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137 ☈ 天界の人間 *


 ――遠音……


 不意に名前を呼ばれた気がして、私は目を覚ます。


 今は蓮も隣の部屋で寝ている時間。

 この時間の神社は神主の結界だけで守られている。


 そんな中、私は何度も私の名を呼ばれていた。


『咲九、なのか?』


 ――おいで……


 急に額が痛くなり、そして瞬時に映像が見えた。

 そこは以前、あの猫の一件で咲九と共に座った切り株から見た広場の光景。


 咲九に譲ってもらったバジャマのまま、私はそっと神社を抜け出した。



 木々を避け、いつの間にか慣れてしまった下駄であっても、ほぼ無音で駆け抜ける。



 あっという間に妖怪が会合を開くと言われているその広場に到着した。

 が、今の気配は1つしかない。


 切り株を見れば、そのすぐ後ろの木に咲九が寄り掛かって座っているのが見える。


「咲九……」


 咲九はボロボロだった。服は殆どが擦り切れ、真っ白の綺麗な皮膚が見えてしまっている。

 だけど、それ以上に皮膚が綺麗なことに驚かされた。

 服が切れているということは、攻撃を受けていたはず。


 それなのに、咲九の皮膚には傷1つ付いていなかった。


「お前は、何で、独りでっ」


 慌てて駆け寄ったものの、途中で咲九の引いたラインが地面にあることに気付かされ、そこで足を止めてしまった。


 ――全てを、遠音は、知らなくて良い。


 咲九がそう言って、私にその細い腕を伸ばす。


 少し前に進めば届く距離だったのに、それ以上咲九に近付いてはいけない気がして、私はその場から咲九の手を取った。

 そして、何かを手渡される。


 手を開けば、そこには金色に輝く雷神の核が納まっていた。


 ――私が、ずっと、遠音を守る名目で、勝手に拝借していたモノ。


「どういう……ことだよ?」


 しかし、咲九がそれに答えることは無かった。


 咲九の腕はすとんと地に落ちる。

 そして、すぐにその異変は始まった。


 咲九の身体から皮膚、筋肉、骨という生物を形作っている全てが、まるで水が蒸発するかのように白い煙と化している。


「なっ?!」


 その煙にはかなり濃い瘴気が含まれていた。白いのに。

 思わず後ずさりをして、咲九の引いたラインの意味に気付く。


『その白い瘴気の力で生きていたのが咲九だった』


 不意に、そんな咲九のすぐ後ろ側にリュウ様の気配が現れた。

 が、その瘴気の所為で私は後ろに下がるしかなく、しかも周囲に広がってゆく白と黒の煙の所為でリュウ様の姿は確認出来ない。


『閻魔は、本来は天界の人間――天帝が生み出した唯一無二の存在。転生前の神の核を保管し、適した魂が転生するまで代理するだけの鳥籠。だから、体という器も魂という心臓も必要としていなかった。神経も無いのだから、無痛で無情。でも、それは神ではない閻魔にしか出来ないことだった』


 リュウ様に手の中の核を示された気がして、私はその核を自然と口に入れた。

 核が喉を越して全身に魔力の根を広げていくのを感じ取る。


『閻魔は代理の存在だから、他の神の核が無いと動けない。が、神は最低でも3分の2を自分で所持していなければならなかった。だから、その核と俺の音神の核で補っていた。しかし、もしも適した魂が転生しなかったらどうなるのか――閻魔の中の核は少しずつ消耗し、やがて消えることになっている。だから、その消耗分を蓮の核で補うしか無かった』


 次第に雷神の記憶が――咲九がずっと持っていた過去の記憶が蘇って来る。

 どれも断片的ではあったものの、間違いない。

 これこそ、雷神が全てのことを覚えているという紛れも無い証拠だった。


 だから、咲九は全てを知っていた。

 どうしたら未来で地界が崩壊しなくても済むのか、終焉ではなく終幕に向かえるのかをずっと悩んでいた。

 そして悩みながらも、私が完全には堕転しないように遠距離から魔力をコントロールしてくれていた。


「咲九は、無情じゃねぇよ」


 私はリュウ様に言った。

 リュウ様が一瞬だけ驚いた気がする。


「咲九はずっと、世界が輪廻している間もずっと昔から、オレの魂を守り続けてくれていたんだ。そんな優しい奴が無情だとは思えねぇな。

 そもそも、このことを話さなかったのは、そう簡単には受け入れてもらえないことを解っていたからであって、別に話せなかったからじゃない。

 オレらにとっては、見えているこの世界が自分にとっての全てで、現実だと思い込まされている現実だからな。事実を話したところで、変人だと思われ無視されるのが関の山――そう、咲九には皆から嫌われたくないという感情もあった。

 だから、無情だとは思えない」


『……アンタがそう思ってくれて、良かったよ』


 リュウ様はそう答え、鼻をすする音を出す。泣いているらしい。


『オレもそろそろ時間だな。その前に、アンタに頼みたいことが3つある』


 泣いているのか、鼻をすする音は止みそうにもなかった。

 私は頷いて言葉を待つ。


『1つ目は、俺の義理の妹の、龍子のことだ。アイツは気が強いものの、決して悪い奴じゃない。家出をしたのも、結果的には俺の為を思ってのことだった。……そんな龍子は、生まれた時から堕転していた。鬼神だった』

「何、だと?!」


 鬼神は四大神の、死神や邪神と並ぶ神の1人。

 それが堕転しているという事実が驚きだった。


『2つ目は、その龍子のことを追う蓮のことだ。基本は無茶しない性格だが、頭に血が上ると何をするか解らない――そもそも、蓮の堕転を契約で抑制していたのは咲九だったから、契約が切れた今、自力で抑制出来ているのか俺には解らなかった』


 咲九と蓮が契約していたことは、言われなくとも咲九から聞かされて知っていた。

 だが、まさか堕転を抑制するための契約だったとは思っても居なかった。まして咲九が抑制していたとは。


『3つ目は、この森のことだ』


 その一言に、私はゆっくりと目を閉じる。


『今のアンタなら解るだろ――この森がどのような場所であるのか。どうして咲九のような閻魔がここに存在していたのか。そして、あの神社に封印されている、目覚めぬ存在のことを』


 先程流れ込んで来た私の中の記憶を復習するかのようにリュウ様は続ける。


 本来は、神社の裏側――境界の中に全てがあった。

 この森の神社周辺も、閻魔の鳥籠も、神社に封印されている存在も、本来はその中に含まれていた。


 だけど今、その全てが地界に出て来てしまっている。

 それは境界が不安定になってしまっただけではなく、崩壊した天界から瘴気が流れ込んでいる為に、境界が悪鬼を制作する工場と化してしまっているから。


 事実を知る悪鬼は迷うことなく閻魔の鳥籠と封印されている核を狙う。


 だからこそ、転生という概念がある複雑な地界に咲九は拠点を移すしかなかった。

 それを守る為、美島市だけではなくこの森にも別個で守護神が必要不可欠だった。


 神社の裏にあった境界が分離したのは移住の後で、恐らくは偶然だったのだろう。


『天帝も閻魔も、魂の転生はしない』


 リュウ様が不吉なことを言った。


『その代わりに超越した能力を持っている、それだけの話し。だが、それらの存在に適した人間は必ず生まれて来る。その者が、それらに成ることを望めば成ることは可能だ』

「それが永遠の死だったとしても、か」


 天帝や閻魔に成った時点で運命や生涯を決めてしまうということ。

 そして、天帝は天界という特殊な存在と同化して身を滅ぼし、閻魔はロボットのように決められた仕事をするだけの無情の存在になる。即ち、孤独に成るということ。

 それでいて転生もしないのだから、そのように思えても仕方ない。


 しかし、この時代に天帝や閻魔が居なかったら、その者が成るしかないということにもなる。

 天帝や閻魔が居なければ、数年という月日をかけて全ての世界が崩壊する。属性神が欠けた時の崩壊とは主旨が異なる方法で。


 だから、他に適した者が居なければ "成らない" という選択肢は無い。

 例え属性神が居ても、こればかりは避けられない現実。


「悲しい話だな」

『そう思ってくれるのか?』

「咲九も、閻魔に成ったのはそういう理由なんじゃないのか?」

『そうだ』


 リュウ様は答え、溜め息を付く。


『俺は、咲九が閻魔に成る以前から咲九のことを知っている。だから、もう二度と独りにはさせたくなかった』

「……何をする気、なんだ?」

『咲九独りでは逝かせない。それだけのことだよ。だから、アンタは神社に戻った方が良い』

「おい、まさか……」


 空中を漂っていた瘴気が、急激に咲九の頭があったあたりに集束されているのが見えた。

 その集束の両脇にはリュウ様の手がある。


 咲九の前には、晴れたことでリュウ様が立っていることは解った。

 だが、そのリュウ様の後ろ姿はまるで悪魔のようで、人間としての姿を保ててはいない。


『そう、その()()()だよ』


 瘴気の中に咲九の魂が紛れ込んでいたことは解っていた。だが、その魂自体が瘴気と化していたために、私も手を出すことはしなかった。

 その魂ごと、リュウ様は手中に収めている。


 リュウ様は、それごと自身の体内に収めるつもりなのだと思った。


『アンタは早く神社に帰れ。じゃないと、巻き込むことになるぞ』

「そ、そんなことしたら、お前がっ!!」

『俺は死んでも良い――咲九が居ない未来は、いらない』


 愛憎にも似た、リュウ様の抑え切れていない悪しき感情が嫌でも私に流れ込んで来る。

 そうじゃなくても、先程の雷神の核の影響で堕転しそうになっている私は、ただ数歩、後退することしか出来なかった。


『……だが、咲九にとってはその未来こそが、守りたいモノ。だから、壊しはしない。そもそも閻魔を取り込んでどうなるのか何て、俺の知ったこっちゃない』

「お前、何ヤケになって――っ?!」


 リュウ様が私に魔弾を放って来る。

 それを避けつつ、対面の離れた木の裏側まで逃げ込んだ。


『大丈夫……堕転も、暴走もしないことは解っている。取り込む時くらいで、この森に迷惑はかけない。閻魔に誓って約束する』

「く……っ」


 リュウ様の放つ瘴気が大きくなっていた。

 これ以上、私がここに居たら危険だと、咲九から譲り受けた神器が教えてくれている。


 だから、仕方なく神社に引き返すことにした。


次の投稿は明後日になります。

もう片方が詰まっていまして。


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