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197 ☴(☉) 怠けたい

 私は2人のようにスムーズに先に進めた訳ではなかった。

 実は核がまだ足りないと言われ、持っていないと示しても、思い当たるモノを提示しても、頭を横に振られて溜め息をつかれてしまう。


 多分、無意識に核を封印してしまっているのだと思う。

 そうすれば、先に進まなくて済むのではないかとどこかで思ってしまっている所為だと思う。


 でも、それらを解っていたとしても頑固な封印は解けそうにもなかった。


『呆れた人』


 不意にそんな声が心の中に聴こえて来た。


 私は驚いて周囲を見回すものの、ここは校庭の一角で今は誰も居ない。

 もちろん、気配もしない。


『少しは休まないと、根を詰めても出て来ないと思うのだけど』

『……誰?』

『誰だって良いでしょう? 貴方には関係の無いことだから』


 ――その言葉に惑わされてはいけない。


 心の中でそう思った私は無視することにした。


 悩んで、悩んで、とにかく悩んで取り出して、を繰り返す。


 何者か解らない声は諦めたのか、それっきり声をかけてくることは無かった。

 が、逆に気になってしまう。


『貴方は誰? どうして私に話しかけてきたの?』

『……無視したのに、聞くの? 無視し続ければ良いでしょう?』

『確かにその通りね。でも、気になったの。貴方は誰?』

『……答えるのは、面倒』


 そう言われた瞬間、急激に体が重くなった。

 そして、その場に座らせられる。


『何を……』


 ――したのか。


 聞きたかったのに、聞けなかった。

 どうしてなのか、理由は解らない。


 でも、何もかもが、どうでも良く思えて来る。


 過去も、風神も。

 私では無くても、世界は変えられるのではないか。


 と思い始めた時だった。


「その声が "もう1人の自分" よ」


 目の前に、空を飛んでいたらしい岸間さんが上から降りて来た。

 手には、千尋も大好きな唐揚げ棒を持っている。


「この手の話しが出来たということは、出会っちゃったんでしょ?」

「もう1人の……自分?」

「堕転した人なら誰でも持ってしまう、普段は奥底に眠っているだけの、自分の素直な欲望に取り憑かれた方の自分。私は "憤怒" ならぬ怒りの象徴のような "もう1人の私" だったけど……その様子だと、怠けの象徴っぽいね」

『煩い……』


 私の中から声が漏れた。

 なるほど、これが私の真の欲望なのね。


 納得してからもう1人に話しかける。


「私が千尋や兄上を救うまでは、怠けることは出来ないの」


 そう言いながら目を閉じる。

 本当はこのまま永遠に眠ってしまいたいほど、体は凄く疲れていた。


 でも、今はまだ出来ない。

 気力だけで動いていることも、解っている。


 もう1人の私は寂しそうな目線をこちらに向けた気がした――まるで過去の私。


「これが全て終わったら一緒に怠けましょう? これは、貴方と私の約束」

『……貴方の体が悲鳴を上げていることは、間違いの無い事実よ。だから、少しは休んで。そうしないと、全てが終わる前に貴方が死んでしまうから……心配なの』

「優しいのね。でも、解ったわ。休憩を挟みながら進むことにするわ」


 もう1人の私が頷いて消えたのを確認してから、ゆっくりと目を開けた。

 岸間さんは微笑みながら私を見つめている。


「欲望に言い聞かせるとか……凄いね?」

「えぇ、まぁ……」


 そう答えながらも、内心ではヒヤッとしていた。


 事実を言えば、確かに風神だと自覚する前の私は、もう1人の私のように怠けたいとばかり思っていた。修行よりも兄上と一緒に居る時間が楽しくて、だから修行も頑張れただけ。

 誰も私のことを見ていなかったら寝転がってずっと眠っていたと思う。


 そんな私の一面を知られてしまったのではないか――そう思ったら恥ずかしかった。


「岸間さんが来なかったら、私、ここで眠ってしまっていたかも……」

「大丈夫。きっと何度でも、私が起こしに来ていただろうから」


 笑顔で岸間さんが答えてくれた。

 それが何故か嬉しくて、私まで笑顔を返してしまう。


「ところで、永瀬を知らない?」


 岸間さんは唐揚げの1つを食べながら私にその質問を投げかける。

 が、私が首を傾げた。


「永瀬さん? うーん……こちらには来なかった気がするわ。見かけたら、探していたことは伝えられるけど?」

「そう。ありがと」


 答えた岸間さんは、早くも図書館のある建物の方へと向かって行ってしまった。


 ――そう言えば、少しはお腹が空いているのかもしれない。


 お腹の虫が私に返答してきたが、


「もう1時間だけ、頑張ってみよう」


 時計台の時間を確認しつつ、そう自分に言い聞かせていた。


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