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156 ☈ 守護神と森の民

「悪夢結界――記憶の中にある嫌なことを繰り返し見せる夢、ね」


 咲九の手記に書かれてあった内容を読みながらも、私は手中の白雲運河からの文に目を向けた。

 文によれば、その悪夢結界とやらの中に4人は捕われているらしい。狙いは不明と書かれてあったものの、何となく予想は付く。


「(あの4人を堕転させることと、私を誘き出すことの2つだろうな。しかし、私が今、この森を離れたら森が危険に晒されてしまう。しかも助けに行ったところで、その悪夢結界をどうにかしない限り、私の堕転も避けられないだろうな。両方を解決する為には……)」


 咲九の手記には様々なことが書かれてあった。ページが飛んでいる部分は、思考錯誤して封印を解除して読む。

 その手記からも、咲九が決して無情では無かったことが窺え知れたが、蓮はその手記に触れようともしていなかった気がする。恐らくはリュウ様もそんな感じだったのではないか、何て思いながらもページを探した。


「……あった」


 主の居ない悪森を強化する手っ取り早い方法を見つけ、自分のメモ帳に控える。

 その数ページ先に悪夢結界の解除方法が載っていた。が、肝心なところが封印されている。


「何でこう、重要そうな所を封印しちゃうかなぁ……」


 愚痴りながらも、魔弾を使ったり、違う属性にしたり、結界をぶつけたりはしてみている。

 尤も、そんな簡単なことで解除出来たためしは無かったが、しかし、やってみないことには始まらない訳で。




 その晩のことだった。


 眠れずにいた私が縁側で涼んでいると、不意に1つの光がふわりと膝の上にやって来た。

 その光が話しかけて来る。


『今日は眠らないの?』

『……考え事があって、眠れないだけだ』

『前の巫女も、そう言って毎晩、眠らなかったわ』


 光の返答に少し驚いたものの、どこか懐かしく思って微笑んでしまう。


 そう言えば、私がここに来た時も、咲九は壁に寄り掛かってうたた寝をしていたくらいで、完全に横になっていたことは滅多になかった気がする。

 神様は寝なくても良いらしいとは、雷神という自覚を持ち始めてから理解していたものの、決して肉体が疲れていない訳では無かった。


『私は、今の巫女のことが知りたいの。ねぇ、眠れないくらい、どんなことを考えているの?』

『大したことではないんだ』


 私は答えながらも、そうか、と納得する。


 大したことではない――それが私の本音なのだろうと思った。

 だから、心から悩んでいることだけを思い描く。


『前の巫女のように、知識も経験も力もあったら良かったのにな、そう思っているんだよ。今のオレは何も出来ない子供だなぁ、とね……』

『そんなこと? 当たり前じゃない!!』


 光は答えながら、可笑しそうに飛んでいる。


『前の巫女は何千年と生きていた熟練者――それに対して今の巫女はたったの数年。知識も経験も、倍以上の蓄積があるの。それを穴埋めしようとしても無理に決まっているじゃない』

『それでも、今はオレがこの森の守護者だ。オレがやらなきゃならないんだ!』



 間が空いた。



 光が8の字を描きながら、やがて私の鼻の上に止まる。


『……この森を守りながら、仲間を助けに行きたい。でも、この森には魔力も無ければ、夢魔を呼ぶ余裕も無い。代理としては結界の主では役不足。それでも、今の巫女自身が仲間を助けに行きたいと強く想っているのね』


 まるで咲九のように心を読まれていた。

 あぁ、そう言えば。蓮が私の心情を読んだ時、確かにこの光が傍にいた。


『前の巫女が消えた時点で、私が生まれなくても世界が終焉へ向かい始めてしまっていることは、薄々解っていたの。私はまだ、生まれたくない――でも、終焉が来る前に今の世界を見てみたい』


 その言葉で、幾度と見かけていたその光が何者なのかを悟った。

 だが、私の気付きはもう遅い。


 咲九が死んだ時もリュウ様と共に居たその光が、今はケタケタと嗤う。


 咲九が夢魔の力を借りてまで封印し続けて来た存在が、ゆっくりとその目を開けた気がした。


『今の巫女は今の巫女――前の巫女には成れないの。だから、私の封印を守れなかったからといって気に病む必要はない。それに、この森を誰かが守らなければ、今の巫女は仲間を、世界を、未来を守りに行けないのでしょう?』


 ふわりと、森が急激に温かくなった。

 森の地底深くから魔力が湧いていることに気付かされる。


『ずっと封印されていても、この森を守るくらいの魔力ならあるわ。今の巫女は、今の巫女にしか出来ないことをしに行くべきだと思うの』


 言われて、そうだよなぁ、と改めて思ってはいた。

 本当は咲九に言って欲しかったその言葉を、鼻の上に止まっている光が代わりに答えてくれていた。


 私は私であって、咲九には成れない。

 咲九のやり方を真似したところで、上手く行く保証はどこにもない。


 心のどこかでは解ってはいても、それを言ってくれることによって私の中のやる気に火が点る。


『オレにしか出来ないこと……それは、皆を助けに行くこと』

『そう。でも、これだけは忘れないで。私が森を守れる時間には限りがあるわ。今はまだ今の巫女が森の中に居るからこの周囲にだけ効果を広げて見せているだけ……本気を出して、1日。それも、持つか持たないか』


『本気は出さなくても大丈夫』


 光とは異なる声がした。

 私はすぐに気付いて、その者の名称を呼ぶ。


『結界の主か?』

『俺だけじゃないぜ。皆、声に出していないだけで聴こえてはいるはずだ』


 そう答えたかと思えば、少し前の挨拶の時のように1匹の虎猫が霊穴の出る岩の上に現れていた。

 そして、その姿のまま私を見つめて来る。


『この森の皆は、今の巫女のお前がどういう人物で、どのくらいの気持ちで守護神をやっているのか解らなかった。が、これではっきりした――お前はもう、この森の立派な守護神だ。それだけの覚悟があるなら、俺らはお前を信用出来る』


 そうか、と素直に驚いていた。


 森の民とあまり会話をしなかった私は、森の民からどういう守護神なのか解らなくて距離を置かれていたのだと今、知った。

 そのことに気付けなかった私も私だが、それは森の妖怪を束ねている(らしい)蓮が居るから大丈夫だろうとばかり思っていた。

 が、思えばこの甘い考えも蓮には見透かされていたのかもしれない。


 勝手に孤独と思い込み、勝手に悩んで、勝手に行動しようとしていた私が、今は凄く恥ずかしく思えた。


 思い出してもみれば、咲九はこの森の民と、妖怪と、私が嫉妬してしまいそうなほど凄く仲良さそうに話しをしていたじゃないか。

 手記にも、そういう会話の中からヒントや答えを見出したとばかりに、括弧の中に妖怪名とその名前らしき綴りがあったではないか。


『はぁぁぁぁぁ』


 私は長く長く溜め息をついた。

 結界の主は気にも留めていないのか毛繕いしている。


『オレは、馬鹿だ。大馬鹿者だ』

『何を今更。この森を前の巫女に預けて立ち去った時点で、俺らはお前を根性無しのクズだと認識している』

『酷い言い様だが、本当にその通りなんだよな。だが、そんなオレを信用するというお前らも、相当な馬鹿だと思う……いや、本当に、今まですまないことをした!!』


 森を放って都会でのうのうと生活していた私を恨む者も、憎む者も、もちろん居ると思う。

 咲九が慕われていた理由もやっと解った気がした。


 本当は、この森に帰って来た私に喜んだ者は一部だったかもしれない。いや、もしかしたら1人もいなかったかもしれない。

 だが、それでも森の民は私を守護神として信用してくれるという。


 ――こんなに有難いことが、今までにあっただろうか。


『……と思っているようですよ』


 私の心の声をどこかで代弁していた蓮が締めくくった。

 それだけで、結界の主はハハハと不気味に笑いながら何度も宙返りする。


『読心術を悪用することは許さないわ!』


 何故か光が蓮に対して怒っているようだった。

 それを面白おかしそうに結界の主が猫姿の行動で示している。


『この場合、悪用ではなく有効利用じゃねーの? ほら、今の巫女さんは色々と内に貯め込むタイプみたいだし』

『私、貴方は嫌いだわ。そうやっていっつも良い人ぶっていて』

『今は言い争いをしている場合ではないでしょうっ?!』


 蓮はそう答えながらも庭に降りて来てくれた。今にも虎猫が光を捕まえようとしていた、その間に割り入る。

 どうやら蓮自身は屋根の上で隠遁していたらしい。


『とにかく、森のことは俺らに任せな! この世界の命運を決めるまでは、何としてでも森の民で守り抜くぜ!!』

『し、しかし、まだ悪夢結界の解除方法を……』

『何だ、そんなことで悩んでたのか??』


 結界の主はそう答えたかと思えば、目の前で突っ立ったままの人間の姿に化けていた。


『悪夢結界は根本的に術者を倒さなきゃ、無理だ! が、あれは結界を解いたところで、悪夢の中に入っちまってる奴自身が夢を壊さなきゃ出て来れねぇよーになってる』

『ってことは、オレが行っても意味はないのか……?』

『何、意味はあるだろ。外側の結界を解かなきゃ、夢を壊してもまた悪夢に誘われちまうんだから。まぁ、中の奴が夢を壊す前に、術者が再度、結界を直しちまったら、全く以って意味ないけどな!』


 そう答えた結界の主は失笑していた。


『まーでも、悪夢結界は確か、術者が2人必要だったんじゃねーかなー? しかも、確か結界の中に居ねぇと継続出来なかったはず。そういう分野に詳しい奴は今、仕事で海外行っちまって連絡取れねぇが……』

『それでも、十分な情報だわ』


『……なるほど。術者2人、か。それなら……』


 自分で言った言葉を繰り返し、何故か結界の主は納得している様子だった。


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