187 ☉(☴▲☈) 境界と神器
そこは一面の灰色の世界だった。
とはいえ、色が全く無い訳では無いらしく、自分の周囲には色があった。
ただ、1メートルも離れてしまうとくすみ、遠くとなると白と黒の濃淡だけになってしまうらしい。
実際に今、数メートル先にいる紗穂里が灰色に見えている。
後ろを振り返ってみれば、そこは女子校側の、校庭の隅にある倉庫の前だった。
気になって倉庫の扉を開けてみるものの、中には普段使っているボールやラケットが所狭しと仕舞われているだけで、先程までのだだっ広い大聖堂の地下の空間はどこにも無い。
「少しは警戒してくれよ」
呆れた永瀬の声がして見てみれば、これまた校庭の隅に設置してある鉄棒で紗穂里が遊んでいた。
私が疑問に思ったのと同じように、風見さんが何かに気付いたように呟く。
「鉄棒は、確か去年に取り払われたはずよね……?」
「だから、言っただろ?」
永瀬はそう答えながらも、校庭の奥に見える校舎を指す。
今朝に燃えたはずの校舎が健在していた。
「やっと着いたらしいな」
その一言に喜んだのは紗穂里だった。
嬉しそうに全身でジャンプしながら永瀬に近寄って行く。
「それで? この中のどこに属性神専用の神器があるのデショ??」
「順に話すから待ってくれって」
永瀬の周囲をジャンプして急かしていた紗穂里が大人しくなる。しかし、その目は餌を待つ子犬のように期待してウルウルしていた。
不意に、風見さんが風を纏って視界の端から消えた。
「え?」
と言う間に、風見さんが居た場所に何かが落ちた。
それが魔弾だと気付き、発射された元の、倉庫の上を見る。
そこには、仮面舞踏会で着けるような赤い派手な仮面をした、露出度の高い――もそうだったが、胸の大きい女性が立っていた。
仮面も気になるが、その爆乳に、どうしても目がいってしまう。
しかし、その手には鞭が携えられていた。
つまるところ、アニメに出て来そうな敵キャラ、だろうか。
『誰?!』
風見さんの鋭い声が響いた。
が、相手は答えるつもりが無いらしく、その鞭を通して作る魔弾、ならぬカマイタチでこちらを攻撃してくる。
校庭一面に張られた新品のゴムに斬り傷が付く。
普通のナイフくらいじゃ傷つかない代物のはずだけど。
いくつものそれを避けていて、ふと私は気付く。
『仮面だったから敵だと思ったけど……違う。永瀬には攻撃、してない』
その発言で2人が永瀬をチラリ見た。
実際に、永瀬はその場で立ち止まったまま、しかし結界は張りつつもニヤニヤしている。
『まぁ、正解かな。少しは答えてくれても良いんじゃないですか? 守護神さん』
珍しく永瀬が敬語だったことに違和感を覚えつつも、その相手が守護神と知って目を丸くした。
かなりド派手な守護神は立ち止まり、口元を歪ませて失笑しているらしい。
『説明せずに連れて来たのね。雷神は相変わらず、嫌な性格をしているわ』
『そりゃどうも』
永瀬はそう答えてニヤリと笑う。
その顔を見てゾッとしたのか、近くに居た紗穂里が珍しく数歩後退していた。
『属性神専用の神器は、条件をクリアしないと触れることすら出来ないわ』
守護神はそう言いながら鞭を地面に叩きつけた。
その音で風見がビクッと全身を震わせてから後退している。
『その条件をクリアさせるのが私の役目――そう思ってもらって構わないわ』
『その条件は何?』
風見さんが嫌な表情をしながら訊ねた。
守護神はニヤリと笑う。
『各種、30項目』
その一言で私らは目を丸くさせた。
そんなに数が多い何て聞いてない!
そして私は、永瀬と共に家を出る前の発言を思い出していた。
永瀬が言っていた "数日ほど家に帰れない" ――それはそういう意味を示していたのだろうと思った。
再度、永瀬を睨もうとしたが――止めておいた。
この場で、元から違う目的の永瀬を恨んでも仕方ない。
『永瀬は解っていたの?』
『あぁ。咲九を通じて守護神に口止めされていたけどな』
敢えて1:1で聞いたのに、永瀬は至って真面目な顔で皆に答えてくれた。
『でも、その方が良いと思って、な』
『何で?』
『知っていたら、オレから条件を聞いちまうだろ? 条件には順番がある。その順番通りにクリアしないといけないんだ。ある程度は同じだから、もし一部でも先に条件を知っていたら……』
『なるほど、ね』
確かに、私なら(単純だから)ともかく、風見さんなら一緒にやってしまう可能性は高かった。
紗穂里も意外と面倒臭がりだから便乗しない可能性が無いとは言えない。
『お前が怒り出さないなんて、珍しいな』
私はそれに答えようとしたものの、先に守護神が口を開いたのを見て止めておいた。
皆が永瀬をどう思っているかは解らない。
反論したり、批判したりしないあたりは、恐らくは2人もどこか解っているのかもしれない――永瀬がここに皆を連れて来た真の意味……これからは神器が必要になることを。
神器は、云わば最後の術。
特に属性神のみが扱える神器には、一般的な神器とは異なる役目がある。
それが必要になるから、水神の、千尋の生存が大切になる。
『ルールは単純。
互いに進捗状況を教えないこと。そして私が出す条件の内容と答えの単語を口にしないこと。
ただし、その条件に必要なヒントも一緒に出すから、そのヒントに関する情報は聞いても良いし、答えを教えても良い。
ちなみに、全員が神器を手に入れたとしても私から出口は教えないつもりだから、自力無いし他力で探して頂戴』
『終わったら、口に出さずに他人を手伝うのはあり……ですか?』
紗穂里の質問に守護神がニヤリと笑う。
『構わないけど、手伝える内容だったら良いわね?』
『……確かに』
永瀬の呟きに守護神はわざとらしく咳をしていた。
つまりは、手伝いにくい内容なのだろうと想像できる。
永瀬は敢えて守護神の動作をスルーして守護神を見ながら言う。
『ちなみに、ここだと時間の流れはゆっくりだから、ここで1日経ったように感じても、地界では数時間しか過ぎていない、何てことになっているらしい』
『貴方達が来たから時間の流れを変えただけよ。そういう面倒な契約をしてわざわざ守護神になったのだから、時間と条件に関しては私に課せられた義務として死守するし、貴方達がここに居る間は誰であったとしてもここに入れさせないと誓うわ』
守護神の返答に風見が解りやすく安堵していた。
が、紗穂里は不安そうに守護神を見つめている。
それに気付いたのか守護神が真面目に紗穂里を見つめる。
『まだ何かあるのではないか、と疑われているようだけど……』
『当たり前ではないですか。急に守護神を名乗られて信用出来るほど不用心じゃないです!』
『……そうね。証拠ならここにあるのだけど』
そう答えた守護神は鞭をまとめたかと思えば変形させ、1本の大きな鍵の形に直していた。
それを見た風見と紗穂里が目を丸くする。
『これで解ったかしら?』
大きなその鍵を見た瞬間から、その神器の名前が "学園の鍵" であることは解っていた。
そして、その鍵の名前を思い出した瞬間に頭に過った、"岸間ありす" という人名。
それは私の叔母が、この学園の守護神だった時に名乗っていた日本での名前だった。その叔母が学園の守護神をしていた頃に持っていたのが、代々受け継がれると言われているその神器だった。
『私達は、何でその "学園の鍵" のことを知っているの……?』
それは風見が呟いた言葉だった。
親族に当たる私や紗穂里ならともかく、風見が知っていることは確かに不思議だった。
それに答えたのは悲しそうな目をさせた永瀬だった。
『それだけ今までの輪廻の中で、転生できずに死んでいった奴が多い、ということだ』
『そう――前回の時に貴方達が未来に進んでくれていたら、私の母は死なずに済んだのよ』
守護神の発言に真っ先に驚いたのは紗穂里だった。
『叔母の――娘?』
『実際には、学園の守護神の跡取りとして迎えられた養女よ』
そう答えた守護神は暗い空を見上げる。
『私は貴方達を恨んでいるわ。私自身、堕転しているとも知らずに暴れたこともあったわ。
でもね、ここまで生きて来られたのは、如月さんや母のお陰なの』
『何でそこで如月の名前が……』
『天界から、貴方達の大切な神器を持ち込んだのが、死神だった如月さんだからよ』
その発言には、永瀬も目を丸くして驚いているようだった。
守護神が口元を微笑ませて続ける。
『崩壊した天界は欠片となった。その欠片を順に巡って探し回ったのは如月さんだったのよ。そして、貴方達が自力で強力な学園の境界側、つまりここに来られるようになる未来まで、ここで神器を保管して欲しいとお願いされたのが母だった。
母と如月さんの間に何があったのかまでは、守護神の記憶にも残されてはいないのだけど、恐らくは如月さんに恩があったのだと勝手に思っているのよ』
『堕転しても生き続けられる。それが咲九と研究した成果だったのか』
永瀬の言葉に頷いた守護神は鍵を元の鞭に戻していた。
そして地面を叩きつける。
バチンッと音がして私らの不安と恐怖を募らせた。
『最初の条件を言うわ――私に、貴方達が属性神である証拠となる核を、現状入手出来る分の、神器以外の全てを見せて示しなさい。
ちなみに1人ずつしか受け付けない代わりに、3人全員がクリアするまではお手洗いや食事以外、職員室で結界を張って待っていてあげるわ。
全員が2つ目以降の条件に移ったら私を探し出して答えてもらうことになるから、早めにクリアした方が楽になる、ということね』
『私の核は、これだけのはず』
そう答えながらも、私は早くも小さすぎるその核を取り出していた。これは悪夢中に戻された分。が、守護神は頭を横に振っている。
『それだけだと本気で思っているの?』
『……じゃぁ、これも?』
アンクを取り出して見せた。
が、それでも頭を横に振られる。
『他に何が……』
『自分で良く考えなさい』
守護神は答えながら永瀬を見た。
永瀬が頷き、風見に近付きながら言う。
『宮本を貸してくれ』
『貸すって……荷物では無いのよ?』
風見は答えながらも、しゃがんで宮本と自身を結んでいたらしい紐を外していた。
その紐を永瀬に渡す。
『水神が目覚めるまでは、念の為にオレの結界の中で寝かせておくわ。目覚めて暴走されてしまっても困るから』
『……解ったわ』
どこか納得はしていなさそうだったものの、そんな風見の肩に永瀬が手を置いた。
『結界はオレと守護神で張るから――何かあれば教えるさ。まぁ、何も無いことを願いたいが……』
『そうね……そう願いたいわ』
どこか悲しそうに風見が答えた。
それを封切りにして、私らは各自の行動に移った。




