたのかもしれない。
属性神が償わないといけない罪も、本来であれば雷神には関係がなかった。
むしろ、属性神に成ってしまったばかりに雷神まで巻き込まれてしまっただけなのに、過去を知っているという理由だけで今まで私達を導いてくれただけでも有難いことだった。
現実を受け入れられていないのか、私は茫然とそのソファーを見つめていることしか出来なかった。
……今までも、ずっとそうだった。
私は現実を知っても、どこかでゲームの世界を見ているような気持ちだった。
これは夢の世界で、現実では無いのだと言い聞かせた。
現実の自分は、このゲームを楽しんでいるだけなのだと思い込む。
そう、ここはゲームの中……ここは画面の中…………。
『お前は、すぐそうやって逃避する』
不意に遠音の声が聴こえた気がした。
我に返った私は、何か堅いモノを噛んでいることに気付かされ、それが守護神の腕だと知って戦慄する。
力を緩めて、そっと守護神から口を離す。
相当な強い力で噛んでいたのか、守護神の腕には歯形が残ってしまっている。
『香穂があんなに頑張っているってのに、お前はどうしてすぐ逃げるんだよ。少しは目の前の現実と向き合って、それでもダメなら相談してくれよ』
それは過去の遠音の言葉だった。
そう……ここは、現実。
過去に遠音が話したことも、香穂里が私を守ってくれたことも、全てが過去に起きた現実。
それまで否定することは、今まで頑張ってくれた遠音や、今も頑張る香穂里を否定することになる。
それらはゲームではなく、現実に起こっていること。
だから、否定しない。
私も覚悟を決めて現実と向き合わなくてはならない。
――そして、私のお腹がずっと鳴っていることも。
「うう……。シリアスな場面のはずなのに、お腹が正直過ぎてちょっと泣けるデショ……」
『はぁ……』
これには、流石に守護神も違う意味で頭を抱えていたようだった。




