211 ⛩ 凶夢⑤
私の中には、最終的に大きな3つの魂が共存していた。
私は必死で他の2人を引き止めているのに、2人は完全に目の前の相手を壊そうとしている。
でも、本当の私は良く解っていた。
『雷神は憎むべき対象ではないでしょ?! 何で戦う必要があるの?!』
私は片方にそう叫んでいた。
今も、他の私を引き止めようと、本当の私を引き出そうとしてくれている雷神が片膝を地面に着いている。
そんな私の言葉をスルーした片方がニヤリと嗤う。
「社会派の味方を壊して何が悪い? 私がアンタの代わりに壊してあげてるっていうのにさ……アンタ、ウザイ。ちょっと黙れ」
そう答えたかと思えば、私に何重もの結界を施してしまう。
魔力が無い私には、成す術も無く結界に遮られることになった。
そしてもう片方が私を振り返る。
「壊す……邪魔者は、壊す。そして、守る。お前も、自分も、守る。お前の中にやってきた邪魔者は、全て壊す」
確かに、雷神は水神にとって邪魔者だった。
否――むしろ天界においても、雷神は来るべき存在ではなかったと天界の水神は思っていた。
天界で地界のことが理解されるようになってから、天界ではすっかり地界への渡来許可を貰うことが流行になってしまっていた。
しかし、本来の天界に住む者は地界へ下りることは許されていなかった。それこそ、許可されていたのは本当に極僅かな地界出身の神々だけだった、といっても間違い無かった。
でも、それは天界でのこと。
それに、女神も死神も『これが時代の流れだから仕方ない』と言っていたのだから、どうしようもないことだと理解していたはず。
新しい風の雷神が来たのもその為。
新しい時代は、いつだって想像の先をゆく。
そんな時代に移り変わる為の第一歩だったと思っている。
まして2人が怒る理由の中に、属性神になったばかりの雷神は全く関係ないはずだった。
――そう、だから解せない。
『話を聞いて、邪乃丸!』
その単語を自分から出しておいて、何故か素直に驚いていた。
が、邪乃丸も驚いたのか雷神への攻撃を止めて私を振り返ってくれている。
――そう、私は知っている。
深呼吸をした私は邪乃丸にこの気持ちを伝える。
雷神は、確かに天界へ地界の情報を持ち込んだ存在で、水神にとっては邪魔者だった。
でも、女神も死神もその存在を認めていた。
まして、能力だけで言えば四大神にも近かった。
そのような雷神を地界に置いておけば、何れ脅威となっていた。
だから雷神は新たなる神の、新世代の神の代表と成った。
しかし、邪乃丸。
凄く残念なことに、邪乃丸の存在までは、雷神の範疇では無かった。
まして仕事もままならぬ神に邪乃丸の存在を教えられるほど、女神も死神も "天界の雷神" を認めている訳では無かった。
邪乃丸が邪神と共に逃げ出し、邪神が暴走する直前に、初めて邪乃丸の存在を私が雷神にこっそりと教えただけ。
それも、誕生した経緯までは話せていない。
邪乃丸は、単純に自分を守りたかっただけだった。
が、当時の水神が優しく接した為に、水神のその複雑な感情を察して "雷神を地界に排除" しようと試みた。
その結果、一部の四大神や属性神から反感を買うことになり、問題を起こす邪乃丸を強制的に封じ込んだ。
そして全員が邪乃丸を無視し、仮初の平和を維持していた。
「どうして……おれだって……」
言いかけた邪乃丸がもう1つの魂によって遮られる。
その間にも、水神の記憶が次々と流れ込んで来ていた。
でも、決して屈してはいけない記憶だと理解もしていた。
天界での、捕われの邪乃丸の存在を知った水神は女神に迫っていた。
「どうしてあんな可哀そうな所に縛り付けてあるのですか?!」
同情した私は、もしも邪乃丸が私だったら嫌だろうと思って女神を責めた。
女神は最初こそその理由を渋っていたものの、最終的には笑顔でこう答えるようになる。
「可愛いから――私が守ってあげないといけないから」
死神曰く、邪乃丸は "心" に纏わる新しい属性を持っていた。
心が無いに等しい神にとっては、それは理解しにくいことではあった。
が、問題はそのような点では無かった。
「"新しい心" を神に付与してしまうらしい。だから、女神は堕ちて転じてしまった」
言われた当初は理解出来なかった。
が、死神の忠告を無視して見に行き、そこで女神の邪乃丸への態度を知って理解する。
しかし、既に時は遅かった。
私が我に返れば、ほぼ無意識に邪乃丸へ攻撃をしていたことを知って戦慄した。
「だから、近付かない方が良いと言ったのに」
死神に言われて、更に女神に叱責された私は――なのに、無性に邪乃丸に攻撃をしたくなっている自分が居ることに気付いた。
女神の愛を一心に受ける邪乃丸が憎かった。
これが地界で俗に言う "嫉妬" であること、欲望の、心の一部だと知って茫然とした。
このことを思い出す度に何度も暴走して、輪廻して、最低最悪な"ぬい魔"として生を受ける。
その度に、こんな輪廻は二度と御免だと思って世界を破壊してきた。
幾度も破壊して。
また、輪廻して。
また、破壊して。
そうしている間に、歴代の水神はこの身を刷り切らしていった。
そして最後の願いと共に、魔力の詰まったその身諸共ネックレスへ姿を変え、次世代の水神をその魔力と御身の能力で守ってくれていた。
その歴代の願いは、次世代の水神が過去を忘れ、"ぬい魔" であることも知らずに、人間として未来を生きることだった。
だから切なる願いを忘れない為に、敢えて記憶を引き継ぐ死神と雷神に次世代の水神の選定を任せていた。
しかし、私の1つ前の時に、その流れが変わった。
この天界での出来事の影響で、水神であり魔物だったお母さんは、最終的に歴代と同様、社会を憎んだ。
しかしながら、巫女としての役目はしっかりとこなし、"世界の加護"を恨んで離反し、結界を創って"世界の加護"から隔離し、その結界内の住民から愛を一身に受けることで、何とかその満足感を得ようとしていた。
しばらくしてお兄ちゃんや私が生まれても、本来ならばそれだけで、そのまま瘴気に満たされてお父さんの手で死にゆくはずだった。
ところが、そんな時、何故か転生していた "もう1人の邪乃丸" と出逢った。
邪乃丸の過去を思い出して同情したお母さんは、まるで邪乃丸を子供の私達と同じように育ててあげようとしていた。
邪乃丸も、本来はそのように "普通" であることを望んでいた。
しかし、"ぬい魔" であることをとある巫女に指摘されたお母さんは、あろうことか結界内の愛する住人から "死者" や "化け物" と呼ばれるようになっていた。
そしてお母さんは憎しみを残したまま瘴気で満たされ、悪神と成ったが為にお父さんに殺されてしまう。
それを悲しんだ邪乃丸は、お兄ちゃんの遺言である私をお母さんの瘴気から守る為、私に憑依して守ってくれていた。
『優しい邪乃丸のことは、私が良く解っているもの』
天界の話しの続きは、以降はあまり良くは覚えていなかった。
でも、罪償いという訳では無かったが、水神は他の神々の目を盗んでは、邪乃丸に地界の人間の姿を水晶に映して見せてあげていた。
人間の行動に喜怒哀楽で示す邪乃丸を見て、"心" というモノにはいくつもの種類があることと、表情や態度で相手に表現出来ることを私も知った。
邪乃丸は、女神が私に文句を言っている時に、女神に怒る仕草をしたこともあった。
即ち、邪乃丸が私を信用してくれたということだと思えた。
『だから、お願い。私の想いを信じて!』
「……信じる?」
「何をしている、邪乃丸!!」
不意にもう1つの魂が――お母さんの魂が邪乃丸に怒鳴った。
邪乃丸が肩を竦めてお母さんを返り見ている。
いつの間にか、私が片膝を地面に付けているようだった。
雷神が目前に迫る。
――でも、それで良い。
「貴様が魔力供給をしてくれないから結界が作れないじゃない!」
「……結界、守る」
『邪乃丸……!』
「でも、お前、水神、違う」
答えた邪乃丸は私を振り返ってくれた。
真っ直ぐな眼差しで私を見つめ続けている。
「これで良い――負けること、攻撃しないこと、水神は強く、望んでいる。それに、雷神は、何も悪くない。雷神は、何も知らなかった。おれのことも、水神のことも、この感情も、知らなかった。そんな相手は、壊せない。壊しても、水神は喜ばない」
「何、馬鹿げたことを……」
「お前は、優秀な水神だった。でも、短かった。それは、お前よりも娘の方が長けていた為。水神は、純粋な心で冷静に判断出来る者が成る。――」
『――だから、先代のお母さんは水神の核を穢してしまった罪に問われ、歴代の水神とは異なる死に方をするしか無かった。しかも、残ったその嫉妬心だけで、魔物でありながら悪鬼に成り果て、あろうことか実の子供であるお兄ちゃんや私に刃を向けるよう、分離して他者に憑依し、堕転させて回った』
邪乃丸が持っていた魔力が私に流れ込んで来ていることが解った。
魔力が戻って来た私は魂の形を成すまでに回復し、邪乃丸と共にお母さんの魂と対峙する。
『本当は、私をこのまま堕転させるつもりだったのでしょ? そしてまた、歴代の水神のように暴走させるつもりだった。私も社会は嫌いだし、無くなれば良いと未だに思っているよ? でもね、輪廻しながらも水神は解っていたはずだよ――世界はただ繰り返しているだけではない、と』
「ええい! 黙れ!!」
『黙るのは貴方でしょう?』
お母さんに対して冷徹過ぎたかもしれない。
でも、そのくらい言わないと解って貰えない気がした私は術封じを放つ。
咲九とは異なり、この効果が出て来るのはもう少し時間がかかるだろうな、何て思った。
『勝手に体を奪って、強制的に契約をさせて、邪乃丸を騙して、私に流れているはずの魔力すら絶って。貴方は身勝手過ぎる。だからお父さんにも見限られたんでしょ』
「違う!! 違う!! 違う!!!」
『じゃぁ、どうして私を生んだの? わざわざハーフの魔物になると解っていた私を生んだの? お父さんはどうして妖怪退治を担っていた咲九を結界の中に呼んだの? 瘴気が結界の中に多く漂ってしまうのに? 今までそんなこと一度もしてこなかったのに? ……それって、お父さんにとってもお母さんはもう用済みだったってことでしょ?』
お母さんは必死そうに ”違う" と叫んだ。
でも、私は続ける。続けてやる。
『本当は、お兄ちゃんを後取りにしたかったんだよね。私、知ってた。ずっと昔から、お兄ちゃんのことばかり気にして――私もお母さんと同じで、お兄ちゃんに嫉妬していたんだと思う。天界での水神と全く同じ。過去の水神とあまり変わらない道を選ぼうとしていた。でも、私、やっぱり死神と雷神に "選ばれた" んだと思う。お母さんじゃ、この嫉妬心、絶対に抑え切れなかったと思う』
「貴様に私の何が解るというのだ? 子供を産んだこともないくせに!!」
お母さんの魂から魔弾が飛んで来た。
でも、それは頬を掠めて行っただけで済む。
お母さんが私に抱いた嫉妬は、同じ "ぬい魔" でも種類が違った為か、その魔力量にあったのだと思う。
だからこそ、同じ種類だったお兄ちゃんを介抱し、違う種類だった私を退け者扱いにしていた。
――そんなお母さんには同情なんてしない。
「……まぁ、良い」
雷神の攻撃が私に当たった。
胸元に刺さった槍型の神器から電撃が走る。
「どうせ間抜けにも契約した貴様では、私は殺せないのだからな。せいぜい、そこで足掻いていれば良い」
そう来たか、何て思って私は溜め息をついた。
『そうね。確かに私では殺せない』
――でもね、既に手は打ってあるのよ、お母さん。




