171 ▲(☴☉) 一度きりのやり直し④
前回と同じく、あの嫌な気配はやって来る。
そして、千尋は尋雪に押し出される形で走り出したのだろう。
瞬時に香穂里が小さな炎で合図をくれる。
だけど、それは私の目星をつけていた方向ではなかった。
一緒に居た風見さんを信じて千尋側に押し、私は何も言わずに逆の方向を選んだ。
風見さんは私を振り返って驚いていたものの、走り続ける私の背を見て理解したらしい。
そして分かれてからすぐに、私はあの飴を咥えた少女を発見していた。
自ら選んだとは言え、唾を飲み込んで覚悟を決める。
私のルートはこの少女の相手だと。
しかし、少女もまた純と同じように千尋に向かって走っているように思えた。
つまり、私のことは眼中にない。
声をかけるにしても気付いたのがすれ違い様だった分、少しだけ出遅れて追い駆ける形になる。
「……御免!」
私はそう言ってから少女の前の地面を少しだけ起伏させた。
予想通りに少女は転ぶ。
その間に、私は平然を装って少女に近付いた。
少女の前に出て、しゃがみ込む。
「大丈夫?」
「邪魔、しないでよ!!」
何故か急に怒られた。
少女は早くも立ち上がり、進もうとしている。
だが、進ませる訳にはいかなかった。
「何でそんなに急いでいるの?」
話せば解りそうな子だっただけに、私はその質問をしてみることにした。
しばらく少女は目を丸くしていたものの、すぐに落ち着いたのか、千尋が居る方向を指している。
――あれ、この子、どこかで……?
「あっちに、面白いことがあるから」
「……面白いこと?」
「貴方は超能力者を信じる人?」
どこか嬉しそうに少女は訊ねてくれた。
少しだけ安堵して私も答える。
「信じているけど……それに、どんな関係が?」
「私、悪神なの」
その瞬間、少女は私の胸元に手を伸ばし――そして素手で、私の心臓を思い切り掴まれていた。
血は出ていないが、その腕は心臓部分から生えているように見える。
何が起きたのか、何を言われたのか、その間では理解出来なかった。
ただ、急に苦しくなって、呼吸が出来なくなる。
しかし、少女は舌打ちしてその手を離してくれた。
とはいえ、その手はまだ、胸の中に入ったまま。
「貴方はまだ完全ではないのね」
少し寂しそうに少女は答える。
理解して。
驚愕して。
私はこの少女が過去の千尋を堕転に導いた犯人だと、香穂里の言う通りヤバイ奴だと確信する。
「やっぱり、完全な神様じゃないと面白くなーい!」
少女はそう言って手を抜き、立ち上がった。
私も立ち上がろうとしたものの、ふら付いてそれどころではない。
むしろ緊張が緩んで吐き気を催している。
「あの輝く宝石を黒に染めるの。そうしたらね、岸間先生が褒めて下さるの。色々な洋服を沢山買ってくれるの。それに、黒く染めるのは面白いの。
だから、ただの超能力者は私の邪魔をしないで!」
そう言った少女は私に瘴気を放ち、そのまま走り出してしまった。
私はただ、立ち去る背中を見つめるだけで、追うことが出来ない。
そこに香穂里がやって来る。
「ごめん……怖くて、手出し出来なかった」
そう言いながらも私の身体を支えてくれた。
だけど、今は千尋が気になる。
「お、追わないと……」
「大丈夫。風見が千尋と上手く合流して、恐らく道を知っていたんだろうね。家の方向に走って行ってくれているから。お兄さんのところから見えなくなるまで見ていたから、後は風見と千尋の家の人が上手くやってくれることを願うしかないよ」
香穂里はそう言いながらも、近くにあった垣根に私を座らせてくれる。
「それに、謎の声も千尋の傍に居るみたいだし」
別れる前まではあんなに嫌っていたのに、その間に何があったのだろうと、立ったままの香穂里を見上げた。
香穂里は私に失笑を返している。
「無事にこの悪夢から出られたら、何があったか教えるよ」
そう答えられてから、私は何故か安堵した。
そして2人で互いに寄り掛かったまま、座ったきり動けなくなった。




