162 ☉(▲) 悪夢か凶夢か⑦
未だに病院内をうろうろとしていた私らは、最終的に病院内部の構造を理解するまでに至っていた。
病院には地下が存在していて、その先には結界があって進めなかったものの、顔つきの悪い白衣の3人しか出入り出来ないようだった。
その内の1人は栗原院長で、他2人は身に着けている名札から岸間を名乗っていることを知る。
その日は、過去の紗穂里が過去の私の部屋にやって来ていた。
相変わらず私は寝たきりだったものの、紗穂里は嬉しそうに数日間の出来事を私に話しかけてくれている。
『内容は、やっぱり良く聴こえないけど……』
『大した内容じゃないのデショ』
紗穂里の何度目かの返答に私まで溜め息をついてしまっていた。
解ってはいても、内容が解らないと正直つまらない。
しばらくして過去の紗穂里が話し終えたらしい。私の手を離して部屋を去ろうとしていた。
「だれ?」
紗穂里の前に独りの女の子が現れていた。その顔を見て、私らは同時に息を飲む。女の子に問われた紗穂里は答える。
「ボクは紗穂里。キミは?」
「……カナコ。カホリちゃんのお友達?」
『やっぱり……!』
紗穂里が先に声を発していた。
カナコと名乗った女の子は、あの "山田 花菜子" そっくりだったのだから仕方ない。
私も頷いて答えてから2人を見下ろした。
「まぁ、そんなところかな」
「じゃぁ、お友達のお友達だから、私ともお友達だよね」
そう答えたカナコは笑顔で紗穂里を見つめていた。
紗穂里は首を傾げながらも失笑している(ように思える)。
「ね、一緒にあそぼ?」
「紗穂里ー!」
カナコが訊ねた途端、廊下から紗穂里のお姉さんが紗穂里を呼んだ。
安堵した表情で紗穂里が廊下に出て、姉を振り返る。
その途端、カナコは酷い瘴気を紗穂里に向けて飛ばしていた。
『うっ?!』
急に隣に居た紗穂里が胸を押さえた。
驚きつつも下の様子と見比べて、気付く。
その瘴気が隣に居る紗穂里自身に返って来ているのだと理解したものの、どうすることも出来なかった。
が、過去の紗穂里も完全に無視は出来ないだろうと思ってはいたらしい。
「ちょっと待ってて」
振り返ってカナコに答えた途端、カナコは目を丸くして瘴気をぶつけるのを止めていた。
隣の紗穂里がふらふらとしているものの、あまり影響は無かったらしい。
『大丈夫?』
『何とか。……しかし、酷い瘴気だったデショ』
それは見ていたから解ってはいたものの、あんなのをぶつけられたら確かに堪ったものではなかった。
そんな間にも、過去の紗穂里はお姉さんに話しをつけていたらしい。
しばらくしてカナコの傍に戻って来る。
「10分くらいなら良いって。少しだけしか遊べないけど、良いかな?」
「良いよ!!」
カナコは凄く嬉しそうにそう答えていた。
それを見て安堵した私は答える。
『紗穂里が昔から相手を思いやれる子で助かったよ……』
『……良いのか悪いのか、解らないがね』
そう答えた紗穂里は失笑を私に返していた。
紗穂里とカナコは、本当に短い間だったものの、2人で追いかけっこをして仲良く遊んでいた。
それだけでカナコには十分だったらしい。
笑顔で紗穂里を見送ろうと、その階のエレベーター前まで来ていてくれていた。
そんなカナコが紗穂里の胸元に人差し指を付ける。
「さっきは、ごめんね」
『え……、今度は、何?!』
驚くことに、隣の紗穂里が光に包まれていた。
そして紗穂里に付き纏っていた瘴気が見る見る内に払われていくのが解る。
「私ね、期待を裏切られることが、怖いの」
カナコはそんなことを紗穂里に言っていた。
私らも思わず耳を傾ける。
「だからここで、期待をしない方法を学ぼうと思ったの。でも、ここでは無理だって解った。だから、両親に迎えに来てって頼んでいるの」
最初の説明は理解していなさそうだったものの、最後の言葉で紗穂里は理解したらしい。
「そっかぁ。じゃぁ、次にボクが来た時は、」
「うん。もうここには居ないかもしれない」
「だから、最後の思い出にお友達と遊びたかったのだね?」
「うん、だから、ごめんね」
カナコはそう答えながらも、どこか寂しそうに下を向いていた。
そんなカナコの視界に入ってあげながら紗穂里が答える。
「違うよ。そういう時は、ありがとう、だよ」
「ありが……とう?」
「そう。遊んでくれて "ありがとう" 。ボクも、病院で遊べるとは思わなかったから楽しかったよ」
大人な紗穂里の発言に私は思わず微笑んでしまっていた。
『変わらないよね、紗穂里は』
『本当に……こういう話し、したのかなぁ? 遊んだことも含めて覚えてないや』
こうして紗穂里を見送ったカナコは、看護師に連れられて部屋に戻ろうとしていた。
その看護師を見て私が失笑する。
その看護師は、間違いなく私にアンクとママの日記を授けてくれた人だった。
『そっか。あの看護師さんが、実の母親の妹さんなのだね』
私の話しに答えた紗穂里は看護師を見つめた。
カナコも信頼を寄せているのか、看護師には瘴気をぶつけてはいない。
そんな看護師と部屋に戻ったカナコは、そこで悲しそうな表情をした看護師に言われる。
「カナコちゃんのお父さんがね、完全に治るまでは退院させられないって言っているの」
「何で?? ここじゃ完治出来ないのに?!」
「それを決めるのは院長さんだって」
「何で……何で、解ってくれないの……?!」
カナコから溢れ出した瘴気が看護師を包み込む。
が、看護師はその瘴気に気付いていないのか、手にしていた注射器をカナコの腕に刺す。
「ううっ……嫌だ……眠りたくない……!」
紗穂里に向けられたモノよりも、更に濃い瘴気が看護師に向けられていた。
それでも看護師はカナコに刺した薬を与え続け――カナコを強制的に眠りに付かせてしまう。
「ごめんね、カナコちゃん」
そう答えた看護師は瘴気を埃のように簡単に手で払う。
「お父さんは、カナコちゃんを救う為に必死なの。これが終わったら、カナコちゃんも退院出来るから……本当に、それまでの辛抱なの。でも、このことは言えない……言ったら、私が殺されてしまうから。本当に、ごめんね」
そして看護師は涙を拭いたようだった。
カナコの腕を支え続けていた看護師の手から何かが床に流れ落ちる。
それを見ていた私はカナコの腕を見た。
カナコの腕は融け、ほぼ骨だけが残された状態になっている。
『ひっ』
小さく紗穂里が悲鳴を上げていた。
これが、カナコが言っていた体が融けてしまう病気なのだと理解する。
しかし、その骨からは既に再生が始まっているのか、まるでお湯が沸騰しているかのような泡が出ている。
その光景をどこかで見た気がして悩んでいると、不意に紗穂里が呟いた。
『閻魔転生……あのゲームでも、同じような内容があった気がする』
そして、私はそのゲームの内容を思い出していた。
色んなルートの中でも確か、サポーターに女神の少女を選んだ時に進む内容だったはず。
女神の少女の病気はかなり重症で、瘴気を取り込んで無限の肉体の再生をする代わりに、その肉体を傷付けた相手に瘴気を送り込んでしまう。それがほんの少しの怪我であったとしても、例え相手が動物でも、植物でも、機械でも、人間でも無い無機質なモノであっても送り込んでしまうため、その女神の少女の影響で様々なモノを堕転させてしまっていた。
故に、その後に主人公の閻魔が女神の少女を殺すルートと、女神の少女自らが自殺をするルートに分かれるが、どちらにしても女神の少女は死ぬという結果には大差ない。
『もしかしたら、あのゲームは過去の事実を伝えているのかもしれない』
そう思った私は紗穂里に言った。
『ゲームでは、属性神の役目は輪廻の謎を探ることでは無かった。そっちのルートを選んだら、誰かが欠けて全てバッドエンドだったはず』
『じゃぁ、ボク達の目標は、もう1つの役目である、核を奪った相手を探すこと、ってことデショ』
『その後で閻魔が輪廻の件を解決してくれる……ということでしょうけど』
そう言った私は紗穂里を振り返る。
『それって、山田が女神ってことで良いのかな?』
『というと?』
『未だに、山田=女神の図式が解らないというか……想像出来ないというか』
不安に思いながらも私はカナコを見つめた。
今はもう、看護師の姿はこの部屋には無い。
ただただ目元に涙を残したカナコがそこに眠っているだけだった。




