204 ☉(☈) 天界崩壊までの炎神の記憶
天界での炎神は、雷神が加入するまでは属性神の中でも最強の座を死守していた。
そして、地獄に居る魂が勝手に地獄から出て行ったら追尾して最終的に連れ帰るという内容の仕事を任されていた。
ついでに、太陽神と月神という2人に各々の軌道がズレていたら指摘し、あまりに地表が熱すぎたら水神に伝えるという地界に関わる仕事も何故かついでに担っていた。
しかし、それだけで普段は凄く暇だった。
常に監視しているだけならば、何も私ではなくても、私と契約した弟子らに任せれば良かった。
私が直接手を下さなければならないのは、逃げ出した凶悪な魂の追尾と、地獄への門の傍にある牢獄の守りくらい。それも、弟子が気づいて教えてくれたら私が軽く手を捻るだけで全てが終わる。
――全然、面白くなかった。
面白くないと思い始めたのは、歴代最強と謳われた死神と出会ってからだった。
その時の死神は一歩進む度に他の住民に恐れられた程の存在だった。
もちろん、そんなことも気にしなかった私が挑んでみても、まぁ、勝てるような相手では無かった。
勝負をして、勝てないことに悔しさを抱いた私は何度も挑戦しては、敗退する。
そんな私を見ていた死神は言った。
『地界には、貴方よりも強い神が沢山居るわ』
その言葉に心を打たれた私は、天帝から許可を貰い、早速地界へと降り立った。
当時の炎神には生前の記憶にも残っていなかったためか、ほぼ初めて見た地界は凄く綺麗だった。
緑の大地に半透明の水色の川、濃い青色の海に、真っ赤なマグマ。
そして、そんな自然や人間と共に生きる妖怪や神々の姿を見て、ふと気付く。
『守るとは、そういうこと』
不意に死神の声が天界から降りて来る。
私はただ、命じられているから仕事をしていただけだった。
意志の無いはずの魂がどうして地獄を逃げ出すのか、どうして境界の牢獄などに天帝が居るのか何て、一度も考えたことなどなかった。
ましてや、誰かを"守る"という明確な意志があるからこそ、地界の神々は私よりも強いのだと知ることが出来た。
理解して天界に戻った私は、早速、その牢獄の中の存在と結界越しに会話しようと試みた。
が、そもそも相手の言葉が私には通用しなかった。テレパシーを使っても、聞いたことも無い言葉で返って来てしまう。
そのことに疑問を感じて死神に聞いてみた。
が、死神は表情を暗くするばかりで返答は無かった。
女神も、鬼神も同じ。
まるで何か――あまり良くないことを隠している気がして、私は思い切って牢獄の中に入ってみることにした。
――そして、そこで見た現実。
咄嗟に、私はソレを殺そうとした。
何度も何度も神器で切り刻んでやった。
しかし、ソレは何度も生き返る。
ソレは妙な言葉を発し、ただただ鎖で全身を固定されていただけで、私に攻撃をして来ることは一度も無かったのに、私はただただ、夢中で切り刻み続けていた。
『止めて!!』
たった一言なのに、私を制止させた存在が居た。
我に返った私が振り返ると、血相を変えた女神が祈るような格好で私を見つめている。
『ソレは "邪乃丸"。新たな属性を司る鬼です』
『これが、鬼だと??』
私は答え、ソレを振り返る。
私と同じ鬼だというソレは、既に鬼という原形を留めてはいなかった。
それどころか、全身がドロドロに融けて妙な異臭と黒っぽい煙を放っている。
『新しい属性とは?』
『地界の者の言葉で "悪" と』
女神の返答に納得しつつ、私は女神を振り返る。
『人間が私達に祈り、天帝が叶えた結果に――彼が新たな属性として生まれました。ですが……』
『……見た者を狂気に駆らせる魔法でも使うのか?』
『いえ、今の貴方の体を見てみて下さい』
答えた女神は私から目線を逸らす。
気になって自分の腕を見た私は驚愕した。
いつの間にか黒い筋が模様のようになって浮き出ている。
更に、持っていた鏡の神器で自分の顔を見て驚いた。
『何だ、これは?! 顔まで黒い模様が……!!』
『彼は出会った者へ "アク" 属性を追加で付与してしまうのです』
女神の言葉に訳が解らなくなった私は女神に掴みかかってしまう。
が、女神はそれでも平然と、しかし、どこか悲しそうな表情で私を見つめている。
『もっとも "アク" 属性は属性神の属性、水、風、炎、地の前には弱体化します。なので、属性神ならば近付いても大丈夫だろうと――そう思い込んで、貴方の行いを黙っていました』
『……これから、私はどうなっていくんだ??』
炎神の座を引き摺り下ろされると思った。
諦めかけていた私はそう訊ねていたが、女神は頭を横に振る。
『ここでの出来事は、私からは何も言いません。また、ここの牢獄から出れば、貴方のその模様も消え失せるでしょう。ですが、これからどのような変化が貴方に訪れるのかは、私でも解りません』
『どのような変化って……』
そう言いかけて、私はゾッとして女神を突き放し、背後のソレを見た。
『まさか、アイツみたいに融けるのか?!』
『……可能性は、ありえます』
『女神は、だから今まで、守ることに何も感じなかった私にこの場所を守らせていたのか?』
『……ごめんなさい』
全てを理解した。
そして、女神を見た私まで黙ってしまった。
『……ろ、す……』
不意にそんな声がした。
私は恐怖に感じて身震いする。
背後から、猛烈な殺意を感じ取れた。
それがソレから放たれるモノだと知って、更に恐怖する。
今まで聴き取れなかった言葉が、嫌でも耳に入って来る。
『殺す。殺す。お前、殺す。……』
その日以来、私はソレの存在を頭から消すことが出来なくなっていた。
無性に会いたくなって、行く。
でも気持ち悪くて、ソレが言葉を発しなくなるまで何度も神器で切り刻む。
そして安堵して外に出るものの、ソレの声は日々、私の心を蝕むようになっていた。
そして気付けば、属性神は全員で邪乃丸を虐めていた。
が、そのことに気付いたのは既に邪神が天界を破壊し始めてからで、時既に遅かった。
それを見て見ぬフリをしていた女神、死神、そして天帝をも恨んだ邪神は、最終的に天界の結界、そのものに手を出した。
もしも敵が邪乃丸だったら、属性神の術でその身を封印しなければならなかった。
もしも敵が邪神だったら、属性神の神器で核を取り出し、倒さなければならなかった。
どちらにしても、私らは重要な鍵になっていた。
でも、この属性神の分類には雷神は含まれていない。
だから永瀬も如月も、雷神を引き継いだ者はずっと苦痛だったのだと思う。
解っているのに、話せないどころか理解すらされないこの現状にヤキモキしていたのだと思う。
元はと言えば、大半は雷神が来る前の話しなので、この一件は雷神以外の属性神の所為。
だから雷神以外が責任を負わなければならなかった。
だけど、本音を言えば初代の属性神が終わらせておいてくれたら良かったのに、とも思ってしまう。
それが難しかった要因の1つが、天界生まれで天界育ちの神には、感情そのものが希薄だったからだと思われた。
希薄な感情の所為で、相手を思い遣る心は持ち合わせていなかった。だから自分の地位を守る為にそのような残忍な行動に出てしまった。
更に言えば、この件も次世代に引き継いでしまえば関係ないと思っていた無責任の節もあるように感じ取れた。
永瀬から受け取った術式の文字を読みながらも不意にそう思った私は、奥の椅子に座って考え込んでいた永瀬にこのことを話していた。
いつの間にか永瀬も顔を上げて私を見て、真剣に聞いてくれているのだと解る。
「無神経だからこそ、神は何も知らずに "悪" 属性を生み出したんだろ」
永瀬は答え、肩の力を抜いて腰掛に寄り掛かる。
ギシッという古い椅子の音がした。
「心が希薄だから、関係が希薄だから、とりあえず人間が切に祈ったモノを生み出した。その結果、危険だと判断されて身勝手にも邪乃丸は拘束されていたんだろうな、多分」
「そう考えると……私は、凄く酷いことをした気がする。だって、もしかしたら、彼は私らと同じように普通の生活を送りたかっただけなのかもしれないのに」
「まぁ、最初に拘束したのは、他ならぬ天帝なんだけどな。そうじゃなかったら、天界から派生したばかりの境界の一角に、あんな高度な結界が集結されたような牢獄は誰も作れないだろ」
そう答えた永瀬に私は溜め息をついてしまう。
「でも、最初に接して攻撃してしまったのは私だから……」
「その前から、女神が攻撃していたらしいけどな」
「……え?」
思わず耳を疑った。
新しい属性を生み出すのは、否、様々なモノを生み出すことが女神と死神の仕事だった。
死んで漂う魂に新しい体を見つけてあげ、新しい生命として誕生させることも、人間の祈りや願いから適切な神と物資を派遣して新しいモノを誕生させることも、全ては女神と死神の匙加減で成り立っていた。
だから、新しく邪乃丸が生まれたことも、もちろん女神と死神の仕事の1つだと思っていた。
「当時、まだ新任だった死神は、しかし人間を良く知っていたが故に、邪乃丸の誕生には反対していたらしい。が、推し進めたのはベテランの女神だった。その結果、女神は彼を見て嘆き、そして何度も殺そうとしたらしい」
「……何で、雷神のアンタがそのことを?」
「咲九の手記に書いてあったから、だよ。何で咲九がそのことを知っていたのか、までは解らないが……まぁ、過去に死神をやってたから過去の死神の記憶があったとか、そのあたりじゃねぇの? そこまではオレも知らないが、兎にも角にも、女神自ら生み出したのに殺そうとするとか、おかしいだろ。その時の女神を見て嘆いた死神が、"欲に堕ちて転じた" という単語を使ったことから、いつしか堕転という単語が生まれたらしい」
「でも、反対していた死神は最初からどんな存在が生まれるのか解っていた、ということ?」
「だろうな。だから引き止めた。もっとも、地界出身だった当時の死神は同情して邪乃丸と何度か対等に会話をしていたらしい」
「私では言葉、通じなかったのに……」
「炎神が初めて行った時点では、既に女神には嫉妬心があったから、その言葉が届く前にその女神の嫉妬心で捻じ曲げられたんじゃねぇの? 炎神が聴き取れないように、さ」
そう答えた永瀬は体を前に起こした。
「女神がどうしてそこまでに堕転したのか、その理由は解らない。でも、恐らくは邪乃丸が自身を自覚するまでその牢獄で守りたかったんじゃないかと思ってる。でも、邪乃丸は言うことを聞かなかった。だから仕方なく拘束した。要は過保護な親心みたいなモン? まぁ、オレは女神じゃないから真実は解らないが」
私はパパを思い出す。
パパが私を家から出さなかったのと同じと考えれば――なるほど。理解も出来る。
「じゃぁ、女神の "邪乃丸を守りたい" という願いを境界という牢獄という形で叶えたのが天帝じゃないかって永瀬は言いたいのね」
まとめてから私は溜め息をついた。これで大体の事情は解った。
でも、今やるべきは、そんな会話ではない。
「で、話し変えるけど……」
「ん?」
会話しながらも眺めていた私は、その1枚の古ぼけた紙を永瀬に見せる。
「この術式、解読して理解はしたんだけど、契約者のところにも "神以上の魔力を豊富に用いる、覚悟せよ" って忠告文がここにあったんだけど……今の永瀬じゃ、無理じゃない?」
「……そこは、何とかなるでしょ!」
「いや、無理だと思うよ?!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「まして永瀬じゃ、条件が合わなさすぎるし……」
「条件?」
「術者と契約者との相性、が、永瀬だと条件に合わないの。術者の属性に弱い属性、又は大元と相性が良いことが最低条件みたいで、雷じゃぁ水や炎と何の関係も無いから……」
と言いながらも、風属性の風見のことを思い出す。
「やっぱり、風見か」
思い描いた人物を永瀬に言われて頷き返す。
「どちらにしても、術者として意見するならば、風見以外に適任は考えられないんだけど……どうする?」
「……まぁ、そういうことなら風見に担ってもらうしかないだろ。それに、宮本のことも一番想ってくれている訳だしな。成功率だけで考えれば、オレよか条件にはピッタリだろ」
その永瀬の答えに安堵してから、何かを思い出したように永瀬が口を開く。
「あのさ、」
「……何よ?」
「オレのこと、遠音って呼んでも、良いんだぜ?」
その一言に私が唖然としてしまう。
急に何を言い出すかと思えば!と思いながらも、嬉しくて飛び跳ねそうになる気持ちを抑えていた。
その代わりに、ニヤニヤして答えてやる。
「なぁによ、急にデレちゃって」
「いや……デレとかそういうんじゃなくて……」
永瀬が、否、遠音が恥ずかしそうにしていないことに疑問を感じなかった訳ではなかったが、それでも私の言葉は止まらない。
「前は嫌がってたくせに、どんな風の吹き回し? それとも、仲間の自覚が芽生えちゃった?」
「いや、単純に、オレが本谷のことを”紗穂"と呼んでいるように、お前のことを"香穂"と呼びたいから、というだけなんだが……」
その平然とした遠音の発言に、私はガックリとうなだれることしか出来なかった。




