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159 ☉▲ 悪夢か凶夢か⑤

**********

  ☉ 視点

**********


 ――何度目だろう。



 目が覚めると、そこは自分の家の中だった。


 昨日までの記憶が思い出せないまま、ベッドから落ちるように床の上に転がり下りる。

 これが、私の普段の起き方だった。


 全身が痛いことから、昨日もパパから修行を受けていたのだろうと思った。

 そして思い出す、修行の内容を。


 でも、修行の最中はもう1人の私が出て来てくれていたのか、詳しくは思い出せなかった。

 もう1人の私に声をかけても、普段は全く答えてはくれない。


「香穂里お嬢様」


 メイドが私を起こしに来た。


 だけど、どうしてだろう。

 メイドに違和感があった。


 とりあえず、メイドに着替えを所望する。

 私の着替えを準備して、手際良く私を着替えさせてくれた。


 違和感は私の気の所為だったのか、すぐに馴染む。


「本日は桜の紅茶を用意させて頂きました」

「桜の……?」


 珍しいモノには興味を惹かれる。

 当然ながら、飲んでみたいと思って頭が一気に覚醒した。




『……あれ?』


 不意に私の身体が浮き上がっていた。

 いや、実際には過去の私が私の目の前に立っているようだった。



 過去の私は嬉しそうにメイドの後に付いて行ってしまう。

 それを追い駆けようとして、しかし、その部屋に居るもう1つの違う気配に気付く。


『誰?』


 その気配は、声をかけるとすぐに消えてしまっていた。

 だけど、間違いなくそこに気配はあった。


 その気配を追うように2階から庭を見て、気付く。


 敷地の門のすぐ外側には、何故か1人の女の子が立っていた。

 その女の子が心配するかのように敷地を覗き込んでいる。


 ――紗穂里?


 どうしてその子の名前を知っていたのだろうか、何て思っていれば、幼い紗穂里は家族らしき大人に呼ばれて車の中に入ってどこかへと行ってしまった。


 そんな私のすぐ脇に、1人の黒いワンピースを着た女の子がやってくる。

 だが、その子は私が良く知る死神とは雰囲気が少し違った。



『これで、74,521回目』


 死神は答えながら動き回る方の私を指す。


『悪夢の中はそんなに居心地が良いの?』


 言われた瞬間、私は今までの全てのことを走馬灯のように思い出していた。



 変な声の所為で新東都タワーの上部にやってきたこと、その柱の傍で鬼面の2人組に出会い、その2人によって柱に縛られたこと、そして何故か強制的に眠らされたことを思い出す。

 その夢の中で、私はこのような悪夢を――今まで炎神が記憶し続けた、今の世界を含めた輪廻する世界でのトラウマを繰り返し見させられていたのだと気付く。


 この世界は同じ年を何度も、それこそ何万回も繰り返している。

 ただ、その繰り返しの期間が前後するだけで、この世界が崩壊する直前、過去に戻っていた。


 炎神は、否、属性神はこの世界を崩壊させずに、また輪廻させずに未来に進む方法を模索していた。

 しかし、その途中で属性神の誰かが堕転したり、魔力暴走したりして、バランスが崩れた所為で世界の崩壊を加速させてしまっている。


 ――そう、属性神は誰が欠けてもいけなかった。


『こんな大切なこと、どうして今まで……』


 と言ったあたりで死神が私の前に小さな珠を見せてくる。

 それが炎神の欠けた核だと理解し、思わず目を丸くさせた。


『核の記憶の一部を封印しても、この事実を知った炎神は何度も暴走してしまったの。それに、色々なタイミングも悪かった。だから一時的に炎神から核を奪っていたのよ』


 そう答えた死神は私にその核を返してくれる。

 安堵して受け取って、更に知りたくはなかった事実に気付いた。


『本来の体の中にあった核は、私を縛った鬼面の2人組が奪ってしまったのか……』

『そうね。でも、それはあまり大きな問題ではないわ。その内、戻って来るから』


 答えた死神はあの時のように空を指す。

 空は既に黒く染まりつつあった。


 それが何を示しているのかは、言われなくともすぐに解る。

 また私が魔力暴走を起こして悪魔の部屋を作りつつある、ということ。


『今回だけは、これだけでは済まないの』


 死神は、今度は先程の紗穂里が向かった先を指す。


『早く彼女を追いなさい。手遅れになる前に、早く』




**********

  ▲ 視点

**********


 この世界が輪廻をしていることには、かなり早い段階から気付いていた。

 だから香穂里の悪夢を何度も見させられて、やはりそうだったか、と思う点はいくつも存在した。


 後半になればなるほど、私は正しいタイミングで香穂里と出会っている。

 それは多分、私が過去の香穂里に何が起きていたのかを理解していたために、無意識にベストなタイミングを計ってしまっていたのだろうと悟った。


 しかし、本音を言えば、私は実の母と話がしたかった。

 私を育ての両親に預けた理由は知っていても、実の母にもっと甘えてみたかった。


 だが、ベストなタイミングでは母を見殺しにすることになる。

 そのことが苦痛で仕方なかった。




 不意に目を覚ませば、そこは車の中だった。

 父が運転し、母がその隣に座っている。姉も私の隣に座っていた。


「今からどこに行くの?」


 私が姉に訊ねれば、姉は神妙な顔で答えてくれる。


「栗原病院だって。私は行きたくないんだけど……」

「紗穂里のお姉ちゃんでしょ? 我慢しなさい」


 母はそう答えながらも私を振り返ってくれる。


「今から香穂里ちゃんに会いに行くの。紗穂里が理由を忘れる何て、珍しいわね」


 何て言われてしまっていた。

 そして、私はまた溜め息をつく。


 ――今回も、既に実の母を助けられなかったのか。



 病院に着いた私は、香穂里が見ている悪夢を知る。


 実の母を自分の手で殺した香穂里の苦悩。

 それは同時に私の苦痛に繋がる。


 だけど、そのタイミング以外では香穂里も、香穂里を失ったこの世界もここまで進むことは出来なかった。


 実の母の願いは、私達が2人で生きていること。

 それは香穂里の傍らに常に置いてある、恐らく実の母が書いただろう日記にそれは記されていた。


 だから、私は独りでこの苦痛に耐えるしか無かった。


 私の様子を察してか、両親と姉が私を残して部屋を後にする。


 ここで私は、寝たきりの香穂里に本音を打ち明ける。


 これで少しでも苦痛が和らぐことは、解っていた。

 だから、返事も相討ちも無くても、全てを話す。


 話し終えて、ベストなタイミングで私が香穂里の手を離そうとした、その時だった。



『大丈夫。――全部、聞いていたから』


 声がした。そこで私はやっと目を覚ます。



 良く見れば、私は空から過去の自分を眺めているだけだった。

 そんな私の傍に、いつの間にか香穂里が居る。


 そして、今までのことを思い出していた。


 新東都タワーの上層階に香穂里が捕われていて、助けようとして自分も捕われたことを。

 ここが悪夢の中だということを。


『香穂里!!』


 本物の香穂里が無事だったと知って、私は思い切り香穂里に抱きついていた。

 とはいえ、実際の身体ではなく魂だけが抜け出てしまっているような状態なのですり抜けてしまう。


『おっとっと、、』

『紗穂里に抱きついてもらえなかったの、ちょっと残念だわー』


 そう答えた香穂里は笑っていた。

 つられて、私も笑ってしまう。


『紗穂里は、何も間違って無いよ』


 香穂里の答えで、香穂里が涙目になっていることを知った。


『ママの日記には、私らが2人で生きていることがママの夢だって書いてあったんでしょ?』

『……何だ、香穂里も知っていたのか』

『それ、多分だけど、ママは自分が死ぬことを解っていたんだと思う』


 香穂里の一言に私は目を丸くした。

 2人で目下の様子を見ながら続ける。


『紗穂里と同じで、輪廻している過去を覚えていたとしたら?』

『っ!?』


 その発想は無かった。だから上手く言葉に出来ない。


『そ、そんな、』


『本物の死神は全てを知った上で、敢えて炎神の核の記憶の一部を奪っていたみたい。つまり、今の私らのように輪廻の事実に気付ければ過去を覚えている者が居てもおかしくはない、ということにはならない? だから神様は毎日のように日記を付ける――過去を忘れない為に、今がどの時期で何回目の輪廻なのかを知る為に。きっと、そういうことなのだと思う』


 そう答えた香穂里は、過去の私の行為を見つめていた。


 過去の私は、過去の香穂里の核と自分の核を半分にして交換し、互いの元の場所に戻している。

 あの時の香穂里は寝たきりだったものの、いつ魔力暴走してもおかしくはなかった。だから和らげる為に、いつか戻してあげられるように、気付かれないように半分ずつにしたことを思い出す。


 ただし、その核も既に半分ずつになっているとは、当時の私では気付けなかったこと。


『ボクは香穂里を利用して、時間と核の実験をしていただけなのかもしれない』


 入院中の香穂里に話しをした最後の一文を呟いてみた。


『それでも、香穂里はボクを許してくれるのか?』

『そのおかげで今、2人で生きているからね。許してあげる』


 香穂里の言葉に私は安堵の笑みを返した。


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