132 ☉(▲) 話せなかったこと
「そう言えば、何で如月のこと、言わなかったの?」
電話中、メモ用紙に伝えることをまとめた一覧の中の、如月の件に紗穂里自身が思い切り赤で×を点けた箇所を見ながら訊ねた。
紗穂里は目を細める。
「いやさ。如月さんの居た境界が無くなったというだけで、香穂里も思っているように如月さんが死んだとは言い切れないと思って」
「いや、如月自身がそんなに長くないって言ってたし……」
「それに、気付いちゃったのだよ」
紗穂里はそう答えながら、何も書かれていない真っ白のコピー用紙を机の下から取り出す。
「如月さんは、ボク達の実の母親が長女で、如月さんの母親が四女だと言った。それは確かだよね?」
私は頷いて答える。
その間に、紗穂里は紙の端とその逆端に長女、四女と記入した。
「その間はどこに行っちゃったのか?」
次女、三女と書いて○を描く。
「更に気になったのは、ボク達も聞かなければならない人が居るよね?」
「……誰に?」
「ねぇ、ドアの外側でずっと聞いていた母親……里子さんなら気付いたことがあるのデショ?」
ビクッと肩を震わせてドアを見た。
すると、ドアがゆっくりと開かれて紗穂里のママが仕方なさそうな表情をして入って来る。
「さっきまで連絡を取っていたのは友達の水神と風神だよ、里子さん」
「……そうね」
紗穂里のママはトレーを部屋の机の上に置く。
「 "春神" として知っていることを、話せる範囲で話しておきましょうか」
そう言って紗穂里のママはその床に正座してくれた。
冒頭の内容は、あの台所で聞いたことに少し付け加えたくらいで、特に気にかけるようなことは無かった。
そんな紗穂里のママは目を閉じてから一呼吸おいて、話しを変える。
「四季神としての "春神" は、本来は風神を守る為に存在するの。"夏神" は炎神を、"秋神" は地神を、"冬神" は水神を、という感じで。例え人間的に嫌な相手が属性神であっても、相手が属性神だと気付いていなくても、四季神だけのテレパシーを使って情報を交換することはあったの。でも、今ではそのテレパシーも使えなくなってしまった」
「どうして?」
「携帯でいうところの電波障害と思ってくれたら良いわ。……。雑音が多くて、とてもじゃないけど聴き取り何て出来ないわね。ましてや、真実を知っているらしいにも関わらず、……新たな属性神として選ばれたのが天界の崩壊する数年前という雷神が行方不明ではどうしようも……。まぁ、雷神が居ても……どうしようも出来ないでしょうけど」
「す、進み過ぎて話しが見えないよ!」
紗穂里の呟きに、紗穂里のママは失笑していた。
「それだけ、話せないことが多いということ、ね」
「話せないこと……」
「そう。真実を紗穂里達が知らなければ、自力で掴めなければ、その話しをすることすら出来ないようにされているの。これこそ、この地界に生まれた時にかけられた、世界中の人間に対する崩壊した天界からの呪術みたいなものね」
紗穂里のママはそう答えて溜め息をついていた。
私は何となく、しかし、やっとというべきなのか。如月が私らにあまり話しをしなかった理由が解った気がした。
如月は、話したくても話せなかったというのが正しいのではないか。だから下手に話しをしてしまって、私の気を荒立たせるようなことをしなかっただけなのではないだろうか。
それは、もしかしたら雷神だと思われる永瀬も同じなのかもしれない。
「私が話せるのは、このくらいかな」
――それでも、聞けることはあるはず。
「……知っていたら、話せる範囲で教えて下さい。あの黒い仮面は、どうして宮本神社の結界を抜けられないのですか?」
紗穂里のママは目を丸くしていたものの、やがて困惑した表情を浮かべていた。
「……そうね、何て言えば良いかしら」
――言えないだけで、やっぱり知っていることなのか。
私の直感がそう教えてくれた。
「地界には "世界の加護" があるの。その加護の影響を強く受けているのが、貴方達の言う "黒い仮面"。その加護を受けずに、独立した独自の加護を生み出せれば、加護の影響を強く受けているモノは何であっても入ることは出来ないの。解るかしら……」
「何となくは」
紗穂里はそう答えながら紗穂里のママを見つめる。
「里子さんは、その方法を知っているということで良いんデショ?」
「・・・」
「……え?」
話しが見えなくて、私は紗穂里を振り返っていた。
紗穂里のママは肩を竦めている。
「さぁ。それは、どうかしらね」
「なるほどね……やっと理解したよ」
笑顔の紗穂里はそう答えながら私を見る。
「あまり仮説というモノは好きじゃないのだが……そうやって先に進みながらハッタリでもしていかないと、これに関する解答と次の問題が出て来ないようになっているらしい」
紗穂里のその推理は強ち間違ってはいないと思う。
だから私も頷いて答えた。
相手が話せないのであれば、こちらから話しを想像であっても切り出して顔色を窺う他に、方法は無い気はする。
だけど、だからこそ、その分のリスクも大きい。
間違った道に進まないように、千尋と風見との連絡は頻繁にするべきだと思った。
でも、だからといって紗穂里のママがその "独自の加護" を生み出す方法を知っているとは限らない。
「でもさ、おかしいと思わなかった?」
不思議そうにする私に紗穂里は続ける。
「この家、千尋の敷地よりはかなり狭いと言っても、あの仮面が入って来ることは一度も無かったデショ? 香穂里がここに逃げて来たことは知っているはずなのに、襲撃してこない。それってさ、この家にも同じ結界があるってことじゃないの?」
「あ……」
言われてみればその通りだった。紗穂里のママも苦笑いをしている。恐らくはそれが答えなのだと思った。
が、同時に不安を覚える。
「でも、紗穂里のママが知っていると仮定して、どうして一般の超能力者が知らないのか、という疑問が残るよね。それって、それだけ大きな代償があるってことじゃないの?」
「そうね」
これには紗穂里のママが答える。
「でも、それは貴方達が知らなくても良いこと。ううん――むしろ、知らないままで居て欲しい。だから、話したくは無かったの。紗穂里のことだから、知ったら調べてしまうでしょう?」
流石は紗穂里のママだった。
紗穂里はどうして?という表情で紗穂里のママを見つめている。
紗穂里の知識欲は半端無い。一度でも疑問に思えば徹底的に理解するまで悩み、調べ上げる。
そういう性格を知っているからこそ、紗穂里のママは話さなかった。紗穂里が探す "答え" を知っていても、このまま黙っていようと思っていたのだと思う。
知っていても、私らには知らないことにしておきたかったのかもしれない。
もしかしたら、如月が過去に嘘付きだったという件は、今の紗穂里のママと同じようにしていた為ではないか。だから全てを知っていても、知らないことにして押し通した。
もう1人の私がカナちゃんのことを私に黙っていたように、黙っている事で私の魔力暴走を抑えてくれていた。
「ねぇ、紗穂里、」
私は紗穂里に声をかけた。
それまで私の沈黙が続いていただけに、紗穂里も紗穂里のママも驚いて私を見つめて次の言葉を待っている。
「紗穂里や私が知らない方が良いこともあるんじゃないかな。紗穂里のことだから気になるかもしれないけど……優しい嘘も、あるんだと思う」
「優しい嘘?」
「紗穂里が私の入院していた時のことを私に黙っていたのは、私が魔力暴走を起こさない為でしょ? きっと、それと同じことだと思う。もしかしたら、紗穂里が魔力暴走を起こす可能性があるのかもしれない」
「それはないよ」
紗穂里は言い切った。でも、
「その根拠は?」
その一言には紗穂里が目を丸くしていた。
が、これには紗穂里が失笑を返してくれる。
「そうだね、根拠は確かに無い。でも、……うむ。そういう可能性も、今は無いと思っていても、いざ目前になってみなければ解らないかもしれない。こりゃぁ、香穂里に一本取られたな!」
何て答えて笑ってくれていた。
私も紗穂里のママも安堵して溜め息をつく。




