208 ☈(⛩) 魔界へ *
意識が体から離れようとしていた。
それを必死で引き止めながらも、目を閉じた先に広がっている世界を見つめていた。
いつの間にか、私の魔力はとうに空になっていたらしい。
それでも、水神だけは私が何とかしなければならないと思っていた。
でも、もうその限界は近い。
『君独りで頑張り過ぎ』
そんな声が聴こえて来た。
幻聴かと思って頭を横に振る。
『勝手に幻聴だと思わないでくれない? こう見えても、君よりは彼女のこと、解っているつもりだけど?』
『誰だよ……』
『誰だって良いだろ。それよりも、ウチは君のことが心配だよ』
不意にふわっとした温かい空気が流れ込んで来た。
それが死神の魔力だと知って、素直に驚く。
『死神に助けられた恩があってね……その死神に頼まれたから、仕方なく君と同じようなことをやって水神を引き止めていた訳だけど。彼女の "もう1人の人格" はちょっと厄介だよね。導こうとしたけど、追い返されてしまったよ。しかも、あの魔力量。あのまま現実に引き戻したら、あの聖地が危うくなるのでは?』
解ってはいたし、気付いてもいた。
だからそれを抑え込もうとして、この有様な訳で(失敗している)。
『……まぁ、あの守護神ならどうにかしてくれそうだけど』
『お前は、一体……』
『彼女と同じ魔物、と言ったら驚くかもしれないね』
驚くどころか、納得の一言だった。
だから、宮本が堕転して何れこうなることを最初から知っていた可能性は高い。
『出会った時に、既にウチは気付いていたよ。だからこそ、彼女との過剰な接触は避けた。こうして一緒に "魔物の世界" に引き摺りこまれる可能性はゼロではないし、完全に引き込まれたら引き込まれたで、私まで一緒に君らに破壊される危険性があったから』
『破壊……そう、それが解らない。どうして水神独自のこの世界を自身が壊す必要があるんだ?』
府に落ちないのはそれだけじゃなかった。
本当はもっと聞きたかったのに、それを激痛に遮られてしまう。
今の私は、あまりに無力だった。
『無力? 違う……君は独りで背負い過ぎなだけ』
まるで咲九のように心を読んだ声の相手は続ける。
『少しは相手を頼っても良いと思うよ。頼りに出来ない現状だったとしても、中には君のようなお人よしも居るかもしれない。そういう可能性に賭けないと、これから先、君はまた昔のようにボロ雑巾になってしまうよ?』
『何、オレのことを知ったような口を……』
『知っているよ。だから言っている』
私は黙り込んだ。
過去に何度も見たはずの光景が、懐かしいあの日々が蘇って来る。
でも、あの時に一緒に居た仲間はもう私以外に居なかった。
他は皆、この輪廻の中に消えていってしまった。
『そんな全ての世界を恨んでいるのが "彼女" だよ』
悲しそうに答えてくれた声の相手は続ける。
『世界を――というよりは、社会を嘆いている。が、その怒りをどこにぶつけたらいいのか解らないから破壊を繰り返している……特に意味は無いのに』
『その宮本に取り憑いているのは、何だ?』
『それは君が一番に解っているはずだよ』
最後の一言で確証は得られた。
が、どうしたものかと悩んでしまう。
『わざと取り込まれてみたら良いと思う』
声の相手がその答えを教えてくれた。
が、取り込まれて帰って来られる保証はどこにもない。
まして、岸間が術式を使って成功させたら、逆に一緒に閉じ込められて永久に戻れなくなってしまう。
『大丈夫――君には大きな別の加護があるから』
そう答えた声の相手が更に私に魔力を注ぎ込んでくれる。
『それにいざという時は、ウチが現実に引き摺り出してあげる。……何、この世界は魔物同士で共有されているから、君を見つけ出すことくらいは簡単に出来るよ』
『お前は……』
『言っただろ。君の味方だよ』
そして、相手の魔力によって背中を "魔物の世界" へ押し出されたような気がした。
中は意外に広く、しかし、建物があっただろう場所には既に宮本独りしか残されてはいなかった。
その宮本が私に気付き、金色の目で怪訝そうに私を睨みつけている。
『誰だ?』
声は明らかに普段とは違う。
まるで低い機械音と高い宮本の声が混ざったような声。
しかも、勝手に発狂し、魔弾を放って来る。
それを避けてから逆に訊ねた。
『むしろ、お前は誰だ?』
が、それは宮本の発狂によって遮られてしまう。
まるで宮本が泣き喚き、体を乗っ取った相手が嗤っているかのような感覚がした私は、その立て続けの魔弾を避けながらも、その2人を分離しようと試みた。
しかし、放った魔力は少量で、私に放って来る魔弾が巻き上げる砂埃によって、当たっているか否かは解らない。
『壊す! 壊す! 全て、消えろ!!』
辛うじて聞き取れた言葉は私に疑問を持たせていた。
『全てを壊せば、お前はそれで満足するのか?』
攻撃を避けつつも訊ね返してみる。
すると、宮本は不思議と立ち止まっていた。
攻撃の嵐も何故か止んでいる。
『壊したら……本当に何も残らない。さっきみたいにお前独りが残るだけだ。それでも良いなら、オレを壊せば良い。でも、建物を壊したお前は満足したのか?』
『足りない……そう、足りない!!』
答えた宮本は魔弾による攻撃を再開した。
慌てて結界を張りつつも様子を窺えば、宮本はどこか悩んでいるようにも思えた。
『足りない……足りない……足りない……足りない…………』
「子供がモノを壊すのは、何か訴えたいことがあるからなの」
前に咲九が言っていた言葉を思い出す。
「訴えたいのに、その感情を上手く言葉に出来ないから、誰かに解って欲しくて、注目されたくて、ただただ壊しているの。だから、子供とは良く向かいあった方が良いのよ」
――そう。オレもやった。だから子供は嫌いだ。過去を思い出してしまうから。
『お前さ、少しはオレの話し、聞いてくれないかな』
私はそう答えてみた。
もちろん、反応が無いことは解っている。
だから同時に宮本の気配がする方向に魔弾を放っていた。
宮本の攻撃はその一撃を食らったのか、以降の攻撃が止む。
そして砂埃の合間から唖然とした宮本の姿が垣間見えていた。
綺麗な顔の頬を掠めていったのか、頬から血を流しているようにも見える。
その間にも、私は魔力で地面に大きな魔法陣を組んでいた。
その魔法陣を発動させる。
『サンダー・ゲージ』
正式な術名は "雷の檻"。
もっとも、英語の方が魔法使いらしくてカッコイイと感じて単純にそう言っているだけだった。
兎にも角にも、宮本は暴れることなく、その檻に囚われてくれる。
が、発狂した宮本はその檻の雷の柵に素手で触れ、出してくれとばかりに引いたり、押したりを繰り返してしまう。
その手が見る見る内に赤く腫れあがっているというのにも関わらず、宮本は止めるという言葉を知らないのか、決して手を放そうとはしない。
『おい、痛くないの――』
『ぎゃああぁぁぁぁぁ!!』
やっと悲鳴が聴こえた。
なのに、手はそのまま放そうとしていない。
『お、おい――』
『壊す! 壊す!!』
そして、咲九でも壊せなかったその雷の檻が目の前で壊される。
瞬時に魔弾を放っていた宮本の攻撃が私に直撃していたし、次の瞬間には宮本が目の前までやって来ていて、思い切り殴られることを悟った。
が、もう遅い。
防御する間もなく殴られた私は、そのまま後ろにあった柵まで吹っ飛ばされていた。
後ろと言っても、軽く20メートルくらいはあったと思う。
フェンスのお陰で助かったとはいえ、体勢を整えるのには少し時間がかかりそうだった。
殴られた腹部も痛い。
その代わり、あの時のような思念体ではないのだと思い知らされた。
『クソッ!!』
未だに魔力を注ぎ込んでくれている誰かのお陰で魔力は豊富にあった。
あの森の中での修行の時のように、魔力が尽きることを考えなくて良かったために、魔弾戦であれば勝利はほぼ確定していたようなものだった。
が、それでは相手にならないと思ったのか、宮本は早くも次の攻撃準備に入っている。
体勢的に、肉弾戦に持ち込むつもりなのだろうと解った。
ちなみに、肉弾戦では咲九どころか妖怪相手でも勝てたことは一度も無い。
――となれば、残る手は1つだけ。
先手を打って魔弾を放った。
もちろん、それは宮本の足元に放ったものだったが、瓦礫の山の上に立っていた宮本には効果的だったらしい。
一時とはいえバランスを崩したのを確認してから、私は即座にその場から撤退すべく、魔力を足に込めて一気にダッシュする。
『良い判断』
魔力を注ぎ込んでくれている誰かが私に言った。
『そりゃどうも。褒めても何も出ないぜ?』
『知っている。その先に結界があって、抜けたら森があるはず。君なら戦い慣れた森が……ね』
『舟山の悪森でも映しているのか?』
『ここは全ての魔物の理想の中だから』
そう答えてくれた相手の言葉を気にしつつも、後方から追い駆けて来る宮本との距離には注意した。
稀に宮本の放つ魔弾が飛んで来ていたこともあったが、それ以上に、水神とは思えないほどのスピードでこちらに迫って来る様は恐怖にしか思えなかった。
とはいえ、属性神の中では最速を誇る雷神なので、このままの速さであれば問題無いように感じる。(ちなみに、炎神も十分に速いらしいが速さで勝負をしたことは無い。)
『言い忘れたけど、結界はそれなりに分厚いから、足止め程度はされるかもしれない』
――それ、結界が見えて来てから言うことかなぁ?
心の声が届くか否か、既に結界は目の前まで迫って来ていた。




