213 ☴(☉▲) 千尋の為に①
岸間さんに叩き起こされた私は、気付けばもう何時間も眠っていたことを知った。
ショックのあまりにしばらく茫然としてしまったものの、ドアから入って来た岸間さんの金色に輝く目を見て、何となく悟る。
「千尋のこと?」
「えぇ。もう、あまり時間がないから……向かいながら話すわ」
そして聞かされた事実。
でも、それは全て解っていたことだった。
「……驚かないの?」
「何となく解っていたから」
そう答えながらも見えて来た、巨大な魔法陣を見て少しだけ涙を流す。
「いつだったかしら……過去に、千尋が自分のことを話してくれたことがあったわ。"ぬい魔" のことも、"水神" のことも、既に堕転していることも、全て知っていた時代があったの。でも、それでも千尋は世界を崩壊させた。それは、"あの時の千尋" では堕転の恐怖と周囲の嫉妬に耐え切れなかったからだと記憶しているわ」
段々と、夢を見る度に思い出して来た風神の記憶。
その中にそれらの、過去の水神の話しが混じっていた。
岸間さんは驚いて私を振り返っている。
「幾度もの輪廻の中で、水神だけは私達よりも遥かに、何度も、何百回も世代交代しているの。だから、私の中の水神の記憶や意志が定着も、固定もしなかった」
「……それ、いつ思い出したの?」
「さっきまでの夢……それがどうかしたの?」
「……ううん、何でも無い」
岸間さんはそう答えて魔法陣の方向を見てしまう。
「それで、私は何をしたら良いの?」
「あ、そ、そうよね!」
そう答えた岸間さんは、魔法陣の線の合間をトントンと進んで行ってしまう。
同じように後を追えば、そこの椅子の上に置かれていた小さな青色の壺を渡される。
しかも、中には水がたっぷりと入っていた為か、若干重い。
「壺……?」
「千尋の体を治すのに、一番効果的だと思ったから」
壺は(モノにも属性があるという考えなら)土属性のような気がする。
しかも、これだと魔力が少ない気がした。
「もっと良いのは無かったの?」
「遠音が見つけた中では、これがまともかなと思ったんだけど……やっぱりダメ?」
「そもそも、そこまで年代物でも無いと思うのだけど……」
「だよね……」
そう答えられてしまったら、私が溜め息をつくしか無かった。
でも、あまり時間がないことは解っていない訳ではない。
「なら、こんなのは如何デショ」
不意に上空から聴こえた声に、私達はほぼ同時に上を見上げていた。
岸間さんが先に声を発する。
「紗穂里?!」
本谷さんは私達の上空に浮かぶ、巨大な岩の上に座っていたらしい。
元々小柄だからか、足しか見えないが。
その岩が私達の目の前に、線を消さないようにとそっと下りて来るなり、本谷さんが私に1本の矢を出している。
「それは弓矢……?」
矢は確か木属性。
でも、その魔力は十分だった。
受け取りながらも、どこから持って来たのかと気になって右から、左からと角度を変えて確かめる。
「これは、何?」
結局何も解らなかった私は本谷さんに訊ねた。
本谷さんは背伸びをしながらも答えてくれる。
「巨人族の翻訳用の事典の間に挟まっていた、恐らく巨人が使っていた矢だと思われる。絶滅したのが天界の時間で換算して二百年以上前らしいから、相当の期間をあの図書館で過ごして来た所為で、魔力が異様に高まってしまったのだと思うデショ」
『良いモノが手に入ったようね』
遠くから守護神が私達に話しかけて来た。
岸間さんも頷き返している。
『なら、早速始めましょう。時間が惜しいもの』
魔法陣の中央に千尋の身体を置き、すぐ傍、陣の線を2本ほど挟んだ場所に矢を持つ私が、その遥か遠くの向かい側に岸間さんが立った。
必要なモノは全て陣の中に配置してあるのか、壺や分厚い本、椅子、果ては何故か黒板消しまで転がっている。
外なのに風1つないのは、守護神の作ってくれていた結界のお陰らしい。
『私が合図したら、千尋の元まで歩いて行って、千尋を抱きよせて欲しい。その時の注意点は、出来る限り立ったまま動作を行うこと。あと、魔力は半端無く消費するから覚悟しておいてね』
そんな岸間さんの発言を思い出していたら、儀式は既に始まっていたらしい。
魔法陣が光り出し、やがて1つの巨大な空間を創りだしていた。




