139 ☴(⛩) 誰が悪いのか
孤独死したという方の家は、凄く静かだった。
パソコンも、テレビも、ラジオすら置かれていない。
それどころか食器も冷蔵庫も無かった。
が、それらは全て業者が片付けてくれたからだと千尋が言っていた。
つまり、孤独死するとこういうことになるのだと思うと、途端に悲しくなってしまっていた。
「家からも近くて、良かった……」
窓から見える景色はただの道路だったものの、その道路は千尋の家に続いている。そのためか、千尋もどこか安堵していたようだった。
そういう私も、貴との2人の時間の方が長かったはずなのに、急に2人きりにされてしまった所為なのか、少し寂しさを感じていたらしい。
窓を覗いて位置を理解してから、千尋の家から持参した座布団の上に座った。
もっとも、窓を開けても風が入って来ないくらいの結界は張っていたし、障子を衝立代わりにして内部を隠そうとも考えてはいる。
「本当はもう、お母さんは居ないんじゃないかって思ってる」
しかし、不意に千尋が窓を閉めてから話し出した。
「私も詳しくは知らないけど、前にお父さんが、お母さんは偽りの人間の神様だから長くはないだろう、そう言っていたんだよね」
「偽りの人間の……神様?」
何故かギクッとした。
でも、その理由は解らない。
「理由は解らないままだけど、もしかしたらこの結界と関係があるのかもしれない」
「そして、この結界が黒い仮面と関係している、と」
私の言葉に千尋は頷いてから答える。
「でも、お母さんがもうここに居ない今、この結界について聞ける人は居ないかな」
「千尋の父上は何か知らないの?」
「結界が、その黒い仮面と繋がりがあることは知らないみたいだよ。この件で軽く話をして驚いていたくらいだから、家族の誰も解らないと思う」
「そう……」
「でも、前にお母さん、何かあれば助けてくれる人がいるって言っていたから……ちょっとだけ、その人が来てくれるんじゃないかとどこか信じている、というのが本音。男性か女性かも知らないんだけどね」
「助けてくれる人?」
「そう。お母さんに、結界の方法を教えてくれた人だって言っていた気がするよ。実際には人間では無く天使らしいんだけど、それ以上の詳しいことは教えてくれなかった」
千尋の話しを信じるのであれば、確かにその天使が来る時期は今しかないと思われた。
だけど、そんなことが出来てしまう凄い天使が兄上の目に留まらない訳が無い。当然ながら命を狙われている可能性は高いはず。
最悪なのは、既に死んでいるという可能性。
「純が言おうとしていることは、解っているつもりだよ」
千尋はそう言いながら失笑する。
「それでも今は信じたいの。信じなかったら、私が壊れそうで、怖くて……」
「それは……」
――堕転かもしれない。
素直にそう思った。
でも、言ってはいけないと思った。
これ以上、千尋を追い詰めたら本当に壊れてしまう気がした。
私がそう思うくらいに、千尋は精神的に非常に弱っていた。
弱っている理由は他にもあるのだと思う。
「水神様は何をしているんだ!!」
神社の周辺にはそう叫ぶ集団が居る。
今は私が家に結界を張っているお陰か声をも遮断しているが、もし結界が無ければ声は千尋の耳にも届くことになる。
昼夜も問わずに、その集団は千尋を責め続けていた。
神社に居た時は、千尋は何度も答えようとして、千尋の父上に止められている。
どんなに千尋が答えたって無駄なことは、恐らく千尋も解っていると思う。
だけど、流石の私でも怒りは募っている。
非能力者はいつでも、どこでも超能力者が無限で超人的な能力を持っていると思っている。
それを使えば黒い仮面などすぐに排除出来ると思い込んでいる。
だから、千尋では無理なのだと言ったところで何故だ、どうしてだと責め立てる。
こればかりは才能と同じ――どんなにピアノの天才でも、初めてみたギターがすぐには弾けないことと同じ。
だから、今の私が千尋にしてあげられることは、それらを遮断し続けることしか無かった。




