179 ☈(☉▲) 学園へ②
この濃霧の正体は解っていただけに、本当は森の外に出る気は無かった。
だが、この濃霧は単なる私の足止めに過ぎないことも、里の主が学園を狙うのに時間が必要だったことも、同時に理解していた。
だから、面倒だと思いながらも真っ先に惑わされそうな岸間と紗穂の元に急いでいた。
ちなみに、恐らく風見ならこの濃霧のことを程度知っているとは思う。
「全く、オレの想い人が死人ばかりで助かったわ」
濃霧の塊を蹴散らしながらも呟いた。
だが、濃霧の塊は目標を私に定めたようで次々と形を成してやって来る。
「お前ら、あの穴から出て来てんだろ? 寒暖の差が激しいし、術者が逃げて隠れるのにも丁度良いもんな。だったら、しっかり日本語を喋らせろっての。これじゃーただの気持ちわりぃゾンビと変わりないだろ……」
そう言ってやってから、またも周囲に固まり出していた人形を濃霧に戻してやった。
紗穂の家には、過去に一度、部活動の関係で訊ねたことがあった気がする。そのためか、変わらぬピンクの屋根だったので濃霧の中でもすぐに気付けた。
その家の前に多量に居た塊を一掃してからノックする。
軽く結界を張り、最初だけでも塊が私に近付かないようにした。
案の定、ドアのすぐ向こうには紗穂が居たらしい。紗穂に見られた気がした。
『本谷紗穂里』
「の所属する壁サークル名は?」
驚きながらも、なるほど、何て思ってから答える。流石は紗穂。
ちなみに紗穂は漫画・小説合わせ3つのサークルに所属していて、内1つは、通称 "壁" と呼ばれる大手サークル。
『酢鮟鱇—炬燵倶楽部』
なお、初見で読める人はあまり居ないらしい。
設立者は四暗刻にしたかったらしい。しかし、麻雀が出来るメンバーが来なかった挙句に四暗刻を読めない客人が多かったらしく、料理人志望のメンバーが鮟鱇鍋を作ってよく皆で突いて食べていたことから、漢字の方を変更したらしい。
それでも、「の」や前半を抜かす人が多いのだとか。
そう答えたら、ドアの鍵が開く音がした。
念の為、結界越しに塊を蹴散らしておく。
「遠音……!!」
中から紗穂が出て来ようとしていたが、それを止めながら私は家の中に押し入ってドアを閉めた。
理解したのか、紗穂が鍵を閉めてくれる。
この家の場合、鍵は結界のような役目を担っているのでしばらくは安心だろう。
そうは思いつつ、私は緊張した面持ちで紗穂を、その奥の階段の1段目に座っていた岸間を交互に見て言った。
「申し訳ないが、今は現状の説明が先だ。あと、今日からしばらく家を離れることになると思う。覚悟しておいてほしい」
「覚悟何て、最初からしていたわ」
そう言った岸間が玄関のすぐ脇にある2つのリュックを見て答えた。
なるほど、私がここに向かっていたことからも、ここを離れることは既に解っていたらしい。
「それよりも、今日で丁度1週間。この間の件と言い、それまでの遠音に何があったのか、きっちりと教えて欲しいんだけど」
「その説明は、風見の所に言ってから話す。まずはこの外の濃霧のことを話させて欲しい」
そう言ってから私は紗穂を見た。
「この濃霧は、幻術を他人に見させるモノ。この幻術の濃霧のことを過去に経験して知っているのは雷神のオレと風神の風見だけだが、残念なことに対抗策は術者を倒す方法しか無い」
「術者を倒すしか……」
紗穂が何か考えていたが、それをスルーして今度は岸間を見る。
「術者は、この1週間の間に空き続けた穴の中に居る。穴の先は地下鉄の線路に繋がっているから、当然ながらモグラ叩き状態になって術者を追うことは不可能に近い。それに、術者の目的はオレら属性神の足止めであって、オレらを倒すことじゃない」
「足止め? ということは、他に目的があるということ?」
岸間の発言に頷いて答えてから、私は自身の簪を外して見せる。
「咲九は雷神の核の他に、この雷神専用の神器を託してくれた。恐らくは、これと同じシリーズの属性神専用の神器が学園の中にあるのだとは思う。が、その学園が今朝の大火事で跡形も無く燃え尽くされてしまったらしい」
「神器? 今朝の大火事? ……えっと、つまり "1週間後に起こる何か" がそれってこと?」
岸間は不思議そうだったが、紗穂はうーんと、ただ唸っているだけだった。
何かを話そうとしている様子では無く、本当に何かを悩んでいるようだったので訊ねる。
「……さっきっから、どうした?」
「……いや、ううん。続けてくれて大丈夫だ、聞いてはいる」
そう答えて紗穂が唸るのを止めたので、そのまま続けることにした。
「とりあえず、これから風見の元に一緒に行かないか? 宮本の様子も気になるが、この幻術のことを忘れていないか心配なのもあるし、咲九がどうしてオレらのことを気にしてくれていたのか、そのあたりも皆が揃ってから話しをしておきたい。それに、お前らにオレのことを話さないといけない気がするんだ」
「永瀬がそこまで言うなら、私は一緒に行くよ」
嬉しいことに、岸間があっさりと頷いて立ち上がってくれていた。
一番批判されるのではないかと思っていただけに、思わず目を丸くしてしまう。
それに気付いたのか、岸間は大きな溜め息をついていた。
「アンタが真面目に話す時は、こう見えても静かに耳を傾けていたはずなんだけど……。それに、如月の元に行った時、永瀬の気配を濃く感じた。それで安心したのよ。如月のことは信用したくはなかったけど、決して認めたくはなかったけど、永瀬のことは如月に任せるしかないな、とね」
なるほど、私が山神の元に行っていた間に咲九を訊ねて岸間が来ていたのでは?という疑問は正しかったらしい。
咲九がくれた雷神の記憶には残っていなかっただけに、やっと納得できた。
「香穂里が行くなら、ボクも行くに決まっているデショ」
紗穂は岸間を見てそう答えてから私を振り返る。
「だが、学園に神器があるというのは本当なのか? この幻術のように、幻の情報という可能性は……」
「これが、”有る" とも "無い" とも言い切れないんだよな」
正直に答えながらも、簪を元の位置に戻す。
「ただ、咲九のことだからヒントか何か残してくれているとは思うんだが……」
「なるほどね。じゃぁ、これがヒントになるかもしれない」
不意に岸間がそう答えながら、ポケットから1つの手鏡を取り出していた。
紗穂が目を丸くして岸間に近付いて行く。
そして、それを岸間の手から奪い取っていた。
「これは!!」
「え? 何? 紗穂里、何か知って……」
「むしろこれ、どこで手に入れていたの?!」
紗穂は詰め寄るように岸間に訊ねていた。
珍しく岸間がおっかなびっくりしつつ答える。
「え? これはその、写真の裏の謎を解いて、如月の家に行った時に、如月が渡してくれたモノで……ずっと、如月の家に行ったことは夢だったんだろうと思って、この存在のことは、すっかり忘れていたんだけど」
「咲九が住んでいた境界が消えた時のこと、か」
そう答えてから、私は少しだけ岸間と紗穂に近付いた。
そして更にそれを近くで見ることで理解する。
「あの時は、オレは違う場所に居て知らなかった。が、咲九がそれをお前に渡していたことが最大のヒントだった訳か」
「……どういうこと?」
「これは、境界に行く為の鏡デショ」
岸間の質問に答えたのは紗穂だった。紗穂はそのまま続ける。
「ただ境界に行けるだけの神器で、大昔の日本の神様が創ったと言われているデショ。使えるモノが現存していないとか、既に鏡面が抜けてしまって貼り直しても使えないとか、そういう風に言われている伝説の神器で――」
「実際には、伝説になりつつある神器、な。咲九は境界の中でなら、どんなに壊れた神器でも直すことが出来たらしい。だが、境界の中から持ち出せる神器は、契約されているのを除いて基本は1人1つだけだ。それ以上は強力なモノほど危険が伴う。だから岸間、お前にそれを渡したんだろうな」
私が理解したところで、この家に近付きつつある嫌な気配を感じ取った。
それは2人も同じだったのか身構えてしまっている。
『まぁ、まだ大丈夫だろ。とりあえず、ここを離れよう』
平然と答えながらも、私は自身の靴紐を結び直した。
そして息を整え、外に集中する。
家の外には塊がいくつかあったものの、まだ神器で蹴散らせる程度のモノ。
むしろ、強固になってしまった塊が駅の傍にいくつか配備されているようだった。
そこを通らずに風見が居る宮本の家に行く為には、少し大回りになるものの、旧東都タワーの傍を通らなければならなかった。しかし、子猫からの情報では既に穴だらけだったはず。
だが、空を飛ぶ術が無い(と思われる)紗穂を連れて行くには、少しどころかかなり危険が伴うだろうと予測した。




