193 ☉(☈) 突きつけられる現実
私に課せられた条件は、そんなに難しいことではなかった。
どちらかと言えば、面倒臭いというのが正しい。
RPG風に言えば "お遣いクエスト" 。
守護神から貰ったメモを見ながら次の教室に入る。
ここでは黒板消しらしい。その中から魔力だけを抜いて渡された小瓶に詰めるという、繊細な作業を要される内容。
モノに溜まった魔力を抜く時は、モノの物質としての脆弱性も考慮して、糸のような細さに紡いで力を入れ過ぎずに引っ張り出す必要がある。最初の紡ぐ加減さえ間違わなければ、あとは同じ力で引っ張り続けるだけなので、慣れればそこまで難しくはない。
ただ、それだけ時間もかかる。
一通りのお遣いを終えた私は、急ぐことも無く外に置かれていた椅子に座って校庭を眺めた。
報告に戻る前にひと休憩したかったのもある。
が、守護神の言っていた言葉が引っかかっていたから。
『貴方はほぼ全ての条件を既にクリアしているの。あと3つだけ、事実を知る為の誘導をするわ。でも、誘導だけで真実は貴方が掴まなければならない。だから、覚悟しておいて』
覚悟何て既に出来ている、そう心の中で呟き返した。
その上で、私はここに来たのだから。
でも、紗穂里は違う。
紗穂里が覚悟する前に真実がどんどん押し寄せてしまったのだろうと思ったら、途端に申し訳なく思えた。
本来なら、私が紗穂里を気遣って進むべきではなかったのかもしれない。
だけど、もし私が先に進まなかったら、紗穂里がここに辿り着かなかったら、私は凄く後悔していたと思う。
それは、もしかしたら紗穂里と風見より記憶が蘇っている証拠なのかもしれないけど――そのあたりの真実は解らない。
何て思っていたら、永瀬の姿が見えた。
永瀬も暇を持て余していたのか、普段なら私独りの傍には来ないはずなのに近寄って来る。
「そんなところで、何やってんだよ」
永瀬の髪は白色になってしまっていた。
白……よりも薄い黄色、クリーム色というあたりだろうか。
だけど、私はこの現象を知っている。
炎神が前に教えてくれたから。
「魔力を相当、消費したみたいね」
「まぁ、仕方ない」
永瀬はそう答えて、空いていたもう1つの、向かい側の椅子に腰を下ろしていた。
「術を試したら、どこかで一旦、休憩するつもりだったんだ。そういうお前は……こんなところで何してたんだよ?」
「ただの考え事」
「どうせ紗穂のことだろ?」
バレていたことに驚いたものの、仕方なく頷き返した。
尤も、天界でもこうして会話をした記憶はある。
だから解ったのかもしれない、何て思いながらも背凭れに寄り掛かってから答える。
「紗穂里を無理に付き合わせてしまったかな、ってね。地神だから何れ巻き込まれていたとしても……まだ、時間はあったような気がして」
「……そう思うのか? この現状で?」
永瀬はそう答えてポケットから1つの透明な魔法石を取り出していた。
そこに真っ白の空間が映る。
「紗穂だと興味持たれそうだったから見せなかったが……リュウ様が残して行った魔法石が、どうやら漫画やファンタジーでいうところの水晶のような役割らしく、地界の様子を映し出してくれるモノらしい」
「……真っ白ね」
「あぁ。これがどこの景色か、解るか?」
「いや、真っ白過ぎて解らないし!」
「あぁ……それもそうか。実は、結界に守られているはずの神社なんだ。まぁ、集合した所の、ではなく、東都でも地元の所の、だが」
私の中に疑問符が浮かぶ。
「神社なら、結界に守られているはずじゃ……」
「オレが森を出る前までは、映された場所には多くの避難民が固まっていたんだよ。それが、今じゃこの有様で変化無し。どういうことか、解るか?」
「……つまり、術者の力が強まって、結界を突き抜けて靄がやって来ている……ということ? あれ? でも普通の人はこの中じゃ動けないって……」
と言ったあたりで遠音が頷いた。
それを見て、私も何となく、察する。
嫌な予感がした。
「……動けないだけで、死なないわよね?」
「いや、残念だが……」
「……そう」
諦めるしか無かった。
そして、一時的に避難させてもらっていた神社が無事であることを願った。
永瀬が紗穂里に魔法石を見せなかったのは、紗穂里に家族を心配させないためだと思われた。
現実の世界を知った紗穂里がどんな行動を起こすのか、それは私にも解らない。
だから、敢えて言わなかったのだと悟った。
「解っていながら黙っているオレのことを、お前はどう思う?」
不意にそんな質問を投げられた。
永瀬はその魔法石を仕舞いながら私をチラチラと見ている。
「どうって……優しいな、くらい?」
「卑怯者だとは、思わないのか?」
「それを知ったら、あの子、どんな行動起こすか解らないし。黙っていた方が良いでしょ?」
そう答えれば、永瀬はなるほど、何て納得の頷きを返していた。
だから訊ねる。
「もしかして、永瀬も怖いの?」
敢えて "永瀬も" と言った。
紗穂里だけじゃない――私も、恐怖心が無いと言えば嘘になる。
炎神という、得体の知れない何者かに成ってしまうのではないか、という不安もある。
でも、永瀬はきっと、私よりも長く恐怖と戦っているのではないか。
「未来では無くて、事実を言えないことに対して、私らが永瀬のことを卑怯者だと思っているんじゃないかっていう不安と恐怖。それを抱えているから、私らからそんなに距離を置こうとしているの?」
「……まぁ、そんなところだな」
そう答えた永瀬は、何故か遠くを見つめていた。
「如月は――アイツは、色んな事実をオレに残してくれた。本当は、如月が居ない現状が凄く不安で……本来なら、オレが先導して皆を引き連れて行かなくてはいけないんだと思ってる。だが、完全な属性神ではなかったからか、その役目は担えないんだよ、オレでは」
「別に遠音でも良い様な気がするけどね、私は」
「いや、そういう問題じゃないんだ。何というか……そうだな、権限がない、で通じるか?」
永瀬の言葉に疑問の表情で返す。
「権限?」
「あぁ。属性神は、大元は4人だけだった。雷神はまだ4人に認められていなかったから、4人ではないと出来ない権限がある。多分、如月はその点を考慮して、どんな事情かは知らんが如月が4人を導いてきた今までの事実と、予言にも似た手帳を引き継いでくれたんだと思う」
答えた遠音は溜め息をついた。
「だから、正直に言えば、焦ってもいる」
「何で焦る必要が――もしかして、千尋、そんなに危険なの?」
永瀬は黙って頷いた。
それが正解なのだと知って、私は愕然とする。
「聞いて無いよ、それ! 危険なら、もっと早く言ってくれたら……」
「だからお前にはこうして話ししてるんだろ?」
その一言に唖然とした。
どうやら永瀬は私を影ながら認めてくれていたらしい。
そう思っただけで感動してしまったのだと思う。
が、次の一言で何も言えなくなる。
「ただ、焦った分だけ、先に進めなくなる奴もいるだろ?」
永瀬は紗穂里の恐怖心のことも気付いていたのかもしれない。
だから、敢えて言えたはずの事実を紗穂里に言わなかった。
これまでの永瀬なら、自分には関係ない、で断ち切られていた気がする。なのでここまで永瀬を成長させた如月は、本当の意味で凄い指導者だったのだろうと思った。
とはいっても、如月を避けていたことを今更後悔しても、もう遅い。
「はっきり言えば、宮本の次に危険なのは紗穂だ。アイツだけはまだ過去に一度も堕転していないし、お前よりも "日も浅い"。だから今も堕転して悪い方向に堕ちる可能性を秘めている」
"日が浅い" ――輪廻の期間のことか。
そう悟ったら、これには素直に驚いてしまう。
「まさか、紗穂里が……?」
「やっぱり、思い出してもこの点には気付いていなかったか」
永瀬は答えて大きな溜め息をついていた。
確かに、過去の私が知る限り、紗穂里は一度も堕転したり、暴走したりすることはなかった。
千尋か私の2人が大半で、それ以外の時を炎神自身は知らない。
永瀬の話しでは、風見も永瀬も過去に一度は確実に暴走したことがある、とは言っていた。
私が知る限り、紗穂里は誰かが暴走する前に殺されていることが多かった。
「ここに来る時、本当は女子校側の大聖堂の地下を通れたら良かったんだがな。あそこを通らなかったのは、紗穂がまだ過去に堕転していないかもしれないことに気付いたから通れなかった、というのが正しいんだよ。瘴気で堕転しても悪い方向に堕ちるだけだからな。そこから共存状態に成れるか、と聞かれても解らないし」
「瘴気と、神毒と、堕転と。……やっぱり、関係性があるのね?」
「あるにはある、が……ちょっと複雑なんだ。オレも完全には理解していないから、説明が難しい」
そう答えた永瀬は、しかし、うーんと悩んではくれていた。が、
「十分だよ」
私はそう言って悩ませることを止めさせた。
何となくは解っていた。
瘴気は気体。
神毒は瘴気と何かを混ぜた化合薬。
その神毒による吸血鬼化は、恐らくは堕転のこと。
堕転して瘴気を撒き散らすようになることを、悪鬼や悪神と呼称しているのだと思う。
今はまだ世界で統一されていない為か様々な呼称をされているだけで、輪廻しない未来に進めば、何れ言語は統一されることになるかもしれない。
何故かは解らないものの、目前の永瀬は驚いて私を見ていた。
「お前らしくもないな。普段ならしつこく聞いてくるのに」
「そうね。でも、今は良いや。それよりも、永瀬はゆっくり休みなよ」
そう答えて私は永瀬より先に立ち上がることにした。
そして、偶然にも目線は足元へ向いたことで、永瀬の足の怪我に気付く。
前にパパが言っていた――禁術を使うと肉が削がれる、と。
そして、如月家は禁術の使い手。
このことから、永瀬は禁術を使ったから魔力不足に陥っているのだと悟った。
でも、治癒の術を持たない私では何もしてあげられない。
しかし、今の永瀬には十分な養生が必要だとは理解した。
「付き合わせて、ごめん。私、そろそろ行くね」
そう言って、永瀬を置いてその場を後にした。




