135 ▲(☉) 非常事態
「さて、と」
香穂里は独り呟きながら私の前でアンクを胸の前に構える。
「どうせ紗穂里のことだから、私が変身出来ることは知っているんでしょ?」
「まぁ、知らない訳がないデショ」
「だよねー」
そう答えた香穂里はアンクに何かを唱え、変身して見せた。
それは誰がどう見ても既に怪盗ホーリーで、私と同じ方法で顔を隠す為の仮面は後から生み出し、身に着けているようだった。
『じゃ、ちょっと行ってくる』
本当は私も一緒に行きたかった。
だけど、盗んだり、忍びこんだりするにはそれ相応の技術が要る。まして私の術は大半が固定式で、逃げ回って使うような種類は数少ない。
こんな私が行っても足手まといになることは、自分が良く解っていた。
だから、私は自分の持つ十字架を取り出し、香穂里の持つアンクにその十字架で触れ、魔力を分け与える。
アンクも十字架も、良く見れば同じようなデザインをしていた。
「ボクは何も出来ないから――少しでも多い方が良いデショ?」
『……ありがとう』
香穂里にそう言われて、少し胸の奥が熱くなった。
きっと香穂里も解ってくれているのだと思うと、それだけで嬉しかった。
だけど、今は嬉しがっている時じゃ無い。
『じゃ、行って来るね』
そう言った香穂里は窓から飛び出して行ってしまう。私の胸は、不安で押し潰されそうだった。
それから数時間が経っていたらしい。すっかり夜も更け込んでしまっている。
ベッドの上で眠り込んでいた私が目を覚ますと、ちょうど香穂里が戻って来たところだったのか、窓の縁に足を掛けていた。
「香穂里!!」
『ただいま。風見の言う通り、里への侵入はそう難しくは無かった。何故か追手も、警備もあまり居なかったし。中身を見て選別する余裕まであったくらい。でも持ち出すと魔力で追跡されそうだったから……』
そう答えながら香穂里は窓を閉め、変身を解いた。
そしてポケットの中に小さく折り畳まれた1枚の紙を取り出す。
全部ではなく、その1ページだけ破いて持って帰ってきたらしい。
「ただ、さ……」
「……どうかした?」
「これ、見てよ」
そう言われなくても覗き込み、香穂里に指された場所を見た。
そして、私は少しだけ唖然とする。
「……案の定というか」
香穂里はそう答え、溜め息をついていた。
その紙には、本当に色々な名前が書かれてあった。その中の一角に、漢字で "花菜子" という名前がある。上を辿れば、何故かカッコ付きで "(章二)" だったから間違いはないと思う。問題は、その "章二" の姓が現在は "山田" ということだった。
「偶然の一致ではない……よね?」
私は何度も目を擦って見た。だけど、私の目に狂いは無いようで。
香穂里も同じことを思っていたのか、ゆっくりと頷いて答えてくれる。
「そもそも、あの子は何者だろうと不思議に思っていたのよね。だけど、これではっきりした」
「じゃ、山田さんの家に行けば――」
「紗穂里、まだ起きてるっ?!」
急に部屋の外から母親の切迫した声が1階から聴こえて来た。
母親が大声を出す、なんて珍しい。
私達はほぼ同時に驚いて飛び上がりそうになったものの、すぐに気を取り戻した私が声を大にして答える。
「起きてはいるが……どうした?」
「ちょっと、携帯持ってリビングに降りて来て頂戴!」
「今立て込んでいるんだが――」
「非常事態だからそう言っているのよ!!」
「紗穂里、」
苛立ちそうになっていた私の肩に手を置き、目線を香穂里に強制的に向けさせる。
「何かあったみたいだし、とりあえずリビングに行こう? それに、動くとしてももう夜は遅いから、明日以降になるだろうしさ」
香穂里にそう言われてしまっては、仕方ない。
私は渋々、充電していた携帯を取って香穂里と共に部屋を出た。




