172 ☴ 一度きりのやり直し⑤
全力で千尋を引っ張りながら屋敷まで走り切った私は、兎にも角にも千尋を千尋の父上に引き渡しながら、息切れしながらも何とか説明をしていた。
しかし、千尋が道中で拾ってしまった瘴気はどうにもならない。
しかも、どうにかしようと思っても出来ることは何も無かった。
そう悩む間にも、千尋の父上に呼ばれた数人が土手に向かって走り出している。
「あ、あのね!」
急に千尋が父上に話し出す。
「いやな気配が、こっちに来るの。お兄ちゃんを殺した何かが……こ、怖い……!」
そして震え出す千尋に、私は思わず抱きついていた。
「大丈夫。千尋のことは、私が守るから」
「ふえぇ……」
「……純、とか言ったか」
私の名を呼んだ千尋の父上はそう言って、少し離れた場所にある小屋を指す。
確か現代だと千尋の母上がいらっしゃった場所。
「千尋と共に、そちらに隠れていなさい。ここの結界を守る千尋の祖父と母親が居る。2人なら、確実に千尋と、千尋を守ってくれた純を助けてくれるだろう」
私は千尋の様子を見た。
が、千尋は震えてしまって答えられそうにもない。
「……解りました」
だから私が従うことにした。
小屋の中に入ると、そこには祭壇のようなモノが中央にあり、その手前側に、女性にしては大きすぎる背中があった。
祭壇もその部屋も初めて見、初めて知る。
まして女性は酷い瘴気を纏っていた。
だが、その合間に感じ取れたオーラから千尋の母上だと解る。
その入口脇に、恐らくは千尋の祖父だろう男性が座っていた。
が、その男性は千尋の父上よりも若く見える。
『風見の者か』
その問い掛けには、何故かグッと胸が苦しくなった。
千尋が驚いて私を見つめている。心配してくれたらしい。
「……すまない、瘴気を放つつもりは無かった」
祖父は答え、千尋の母上の背に一礼をしていた。
そして外に出よ、とばかりに背中を外に押し出されてしまう。
しかし、不安そうにする千尋は中に残る様に言ってから、その間にあった襖をピシャリと閉めてしまった。
「何れ千尋の悪夢を、過去を変えに来るとは解っていた」
その一言で、私は驚きのあまりに目を丸くし、警戒して身構えてしまっていた。
流石はあのオルゴールの所持者。私に手紙を当てた当人。
同時に、この目前の千尋の祖父も過去を覚えている人なのだと理解する。
「だが、ここは過去の悪夢に変わりない。現実に戻ったからと言って、千尋の堕転が治る訳ではない。あくまでも夢は夢――続きが気になっても、決して本人に聞いてはならん」
「それは、どういう……?」
「過去を変えれば、現実の千尋の記憶も変化する。ただ、その変化が大きければ大きいほど未来にも悪影響を及ぼす。その未来が本来の千尋を壊す可能性もある――ということだよ」
私はやっと、この今の悪夢がただの悪夢ではなく "現実の過去" なのだと実感した。
現実の過去を変えてしまえば、当然ながら現実に居る千尋にも影響が出る。
普通に考えれば当然のこと。
「しかし、現実の千尋を助ける為には必要だったことではある。あのまま千尋が堕転していれば、現実の千尋は今頃、悪魔のような姿で世界を消滅させていただろう」
「で、では……」
「君達の判断は間違ってはいなかった、ということ」
千尋の祖父は答え、やっと笑顔を見せてくれた。
安堵した私は警戒心を少しだけ解く。
「風見の者よ。昔の誼で1つ忠告しておけば、魔物を含めた魔族という存在は本来、神になってはいけないと云われている。神は唯一神でなければならない――特に魔物はその特色故に、神になれば必ず災いを齎すと云われている」
魔物の特色?
唯一神?
言われても理解が追い付きそうにもない。
しかし、千尋の祖父は続ける。
「それでも、君は千尋を守れるかい? 千尋が間違った道に進んでしまっても、更生させてあげられるかい?」
その質問は理解した。
だから、頷いて答える。
迷いなど無い。
「はい。必ず千尋を守ってみせます!」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
千尋の祖父は答え、私の肩を軽く叩いた。
が、それだけで一気に体が重くなる。
瞼が自然と落ちて来て、そのまま開けなくなっていた。
しかし、その体は千尋の祖父によって倒される。
何で、どうして、何て疑問が湧いていた。
しかし、その疑問には誰も答えることなく意識を失ってしまう。




