160 ☴ 悪夢か凶夢か⑥
「火事だ、火事だ!!」
千尋の家の近隣で火が上がっていた。
火事を伝えに来た人は、何かを千尋の父上に話ししている。
父上は首を横に振ったままだったが、やがて話しを聞き付けた千尋が父上の元にやって来て、その人と共に家を出て行ってしまった。
しばらくして戻って来た千尋は、倉庫からあの刀を取り出していた。
そして刀から魔力を取り出している。
『それは、ダメ』
霊体の私は千尋に声をかけていた。
が、千尋は気付かずに続けている。
あの刀は妖怪が揮うように設計された妖刀だった。故に、魔力とは異なる妖怪の源・妖力が含まれている。
それを魔力として扱ったら危険だということは、何かの本で読んで知っていた。
『ダメだって、言っているのに……!』
やがて千尋は刀の魔力を使い果たし、全魔力で雨雲を呼び起こす。
だが、その際に使った妖力の影響で魔力暴走を起こした千尋は、やがて雨雲どころか地域全てを破壊する悪魔の部屋を生み出してしまっていた。
『やっぱり、こうなったのね』
そう言いながら如月さんが下りて来た。
その独特な黒いワンピースを見て、すぐに死神だと悟る。
しかし、如月さんが死神だとしたら、兄上は何の神様なのか解らなくなる。
そんな疑問を抱えている間にも、もう1人が如月さんの脇に下りて来る。
『やっぱり、こうなったか』
永瀬さんだった。
金色の髪を風に靡かせ、フリル付きのアイドルのような服装で腰に手を当てている。特徴的な眼鏡もかけてはいなかった。
『さて、どうする?』
『どうしようもないでしょうね』
如月さんは永瀬さんにそう答えながらも千尋の家を見た。
『前と同じ方法を使うだけよ。彼女だけは全員の影響を受け続けてしまうのだから』
『了解』
それだけで理解したらしい永瀬さんが千尋の家に入って行った。
しばらくして、永瀬さんが千尋の母上を抱えて持って来る。
しかし、その母上を見た私は目を丸くしてしまっていた。
『あれは、何?』
それは千尋の母上には見えないほど雑な作りの人形だった。
が、残っていたオーラと魔力からも間違いなく千尋の母上だと解る。なのに、人形にしか見えない。
その人形のような千尋の母上を渡された如月さんは、暴走して悪魔のような翼を生やした千尋の前にそれを立たせた。そして、人形の後ろから言う。
『今から貴方を封印するわ』
『どう、して……?』
千尋が血の涙を流しながら如月さん――ならぬ千尋の母上を見上げた。
如月さんは砂漠と化した周囲を見渡す――ように人形の顔を動かす。
『この現状でもそれが言える?』
『私は、ただ、助けたかった……』
『えぇ。知っているわ』
答えた如月さんは無表情のまま、人形と共にしゃがみ込む。
『でもね。武器に頼ったから失敗しちゃったの。刀の武器はあくまでも破壊や収穫が用途……良いことをするのに使うには、少し荷が重たかったみたいね』
『でも、私、魔力が、無くて……』
『うん。でも、刀の武器に頼っちゃったからこうなっちゃったの。これを止める為には、貴方をお母さんの体内に戻さなければならないの。解るかな?』
千尋はゆっくりと目を閉じていた。
が、しばらく悩んでも理解できなかったのか、頭を横に振っている。
『解らない……』
『そっか。でも、これが仕事だから……許してね』
そう言いながら如月さんが何かを唱え始めていた。
しばらくして、千尋の母上が意思を持ったかのように動き始める。そしてすっぽりと千尋を抱え込んでいた。
千尋がどこか嬉しそうに自身の母上を抱いている。
『封印!』
如月さんのその言葉と共に、千尋と千尋の母上は瞬時に1つの塊になってしまっていた。
その塊は、千尋がいつも身に着けているネックレスに良く似ている。
『この世界も、これでお終いね』
『残念だなぁ』
そんなことを言った2人は不意に、上空から見ていた私を返り見た気がした。
――あの時、私が刀を落とさなければこんなことにはならなかったのに。
私は独り膝を抱え込んでいた。
もう、何も見たくはない。
だけど、世界は残酷にも私にその光景ばかりを見せて来る。
千尋が何も知らずに、無意識で堕転して辛い思いをするくらいなら、いっそのこと私が堕転して世界を崩壊に導いていれば良かったのかもしれない。
だけど、その選択をしても千尋は死んでしまっていた。
どちらを選択しても千尋を殺してしまう。
それが酷く苦痛だった。
『お前は、またここで堕転して世界を崩壊に導くのか?』
不意に声が聴こえて来た。
それは永瀬さんが千尋に訊ねた一言だった。
完全に堕転した千尋はもう、周囲が何も見えていないらしい。
全てを崩壊させるだけの悪神と化している。
『そうやって現実から目を背けているのは、お前だけなんだぜ? どうしてそのことに気付かないんだ……!』
それは、永瀬さん自身が自分に言い聞かせているようにも聴こえた。
崩壊は進み、地面が無くなる。
その永久の闇の中に堕転した千尋が堕ちてゆく。
その千尋が、永瀬さんと同じく涙を流していた。
――そして、私に手を伸ばして来る。
『千尋!!』
私は千尋のその手を掴もうとする。
自然と体が動いていた。
が、それを背後からやんわりと止められてしまう。
『その強い思いは、直接、今の世界の千尋に伝えてあげて』
そして私は目の前を暗くさせた。
――その温かい桜の香りがする風が、私をどこかに運んでくれる。
そんな気がしたので、今はただ、身を任せることにした。




