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191 ☴(☉▲) 空元気

 特に変哲もない、普通の人が見れば普通の塔の底。何もない物置部屋。

 そこの中の、小さな空洞に各々のソレはあった。


 あの廃病院で見つけた箱と、同じくらいの大きさで出来た結界の箱。

 私達だからこそ、本来の持ち主だからこそ、自分の箱がどれなのか見えたのだと思う。


 手にした核はとても小さかったものの、確かに風神の特徴とも言える風の、緑色の魔力を放っていた。


 2人がそれを大切にしまっているのを見つつ、疑問に思って2人に訊ねる。


「核は3分割までで、それ以上だと危険だと聞かされていたのだけど……どうして私達の核はそれ以上に分裂しているのかしら?」

「確かに、封印されていたにしてはおかしいデショ」


 本谷さんは答えながらも私を見て首を傾げていた。


「それとも、3分の1以上を所持していれば、どのくらいに割られても良い……ということかのかね?」


「危険を承知で、過去の私らが自らの意志で分割したからよ」


 そう答えたのは岸間さんだった。

 2人で見れば、目を眩しく感じるほど金色の輝きを放っている。


 どうやら神様としての記憶を思い出すほど、その輝きは強くなるらしい。

 そう言えば、如月さんも今の岸間さんくらいに輝きを放っていた気がする。


「だんだん、思い出してきたわ。だけど、どれも凄く辛くて……ごめんなさい……」

「香穂里?!」


 そう言った岸間さんは座り込み、それを支えるように本谷さんが肩を抱いてあげていた。

 私は何も出来ずに茫然としてしまう。


 あの岸間さんが、泣いている。

 信じられないくらいの大粒の涙を流していた。


「思い出して来たって……私達、まだ思い出せていないことがあるというの?」

「あるわ、いっぱい……核は、死神が、ここに封印していた、みたい」

「死神……如月さんが?」


 本谷さんの質問に小さく頷いた岸間さんは続ける。


「あまりにも辛いから……未来の、今の私らに引き継ぎたく無くて、分割させたみたい。自らその部分を封印した2人は、覚えていないかもしれない。でも、それで良いと思えるほど、私らの経験した過去は辛過ぎる。水神もこれを覚えているから……だから、過去にも高確率で堕転した。千尋が目覚めない理由も、ここにあったのね」


 岸間さんは一気に答えて涙を拭いていた。

 意味は解らないまでも、過去に輪廻を繰り返してしまった理由が含まれているらしい。


 そして、岸間さんは顔を上げてからゆっくりと涙を袖で拭う。

 もう大丈夫、ありがとう、という態度をとって本谷さんに伝える。


「堕転した千尋も過去を知っていたから、こんな世界なら崩壊してしまえば良いと強く願っていたみたい。でも、この世界に来て沢山の人の優しさに触れた。沢山の人を、特に風見のことを守りたいと思った。なのに、この世界は何れ崩壊し、過去に戻る。それが嫌で自ら閉じ籠ってしまっているのだと思う」

「辛い過去が……そこまで教えてくれたの?」

「……要約すれば、そういうことになるかな」


 何かを言おうとした岸間さんだったが、諦めた様子でそう答えてくれた。


 あぁ、()() だ―― "世界の何とか" による呪術が邪魔をして、本来の言葉を私に伝えられなかったらしい。


「だから、永瀬が千尋の体を治せたとしても、今までの千尋が目覚める訳じゃない」

「そんな……」

「永瀬はそこまで解っていたから、敵が来ないこの場所を選んだのだということまでは、理解出来たけど」


 そこで言葉を止めた岸間さんが目を細め、渋い表情をした。


「今見えたことをどう伝えれば良いのか解らないけど……とりあえず、私らは早急に神器を手に入れた方が良いみたい。多分、私らがここで手に入れた核は、その神器を私らが入手するのを待っているのだと思う。何か大きなことを神器やこの核が知っている気がするわ」




『……内2人は正解よ』


 職員室で核を無事に見せた私は喜びを隠し切れずに思わずニンマリとしてしまう。

 岸間さんは両手を合わせて驚いた表情をしていたし、本谷さんに限っては飛び跳ねて喜びを現していたから、そのくらいなら喜んでも良いのだろう。


 が、これは1つ目――まだ最初の一歩を踏み出したばかり。


『次の条件は、1人ずつに伝えるわ』


 守護神の返答に、私達はほぼ同時に固まっていた。そして、思わず互いを見合う。


『安心して。内容もバラバラだから』

『いやいや! 今のは不安で固まったのデショ!』


 思わず本谷さんが守護神にツッコミを入れていた。

 それを見ながらも、私は守護神の結界から出ようとして背中を向けている。


『風見さんっ?!』


 呼び止められて振り返る。言いたいことは解る。――だけど。


『不安でも仕方ない、でしょう? ここから出ないと次に進めないのであれば、そうするしかないでしょ?』

『でも……』

『条件は、その神器の意志でもあるのですよね?』


 振り返りながらも守護神に訊ねれば、守護神はゆっくりと頷いていた。


『えぇ。そうじゃなかったら条件をクリアさせる為の私はここに居ないわよ』

『紗穂里、神器は絶対に必要になるよ』


 岸間さんはそう答えながら本谷さんを見た。

 でも、その金色の目がどこかで悔しさを伝えている。


『神器を手に入れたらまた一緒に行動出来るから……今は守護神を信用しよう?』

『……解りたくないけど、解ったデショ』


 渋々、本谷さんが守護神に背中を向けてくれた。



「私達の中で一番大人なのは、岸間さんね」


 結界の外で待つことになった私達は、2人で職員室の隅にある長椅子に座っていた。


 静か過ぎる空間で待たなければならないことは、今の私には凄く辛いことだった。まるで病院で順番待ちをして名前を呼ばれるのを待っているかのようで。

 でも、過去に比べたらマシなのかもしれない。


「香穂里が……大人?」

「過去の辛い部分を思い出したからかもしれないけど、私では、本谷さんにあの言葉は言えなかったと思う。他人を思い遣る言葉は、すぐには出て来ないもの」


 岸間さんは本谷さんを想って、守護神を信用しよう、と言った。


 本心では一緒に居たかったと思う。不安だったと思う。

 でも、それを我慢した。


「……風見さんは、怖くは無いのデショ?」

「怖いわ、凄く」


 本谷さんの質問に答えながらも、目を閉じて自分の心と向き合う。


「でも、千尋を助ける為にも、私は未来に進みたいと思うの。千尋だけじゃない……千尋の家族も、千尋を支えてくれた周囲の住民の方も、私は助けたい。その為にも神器が必要なのは解っていたから、今は神器を手に入れたいと強く願っているわ」


 と言っても1つは既に持っている。

 でも、これは風神専用の元祖神器ではないことくらい理解してはいた。


 岸間さんのアンクも、恐らくは専用ではない。


 元祖神器が重要な役目を担っていたことだけは記憶に戻って来ている――それがどういうモノなのか、までは解っていないけど。


「……ボクは怖いよ」


 そう答えた本谷さんは大きな溜め息をついていた。


「風見さんや香穂里のような魔術の種類も知らなければ、遠音のように卓越した能力がある訳でもないから……」

「それは……」


 確かに、と思ってしまったから次の言葉は出て来なかった。


 そこに結界から岸間さんが出て来る。


「言い訳だよ」


 そう言って本谷さんを見た。

 本谷さんが驚きと喜びで目を丸くしている。


「普通に会話しているから、結界の中までだだ聴こえだったわよ?」

「あっ……」 「え……?」

「私だって怖いよ? でもさ、私らが前に進まなかったらもっと怖いことが待ってるんでしょ?」


 そう言われて思い出したのは、過去に何度も繰り返した世界の崩壊のことだった。


 世界が崩壊して無に返る。

 その瞬間、誰もが永遠の死と無念や後悔や懺悔などを脳裏に過らせた。


 死んでしまったら全てが終わる。

 ただ、それが恐怖だとは、今まで思ったことも無かった。


 が、良く考えれば恐怖ではあった。

 どうしてその時、その瞬間、恐怖だと思わなかったのか――それは、あまりにも死が一瞬だったから。


「それに、私はパパを助けたい。事実を知っていても言えない永瀬のことも、私を受け入れてくれた紗穂里の家族のことも。あんな薄っぺらい結界の中で事実を知らずに恐怖に震える、私よりも幼い子供だって居ると思う。だから、前に進むしか無いと思っているだけよ。この事実を、世界をどうにかする為に私らは選ばれたのだと、そう思うようにしただけ」

「選ばれた……」


 その言葉に私は新たな事実を思い出してはいた。


 過去の私には相方が存在していた。

 それは千尋ではなく、私と同じ風を扱う少女だった。


 その少女が選ばれなかった理由は、魔力が多過ぎたから。

 そして、最も欲望に囚われやすかったから。


 少女は私を送り出して、世界はあっさりと崩壊した。

 その後は、何度も出会っていても、大きな印象には残らなかったのだと思う。


「……そう、だよね」


 本谷さんは答えながら立ち上がった。そして私を振り返る。


「御先に行かせてもらうよ!」


 元気良く言ったつもりだったのだろうけど、私にはそれが空元気だと解した。


 そんな本谷さんの背中を見送りながらも、私は岸間さんを見る。

 岸間さんはどこか不安そうな表情で、本谷さんの入って行った結界を見つめていた。


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