195 ☈ 予期せぬ会話 (*)
「う、う……うーん……」
宮本が唸り始めてから1時間くらいが経っていた。
その原因を知った私は諦めて職員室の椅子から立ち上がる。
現状の宮本の体を治しても、出て来るのは恐らく "もう1人の人格" 。
その人格の求める欲望が解らない限り、下手に表に出すことは危険だった。
だが、あまり時間は無い。
そもそも、その術式を完成させるには岸間の力が不可欠だった。
その岸間が紗穂に合わせてゆっくりとしているのでは話しにならないし、紗穂のことを思えば手伝わせるのも気が引ける。
『どこに行くの?』
少し離れた位置に居た守護神の質問には答えなかった。
黙ったまま職員室を後にする。
もっとも、守護神ならオーラから位置を特定することが出来るはず。
――こういう時、咲九だったらどうするんだろう。
そう思った時、不意にあのピアノのことを思い出した。
咲九が前に言っていた、森を守る為に祖母が魔力を蓄えた白いピアノ……思い出しただけで懐かしく感じ、足は自然とそこに向かっていた。
咲九と同じ方法で鉄格子を外し、中に入る。
そこはやはり、変化していなかった。
まるで時が止まってしまったかのように、白いピアノは健在し続けている。
あの底側にある如月の文字をなぞったあの日を思い出しつつ近寄れば、不意にそのピアノが森と同じオーラを放っていることに気付いた。
「……これ、もしかして、出口か?」
思わず言葉にしながらも、その濃いオーラが溢れる箇所、ピアノの重そうな蓋を持ち上げてみた。
すると想像通り、弦があるはずのそこには森の緑の映像が広がっていた。
懐かしい森の匂いが、天界の匂いが香って来る。
しかも、今でも結界の主と封印されていた子が守ってくれているのか、結界のお陰で靄は全くかかっていない。
――ここからなら、声が届くかもしれない。
『聴こえるか?』
私は森全体に聴こえるように話しかけてみた。
が、しばらく待ってみるものの、返事は無い。
『……聴こえないのか? オレだよ!!』
『オレオレ詐欺には誰も引っ掛かりませんよ!!』
返事があった。
その声に心当たりがあって目を丸くする。
『蓮……なのか?』
『それ以外に誰が貴方に返事を返すんです? あ、ちなみに、貴方の大声は恐らく僕以外には全然届いていませんよ。それも鳥居に座っていたから偶然にも聴こえただけですね。だから現状、僕以外には誰にも聴こえてはいない、と思った方が良いでしょうね!』
そう答えた蓮の気配を追ってみたものの、途中で途切れてしまって解らなかった。
やはり、境界の中からでは難しいのだろう。
『森に戻って来ていたのかー!』
『一時ですが、ね。流石に外部の靄の中、魔力を消費してまでも動こうとは思いませんから』
しかし、蓮のその声に安堵していたことは嘘では無かった。
蓮が居るのであれば、森はまだ守られている事が解る。
それだけで不思議と安心出来た。
『ちなみに、この靄は貴方がそこから出て来る頃には晴れると思いますよ』
『ということは、誰かが術者を?』
『まぁ、そういうことにしておきます。ただ、靄が晴れた時の方が危険だということは、貴方が良く解っていると思いますが』
靄が晴れたら黒い仮面で溢れ返るだろう。
そうなれば、残されている結界への集中攻撃が予想できる。
結界が無くなったら、中に居る者は虐殺される――そこまでは理解していた。
だからこそ、靄の術者を下手に叩いてはいけないとも思ってはいた。
『もっとも、属性神がそこに入ってしまった時点で術者の役目は終わりですからね。こちらが何もしなくても、術者は里の主によって殺されていたでしょう。ですが、それが執行されるまで1日はかかると判断した者が、それでは遅い、各地に居る結界の守護神が持たない、と計算して倒しに向かった、という感じですね』
『なるほど。でも、更なる危険が迫る、と』
『その者の計算では、各地の守護神が残れば、少なくても今の半分は生き残る計算です。靄が続いた場合はほぼ全滅ですが……それよりはマシだということです』
――咲九なら、こういう計算をして最善策をとるだろうな。
そう思ったら、途端に勇気が湧いて来た。
外では私らを信じた多くの超能力者が世界を守ってくれている。
その分、私らは確実に神器を手に入れて戻らなくてはならないのだと思った。
それが私らの役目――否、私の役目。
私はただ、他の4人を守りながら未来に導けば良い。
――私を導いてくれた咲九も、同じ気持ちだったように。
こっちの現状を蓮に伝えながらも、私は半ばヤケになっていた。
それが私の役目なら、私は4人を守るだけならば、何も私では無くても良かった気はする。
だけど、私では無いと出来ない役目だったと言い聞かせた。
特に、宮本に関する調査は私では無いと時間に余裕が無い。
『……一応、言っておきます』
話し終えた後に蓮が言う。
『その術式を使う前に、水神のネックレスは絶対に外しておいて下さい』
どうしてそのことを蓮が知っているのかは解らなかった。
が、それよりも発言の意図に疑問が湧く。
『……どういうことだ?』
『 "もう1人の人格" の魔力で、真の属性神に変身されてしまっても困るでしょう?』
そう言われて、凄く納得していた。
『でも、ネックレスを外しても、変身が出来ない訳では……』
『とにかく、外しておいて下さい。それだけで全然、違うはずですから。あと、出来たらネックレスは守護神や属性神以外に預かってもらうと良いですよ。その点、お姉さんでも構いませんが』
そう答えた瞬間、嫌な気配が急速にこちらに向かっている気がした。
『気付かれてしまったみたいですね』
蓮の答えと同時に、どこか遠くで魔弾を放った気配を感じ取っていた。
恐らくは蓮とその存在が対峙したのだろう。
『蓋、閉めて下さい。こちらで対処しておきます』
そう言われてしまったら、どうしようもない。
私はそっと蓋を閉じながらも返答する。
『迷惑をかけてすまん……そっちに戻れるまで、世界を頼む』
こうして久々の楽しい蓮との会話に終止符が打たれてしまう。




