154 ☈ 引き継ぐ覚悟
『4人同時に動き出したな』
私は、隣の部屋に居るだろう蓮にそう言ってから目を開ける。
やっと無心モードで眠れていたというのに。最悪な気分だった。
『深夜だが、助けに行かないと……』
『それでは、本末転倒じゃないですか?』
蓮からの返答があった。
『お姉さんを殺すことも目的にしているんですから、今はまだ、行ったらダメです』
『そんな……じゃぁ、どうしろと?』
『その代わりに、僕の仲間を使って様子を見に行かせます』
そう言いながら、蓮は間を仕切っていた襖を少しだけ開けていた。
テレパシーが面倒になったのだろう。
「もしくは、白雲運河に依頼します」
「白雲……って、お前も連絡先……」
「僕自身は知らないですよ」
蓮は私の更に奥を見つめる。
「ねぇ、神主さん」
「おや、何の話しをして居るんだい?」
背中越しに神主の声が聴こえて来た。
隣の部屋は祈祷する舞台のはず。神主の寝室は違う場所にある。
もしかして、夜間警備で起きていてくれたのだろうか。
「なるほど……神主さんが連絡先を知っている、と」
「今時、矢文何て流行りませんよ」
私の答えが正しかったのか、蓮はそう言いながらも笑顔だった。
後ろでは神主が溜め息をついているらしい。
「……解りました。矢文を出しましょう」
「どうせそのつもりだったから、立ち聞き何て際どいことをしていたんでしょう?」
答えた蓮は、襖にかけていた手を離して立ち上がる。そして、大きめに開いてこちらに向かって来ようとした。
しかし、そんな蓮を見て思わず目を閉じ、寝返りをうつ。
「それよりも、蓮君、」
「はい?」
「女性の前で裸体を晒しているのは、例え大元が妖怪でも如何なものかと思うのですが……」
「……ハッ?!」
そして、蓮は慌てて胸元を抑えていた。慌てて元の部屋に戻っている。
が、もう遅い。
しかも、
「普通、そこじゃねーだろ……」
思わずツッコミを入れながらも、体を起こしてピシャリと襖を閉めてあげた。
しばらく経ってから気付いたことだが。
隣の部屋、つまり壁の向こう側に居たはずの神主が、こちら側の様子をどうやって確認したのやら。
まぁ、咲九にもリュウ様にも似たようなことをされたことがある。きっと固有能力か魔術あたりだろう、と勝手に納得しているが。
いつも気付くのが遅くて、聞く機会がないだけで。
なお、外見的には平和に見えたこの森も、決して平和とは呼べなくなってきていた。
それは森の中を散歩……という名の見回りをしていると良く解る。
一番目に付くことは、隣の結界からやってくる妖怪が自害した姿だった。その血肉無いし屍を食らおうとする悪霊が結界の傍をうろうろとしている。
しかし、私が動くまでもなく、それを阻止する為に天狗や森の妖怪達が一致団結していることは凄く有難かった。
とはいえ、これは表面に見えること。
見えないところでは、あの結界の泡の中で結界の主が懸命に悪霊を追い払ってくれている。
が、姑息な手を使う悪鬼までは手が回らないようだった。
『美味シ、そうナ、神ダ!』
「そう見えるか?」
私の前には大きな黒い悪鬼が立っていた。
悪鬼はニヤリと笑っている。
『オ前、食ウ!』
一度は全てを吸収して逝った咲九だったが、今はその咲九も居ない。
頼れるのは自分だけのこの森で、私は独りで生きていかなくてはならなかった。
だから、口で答える前に体で応える。
悪鬼の生温い体が、私の軽めのステップからの一蹴りで埃のように散っている。それを神器で転生の輪から強制的に外すことで再生できなくさせる。
外すのは容易い――全ての、神器を介して見えている線を斬れば良いのだから。
再生出来なくなった悪鬼は煙のような状態で漂うものの、その中から成りかけの核を見つけ出して神器で刺し砕くだけの、今では簡単な仕事。
一瞬にして消えた悪鬼には、あの時から同情することは無くなってしまった。
全ての悪鬼が悪い訳ではない。
堕転しても、自我を持ち続けられる者も中には存在する。
その中の1人が私だったということは、咲九の持っていた雷神の核によって理解させられた。
そして完全に堕転して我を忘れないためには、リュウ様が鍛錬していたように必要以上の欲を捨てるべきとは思う。
しかし、これがかなり難しい。
それが出来なければ、欲に忠実な私が、独りで街まで簡単な買い物に行くことも出来ないかもしれない。
そのくらいに、今の街中は必要以上の欲がすぐ目の前に用意されてあった。
そして、手に入れようと思えばいくらでも――それこそ、強奪してしまったら早い訳で。
「ぐっ……」
先程倒したはずの悪鬼の瘴気が私の身体に纏わりついてくる。
そして、私に強奪してしまえば良いと甘い言葉を囁いて来た。
欲しいモノは、いっぱいあった。
何より、咲九に代わって私を守ってくれる存在が欲しかった。
咲九のように強くて優しい友達が欲しかった。
だけど、これは強奪して済む話では無い。
『だから、姉さんはこの森に夢魔を招いていたんですよ』
蓮が前に呟いていた言葉を思い出す。
夢魔は天界に住む存在で、本来は地界に存在しない特殊な魔族らしい。
それは夢を操る存在だけに、地界の人間にはかなり悪影響を及ぼしてしまう為だとも、目覚めさせてはいけない存在を夢の力で封印し続ける為だとも言われていた。
咲九は孤独だった。
この世界で唯一無二の存在は、自分が存在してはいけない存在だという理解をしていた。
だから、わざと森の妖怪達に人間を襲撃することを黙認し、悪夢を与える夢魔に祠という形で信仰心を集積させ、人間を不用意に近づけさせないようにさせることで、そのバランスをとってもらっていた。
つまり、持ちつ持たれずの関係を作ることで、今の私の欲している全てを咲九は手に入れていた。
しかし、咲九が居なくなった今、約束が切れたことで夢魔は恐らくここにはもう居ない。現状、中身のない多くの祠だけが放置されてしまっている。それに、咲九ほど夢魔を知っている訳でもなければ、特に大きな信用もしている訳ではなかった。
だから、私が同じ方法をとったところでそう長くは続かないだろうと思う。
不意に、私の耳元を何かが通り抜けた音がした。
そして近くの木に何かが刺さる。
それは1通の矢文と気付き、白雲運河からの返事だろうと察した。
が、触れようとして弾かれ、舌打ちする。
『おい、蓮!』
苛立っていた所為か、口調が荒くなっていた。
冷静さを保とうにも、私の周囲を漂う瘴気が私の気の邪魔をする。
『矢文がオレのところに来たんだが、文にかけられた結界の所為で取れねぇ』
『結界? ……妙ですね』
蓮から返答があって2分。
早くも蓮は私の元にやってきていた。
が、結界に弾かれてから溜め息をついている。
『恐らくは、ですが。もう1人が動き出してしまわれたのですね……』
『もう1人、とは?』
『……この国には、白雲運河が3人いるということは、知っていますか?』
前に咲九が言っていたことを思い出して頷き返す。
『しかし、"白雲運河を名乗っても良い人物" が5人居る、ということは知っていましたか?』
『……ってことは、動きが無いだけで他にもう2人居る、ということか?』
瘴気を蚊のように手で払いながらも答えれば、蓮は頷いて矢を指した。
『その2人の内の1人は姉さんでした』
『……は?』
『今まで気付きませんでした? あの超能力大会で、姉さんはお姉さんの固有能力を利用して会場に結界を張っていたじゃないですか。あの時に姉さんが国連の方に見せた証明証――あれこそが、"白雲運河" の認定証なんです』
『あぁ……だから他の白雲運河と面識があった、と?』
意外ではなかった。だから納得出来てしまう。
『面識があるか否かは僕でも解りませんが。一般的な白雲運河とは違って、公に姿を現してはいけない、本物の白雲運河の前に姿を現してはいけない、という程度の制限はあったようです。また、白雲運河 同士で矢文を出す時は相手の固有能力でしか解けない結界を張ること、という制約があるようです』
『つまり、この矢文は咲九宛てなのか?』
そう答えながらも結界に触れてみたものの、どうやっても指が弾かれてしまう。
『お姉さんのオーラが姉さんのオーラに似ていたから、恐らくこの森の結界の外側からだと見分けが付きにくかったのでしょうね。しかし、困りましたね……』
『咲九の固有能力が解れば良いんだろうが……』
『仮に知っていたとしても、解除までには至らないですよ』
『だよなぁ』
何となく解っていただけに、私と蓮はほぼ同時に溜め息をついてしまっていた。
そんな私らの元に、わざと足音を立てて近付いて来る者がいた。
「こんなところに居ましたか。探しましたよ」
神主だった。
足音はしていたから警戒していたものの、気配からは全く想像できなかっただけに、私は素直に驚いて神主を見つめてしまう。
さっそく、神主は矢文を見つけて失笑している。
「なるほど……これでは、確かに困りますね」
そう言いながらも神主が矢文に触れた。
それだけで結界はあっさりと解け、神主から文だけが蓮の手の上に置かれる。
「何で……はっ! まさか!?」
「私が白雲運河だと思ったのでしょう? しかし、残念ながら違いますよ。ただ、この固有能力を用いた結界の方法を教えたのは、他ならぬ私だから解けただけです。これには裏技が存在するのですが――その方法までは誰にも教えていないですからね」
蓮の発言に答えた神主が、自身の袖の中から違う矢文を取り出した。
「こちらは正式な白雲運河からの、早朝に関するお返事です」
そう言って私にそれを渡してくれた。
「そのお返事とは別に、白雲運河が咲九さんに文を寄こしたということは、咲九さんにしか出来ない案件が書かれているということになります。もしくは、咲九さんの死を知っている上で、私に寄こした案件の可能性も無い訳ではありません。その文を読むことがどういうことか、解りますね?」
神主の言葉に頷いて答えた蓮の目には、戸惑い何てなかった。
きっと、蓮は現実的に咲九の死を受け入れられていないだけで、私のように甘えていた訳ではないのだろうと理解した。
一方、私はその蓮の持つ文を読むことには戸惑いがあった。
今の私では、咲九の代わりをやれる自信は無かった。




