176 ▲ バイト君 ☖
地面が陥没してしまった件は、どうやら私の見解でほぼ間違いなかったらしい。
テレビは点かないまでも、隣近所との交流や、数日遅れで入手した新聞などからも、十分な情報を得ることが出来ていた。
陥没の件は、吸収された者の大半が鉄道関係者だったらしい。中には駅を狙われた場所もある、とか。
そして人を食う奴は日中には活動しないらしく、夜になって急激に動き回っては、人間が集まっていそうな場所を狙って食べているようだった。
もっとも、その現場を目撃した者はまだ出て来ていない(居たとしても死んでいる)らしい。
香穂里が寝息を立て始めてから、私はそっと家を出る。
そして、一番近くの穴の傍まで来ていた。
周辺には交代で見張りが必ず1人は立っているからか、堂々とは近付けない。
でも、半分にされた家の壁際であれば、この暗闇の所為で良くは見えないだろうと思った。
今、その穴は目前にある。
目撃者になりたかった訳ではない。
単に、穴の断面が知りたかったから。
もし可能であれば、私の地神の術で埋めることは出来る。
少しでも、落ちる人を減らせれば良いと思っていたから。
――しかし、その考えが甘かったことを知る。
『穴に、入りたいのか?』
不意に声がして見れば、見張りの者がこちらを見ている様子が解った。
慌ててこの場を去ろうとしたものの、体が硬直して動けない。
その間にも、反対側に居たはずの、見張りの者がこちらに寄って来る気配がした。
気配の動きは、凄く――いや、異常な程に速かった。
そして迫ってくる者の顔が見えて、私は顔を真っ青にさせることになる。
「何で……」
見張りの者の顔には、あの黒い仮面が着けられていた。
服は完全に超能力班の警官だったのに、顔だけは不自然なほど黒かった。
しかし、それに気付いた時にはもう、その見張りの者は私の目前に立っていた。
そして硬直して動かない体を弄ってくる。
――気持ち悪かった。
「な、何を……」
『お前、要らない』
次の瞬間、私はその穴の中に落とされていた。
地下からの冷たい風が更に私を恐怖と混乱に陥らせる。
信じていた警官に裏切られたことがショックだった。
しかも、未だに硬直したままの体は動きそうにもない。
――誰か、助けて!
「う、うん!!」
そんな微妙な返答があったかと思えば、まるで温かいクッションに落ちたかのような感覚が体にあった。
そして、自分が生きていることと、地面に着地したことに驚きつつも、頭の中はかなり混乱していて解らない。
どうしてこのような結果になったのかすら、想像もできなかった。
――私はただ、穴を埋めたかっただけなのに。
「うーん……??」
「あ、あの、……ど、どうしよう……!」
すぐ近くで聞き覚えがある声がした。
目を擦ってからその声の方向を見る。
良くは思い出せなかったものの、恐らくはその人がどうにかして助けてくれたのだろうと思って、跳ね起きて平たそうな地面に立ってから思い切り頭を下げた。
「ありがとうございます!! その、警察の人に、突き落とされてしまいまして……」
と答えながらも頭を上げた。
深呼吸して前を見つめれば、そこにはバイト君が唖然として立っている。
ゴミ屋敷の漫画家さんの部屋を見ているような表情で、私を見つめていた。
思わず、私が驚愕する。
「……あれ? 何で君が??」
「そ、それは、こっちの台詞だけど……」
「私はその、穴を除き込んだら、突き落とされちゃって……」
「は、はぁ」
「バイト君こそ、どうしてここに?」
「か、要っていう名前があるんだけど……まぁ、そ、それは、い、良いです」
バイト君はそう答えてから私の後ろを見た。
つられて見れば、そこには黒い服を着た男性が寝転がっていた。
どうやら私はその人の上に落ちたことで命拾いしたらしい。
「……うわああぁぁぁぁ!!」
冷静に考えてから私は絶叫していた。
人の上に落ちるなんて!!
あまりの羞恥心で穴があったら入りたい状況に陥る(いや、既に穴の中なのだが)。
「やっぱり、来て、良かった」
バイト君はそう答えながらも、その人の腕を引っ張り上げ、手早く肩に乗せていた。
その人よりもバイト君の方が細身で弱々しく感じられるのに、それを軸にしてその人を背負うように更に引っ張り上げている。
もしかして知り合いだったのかも。
「嫌な感じが、したんだ」
そう言われて首を傾げれば、バイト君は先頭を切る様に線路の上を歩き出す。
しばらく歩いていたバイト君が、唐突に言葉を発する。
「ここに来ないと、先に、未来に、進めなくなるような、そんな気がして」
「!」
外からの灯りが全く無くなったあたりで懐中電灯を点けたバイト君は、その一言で足を止めた私を振り返ってくれた。
懐中電灯が凄く眩しい。
「どうして……バイト君、そう思ったのだ?」
「日本の神様は、貴方が、地神が、思う以上に、多いんだよ。きっと」
「……えっと、」
何でバイト君が、私が地神であることを知っているのか、と聞きたかった。
それ以上に、バイト君が何者なのか、という疑問を感じた。
バイト君は察したのか、答えてくれる。
「俺も、この人も、神様で。ここで隠れつつ、ある人を、待ち伏せ、していて。その、……情報は、貰ったんだ。だから、属性神のことは、知っていた。でも、……その。まさか、本谷さんが、地神だとは、知らなくて」
「ってことは、今知ったってこと?」
こくんとバイト君が頷いた。
なるほど――同じ神様同士、核の色なり、オーラなりで判断した、というところだろうか。
「その……何か、間違っていたら、ごめん」
バイト君が顔を少し赤く染めて前に進み出したので、私もそれに続くことにした。
バイト君は、出会った時から少し変わっていた。
自分の気持ちや考えを口に出して伝えることが恥ずかしいようで、私達が何とも思っていないような所でも顔を沸騰させてしまう。しかし、誰よりも熱い心を持っていることは、仕事を一緒にする上で良く解っていた。
ちなみに、口に出すことが苦手というだけで、手紙やちょっとしたメモ、携帯のメールに対してなら(返事に悩むのか、1時間以上待たされるが)普通に答えてくれるし、数日かかるものの、1週間以上返事が無かったことはなかった。
そんなバイト君が同じ神様であったことは、正直驚きを隠せなかった。
だが、そのおかげで私は冷静になれた。
過去を同じように覚えている神様は多かった。
それは即ち、何度も過去に戻っている原因が私達属性神にあることを知っていた、ということにはならないだろうか。
何度も何度も繰り返す内に、私達に恨みを持った者も多いかもしれない。
にも関わらず、バイト君は私を助けに来てくれた。
如月さんのように遠音を支え続けた人もいた。
「ただ……俺が、ここに来ないと、いけない気がしたから。感、かも」
やっと私の妄想を止めてくれたバイト君が私を気にする素振りをした。
答えなければいけないと思いつつ、気になった単語を繰り返す。
「感……」
「前にも、似たようなこと、あったから。感は、良い方、だと思う」
その答えに私は黙った。
普段なら、感何て、と思う。
だけど、今日のことだけではなかった。
仕事中でも、バイト君の感は良く当たる。
怪盗ホーリーが出た時も、怪盗ホーリーが危険だということはバイト君が私にこっそりと教えてくれていた。
あれは、もしかしたら私が怪盗ホーリーと何か関係があるのではないか、と感で解っていたからなのではないか。
しかし、それを聞こうにも、バイト君はいつも『感、ですけど……』と消え失せそうな声で答えてくれるばかりだった。
しばらく歩き続けたら、恐らく駅の灯りが見えて来た。
バイト君がどうやって駅を貸し切りにしたのかは解らなかったものの、しばらく動いていない公営の地下鉄の駅は無人だった。
車掌室の安易ベッドまで引き摺ってその人を横に寝かせ(その際にドサッ、ボキッという酷い音がしたことは言わないでおこう……)、自分はその近くにあった椅子に腰をかけている。
「ここに、ずっと(隠れて)いる」
バイト君はそう答えてから、車掌室のドアを指す。
「だから(その人が)目覚めるまで、動けない。もし、ここを出るなら、駅員室の奥に、同じような、ドアがあって……そこからなら、点検用の通路を使って(外に)出られる」
「詳しいのだな」
「ここには、高頻度で(隠れて)いたから」
敢えて "何から?" という質問はしなかった。
そういう私も、どうして聞かなかったのかは解らない。
だけど前に、バイト君は編集者さんに家のことを聞かれて嫌な顔をしていたことがある。恐らくは、そういう関係なのだろうと思う。
バイト君は家出をしたがっていたものの、世界を何も知らない自分が独りで生活を送れるはずがない、そうも自分で言っていた。
事実、バイト君は文房具のペンですら、どこに売っているのか知らなかったことがある。
スーパーマーケットにも行ったことが無かったのか、鍋の買い出しをするのにもてこずった。
切り身の魚を見て、そのまま泳いでいる所を想像したのか、どこに目があって足があるのか、何て訊ねられたこともある。
「あの、……ね」
そんなバイト君が私のことを見ながらモジモジとしていた。
自分の意見を言いたい時は、こういう態度を取ることは解っている。
だから、落ち着かせるために両手を掴んであげた。
「ゆっくりで良いよ」
「……ありが、とう」
バイト君は答え、何度か深呼吸している。
「あの、ね」
「うん?」
「に、日本の神様は、皆、期待して、いたんだ。未来に進める、かもしれない、属性神の、その能力に。天界が、なくなった、大昔から。だから、これは、人類だけじゃなく、他の神様にとっても、最後の、……最後の、大きな賭け。この賭けに、勝てなければ、全てが、何もかも、無で終わる」
「属性神の……能力?」
「うん」
バイト君は顔を真っ赤にさせながらも頷いた。
「属性神でも、雷神以外には、天界を再編する能力があるって、聞いた」
「天界を、再編……??」
そんなことを聞いても、地神の中の記憶には残っていなかった。
もしかしたら、私達はまだ全てを思い出した訳ではないのかもしれない。
「だから、日本の神様は、全力で、属性神を守る」
そう答えたバイト君は私の手を逆に握って来た。
「それに、俺は、本谷さんのこと、好きだから」
「……へっ?!」
「……あ、」
そんなことは全く想像してもいなかった私は目を丸くしてバイト君を見つめた。
バイト君はいつも以上に顔を真っ赤にさせて、しかし、本人もつい本音を言ってしまったことに驚いている様子だった。
「ど、ど、ど、……ど、どうしよう!!」
「えーと、」
「違う……今の、忘れて! ホントは、違う、ここじゃなくて、……夕日の当たる綺麗な景色を見ながら公園のベンチで告白したいなとか思っていたんだけど……もしくは映画館の後にカフェで告白したいとか思っていたのに……って何本人に………………」
今のを、今までのバイト君にしては驚くほどの早口で一気に言ったかと思えば、バイト君はカクッと首を下げてしまった。
「うう……い、今のは、わ、わ、忘れ、て……く、下さい…………」
何となく、バイト君の性格が解った気がした。
私はクスッと笑ってバイト君の手をギュッと握り返す。
告白されても嫌な感じはしなかった。
でも、返事は今するべきではないと思った。
それに私的にも、バイト君が言っていた場所で告白されてみたかった。
「今は友達として好き、ということにしてあげようか」
「え?! あ……、そ、そう、ですね……」
バイト君はどこかしょんぼりしてしまったものの、そうなるだろうな、とは思っていた。
「でも、これが全て終わったら、一度くらいデートに誘って欲しいな」
「……え?」
「だって私、バイト君のこと何も知らないし。バイト君だって、私のこと、あまり良く解っていないんじゃないかなと思うんだけど?」
「それは……」
「それに。仕事の時は "私" と使うが、本来は "ボク" を使うボクっ子だしさ。ほら、仕事はバイトや手伝いと言っても仕事だからね。編集者さんの前だと、なかなか私語も出来ないし」
そう言ってから、私はバイト君の手を離そうとした。
バイト君も気付いたのか、手を緩めて離させてくれる。
「だからさ。約束、してよ。ボクもバイト君の為に頑張ってみるから」
「……うん、解った! 約束、する!」
そう言って私達は笑い合っていた。
「(体痛いのに、起きるタイミング、失っちゃった……)」
約1名、そう考えているとも知らずに。




