131 ⛩(全員) すり合わせ
しばらくして、紗穂里から電話があった。
内容を聞きながらまとめるため、純にルーズリーフを取ってもらう。
あの箱の中の書類から解ったことがいくつかあったらしい。
まず、写真に載っていた子供は、私の兄・宮本 尋雪、香穂里、純と、もう1人は "フウミ カナコ" という子らしい。
そして院長の日誌から、その写真が院長にとても大切にされていた理由が、院長の親友の "章二" という人が写っていたため。この "章二" という人が "フウミ カナコ" の実の父親であることも書かれてあったらしい。
そして、そんな子供達の担当をしていた看護師は "如月 咲穂" という女性だったこと、その女性が "キサキ" を名乗る写真家であることを言っていた。
「……って、まさか、キサキさんのこと?」
私は目を丸くして電話越しに訊ね返していた。
もう何度もコスプレ写真を撮ってくれているキサキさんを思い出す。
有名なフリーの写真家、と言えばあの "キサキ" さん以外に考えられなかった。
『……え? 知り合い??』
「うん。番号も知っていたと思ったけど……」
まさかキサキさんがお兄ちゃんの看護師だったとは思ってもいなかった。
そもそも、そんなに昔から色々なことをやっているとは……本当に母親と同じような年代なのかと疑う。本当は何歳なのだろう、あの人。
『連絡取れたりする?』
「解らないけど、後で試してみるよ。それよりも、まだ解ったこと、あるんでしょ?」
『うん。でも……信じてもらえるか解らないけど、』
と言いながら紗穂里が話してくれたのは、香穂里がちらほらと思い出したことについてだった。
その "フウミ カナコ" という子が私のお兄ちゃんに、大切にしていたネックレスを渡していたそうだ。
思わず自分のしているネックレスを見て訊ねる。
「まさか、これを持っていたのはその子? これは水神の核が入っているネックレスで……」
『そうみたい。でもその時に、ネックレスをあげる代わりに千尋を紹介することを強く要望していたとか』
「え? 私?? 何でまた……」
『普通に、友達になりたかったらしい。だが、その翌日に千尋の兄は退院してしまったとか……』
無念だっただろうな、何て思いながらもあることに気付く。
「香穂里はその病院に、その写真の誰よりも最後まで残っていた、ということ?」
『……ということ?』
どうやら私の声は香穂里にも聴こえているらしく、紗穂里は普通に向こう側で訊ねているようだった。
もっとも、こちらも似たような感じで純が傍で私達の会話に耳を傾けている。
書類でも探していたのか、しばらくして返事があった。
『そのあたりの記憶が曖昧なんだって。でもまぁ、多分そうだろうって』
「純と同じだね」
私は純を見ながらそう答えた。
純が私に頷いている。どうやら話しても良いらしい。
「純も病院でのことを殆ど思い出せたのに、その時間の前後が曖昧なんだって。誰の後に退院したとか、誰が残っていたとか、そのあたりが良く解らないって言っていて」
『なるほど。また興味深い共通事項が浮かび上がりましたな!』
紗穂里がどこか嬉しそうに探偵口調で答えていた。
思わず私と純で失笑してしまう。
『カナちゃん……えぇっと、そのもう1人のフウミって子のこと、風見さんは何か知らないのかと思って電話したんだが』
私は純を見たが、純は頭を横に振っていた。純でも解らないらしい。
だが、純は私にこの電話を寄こせと示してきたので、代わりに拡声モードにする。
手話でやりとりして、何とか拡声モードのことを純に理解させた。
「聴こえますか?」
寄って来た純が恐る恐る話せば、
『うん。むしろ快調だよ!』
と紗穂里の返答があった。
それで安堵したのか、純が話し出す。
「私の家になら家系図か連絡帳あたりがあるので、それを見れば何か解るとは思います。風見の名が付く者であれば、特に大きな事件でも起こさない限りは兄上の支援を受けることが出来るので」
『じゃぁ、風見が実家に戻ったら何か解る訳か』
あちらもモードを変えたのか、香穂里がそんなことを言っていた。
瞬時に私は顔色を変える。
「それは無理だよ」
ほぼ即答していた。純は私を見て頷いている。
「実のお兄さんが、つまり風見家が純を騙していた、偽っていたと知って、純が易々と実家に帰れる訳がないでしょ」
『あ、少し待って、千尋』
これには紗穂里が即答していた。
『香穂里には、風見さんのあまり深い事情は伝えていないんだ。その……あまりにも香穂里と被り過ぎていて、下手に突いて香穂里を堕転させたくなくて……』
向こうの事情を知らずに答えてしまったらしい。
そのためか、香穂里が紗穂里と言い争っているような会話内容が聴こえて来る。
思わず私達は失笑してしまう。
が、このままでは埒が明かないので溜め息をついてみた。
「その、何だ。逆に何も知らなくてごめん。だから、お願いだから、電話が終わるまでは喧嘩はしないでくれ!」
向こう側の騒音が止んだ。
しばしの沈黙。
それを破ったのは純だった。
「家系図はそんなに大切には保管されていないので……むしろ、風見の教育の一環で複製が使われているくらいなので、盗もうと思えば神器よりも簡単に盗めます」
遠回しで、香穂里に怪盗ホーリーとして盗みに行け、と言っているようにしか聴こえなかった。
それは向こう側の2人も同じ思いだったのか、返答が無い。
「敷地の中に小学校があるので、その職員室の資料棚には必ず保管されています」
『……それは、私に喧嘩吹っ掛けていると思って良いの?』
香穂里が純に訊ねた。純が頷いて答えているものの、その沈黙で正解を伝えていたようだった。
と、思い切り香穂里が溜め息をついている。
『怪盗のこともバレているみたいだし……本当に腹が立つわね、アンタ』
怒りが純に向けられているらしい。
私は唾を飲み込んで黙ってしまう。
『そうは答えながらも、実力を試す良い機会だとか思っちゃったくせに』
『なっ……そ、そ、そんなことは!!』
『顔はニヤニヤ、嬉しそうにしちゃって』
紗穂里は茶化しながらも香穂里の感情の説明をしてくれていた。
安堵して私が溜め息をついてしまう。
『とりあえず、今のところ解ったのはこのくらい。そっちは何か進展あった?』
「正直、これといって大きな情報は無いのよね」
そう答えながらも、一応こっちの状況を伝えておくことにした。
純曰く、動く死体が崩れて動かなくなってからは、何事も無く帰宅出来たらしい。
熟睡していた私を背負っていた為に、道中で何度か黒い仮面の集団と鉢合わせしそうにはなったものの、純の隠遁の術でやり過ごせたそうだ。
しかし、帰宅したその晩から黒い仮面の集団による神社の結界への攻撃が始まり、正直電話をかけるどころでは無くなった。
唯一の救いは日中には攻撃をされないことで、その間に外部との接触、非常用の物資や魔力や霊力の補給が出来ることだろうか。
ただし、このお陰で純がどれほどの辛い日々を送ってきていたのか、私でも理解することは容易だった。そして、どれほど "今" が苦痛なのかも理解した。
事実を知って家を裏切る結果になって、純は毎日のように魘され続けている。その夢を垣間見えてしまった所為か、こんな私でも純には頭が上がらなかった。
でも、これは純が決めたこと。内容を聞いたところで、知ったところで、私はただ純を手助けすることしか出来ない。
こんな自分が歯痒かった。
「政界から風見家には圧力をかけてもらっているみたいなんだけど、どうにも上の人間の反応が薄いんだって。だから直接話しをしたいと宮本の本家から風見家に手紙を出したらしいよ。でも、その反応もあるかどうかは解らない」
『政界は今、どういう感じなの?』
香穂里の声のように思えた。
政界に興味があるのか、何て思いながらも答える。
「どうもこうも、総出で黒い仮面の起こした事件の処理と、報道用の謝罪会見と、暴動鎮圧のための交渉内容の開示で大忙しみたいね。一応、書面で終わらせられることに関しては外部の探偵や弁護士に依頼しているみたいだけど」
『こんだけ大事になっているのに国連は動いてくれない訳?』
テレビのニュースでは連日、毎時間、黒い仮面の集団についての速報が流れている。窃盗や強姦だけなら、まだ可愛い部類なのか速報でも流されない。速報は殆どがヤバイと思えるような、集団神隠しや無差別多量殺人などが多かった。
しかし、それらも国内だけの報道で。
「黒い仮面は世界中で多発していて、現状では拘束しても2日後には煙のように消えてしまっていて……どうしようもないみたい」
『消える? その黒い仮面が?』
今度は紗穂里のようだった。
私は(相手が目前には居ないというのに)頷いて答える。
「そういう風に聞いてる。本当かどうか解らないけどね」
『でも……それなら、納得なんだよね』
紗穂里が意味深な発言をし、恐らく香穂里が小さくうんと頷いているようだった。
『前に話したことあったか覚えていないのだが、遠音が虐められていたことは、噂で聞いていない?』
「クラス委員だし、まぁ、ある程度なら知っているわよ。それがどうかしたの?」
『その遠音が庇っていた子、実は不自然な死に方をしているのだよ』
そう言った紗穂里は唾を飲み込んだようだった。
『彼女は自殺だった。が、死体は保護者の目の前で蒸発してしまったらしい』
「……その子が、黒い仮面の1人だったってこと?」
『そう。もっと言えば、黒い仮面を使って結界の中に遠音と共に閉じ籠っていたから近寄れなかった、が正しい。あの仮面は割ることで誰も近付けない黒い結界を張ることが出来る代物らしいのだよ』
つまり、私達の転入する以前、中1の時から既に黒い仮面が存在したことになる。
『あれの所為で自分の席に着けない超能力者も居たくらいだから、彼女が死んでからは、この話しは自然と禁句のようになっていたが……』
「このことが公になったら、そのことを知っている生徒は彼女の呪いだと思うのかしら」
純の一言で私はハッとした。
「この情報……流したらパニックになる!」
『いや、確かにそれもそうなのだが!!』
紗穂里は慌てた感じで答える。
『その彼女の母親の旧姓も "風見" なのだよ』
私達は目を丸くして顔を見合わせていた。
『だから恐らく、黒い仮面には暗示効果も含まれているのではないかと思う。その上で黒い結界……あの "悪魔の部屋" のような結界を張れることを考えると、仮面を着けられている者は何も知らずに操られているだけという可能性が高い』
『ついでに言えば、風見家の1人として動いていた風見、貴方も黒い仮面を着けていたのではないかと考えた訳で』
香穂里がそう付け加えていた。
私が純を見れば、純がわなわなと唇を震わせている。
「私も操られていたのではないか、ということ?」
『その可能性は無いと言い切れる?』
「……言い切れないわ」
純は諦めたのか、目に涙を浮かべていた。悔しかったのか、下唇を噛んでいる。
「信じたくはないけど、……その可能性は、かなり高いわ」
『その黒い仮面を持っていたりしない?』
香穂里の質問に純が頷いて答える。
「持っていたら、ここの結界には入れないもの。今は持っていないわ」
『結界に入れない?』
「そうよ。ここの、千尋の家の周辺には強い結界が張ってあるの。この結界は昔から黒い仮面を着けたままでは、所持したままでは入れないようになっているわ。だから、わざわざ私が……兄上の実の妹で、偶然にも千尋と同じクラスだった私が選ばれた……」
『それ、そこが不思議なのだが!』
純の発言に紗穂里が待ったをかける。
『どうして黒い仮面だけを排除出来るの? あの黒い仮面は修練を積んだ結界師の資格を持った者でも指定しての排除は出来ないと、白雲運河を目指して修行をしていたボクの母親がそう言っていたのだが?』
紗穂里の母親の件には驚きだったが、それ以上に純が私を見てきたことで驚いていた。
それが私に聞かれていることだと解っていても、しばらく考え込んでみても答えは出て来そうにもない。
「そう聞かれても。ウチの結界はお母さんが離れの小屋の中で、私が生まれた頃から既に守ってくれていたものだから、その仕組みは解らないよ」
逆に、超能力者が黒い仮面を排除出来ていないことが不思議だった。
でも、確かにその仕組みが周知されていれば、犯罪はここまで大事になっていなかったはず。
『うーん、じゃぁ、それを聞くことって出来ない?』
「それは出来ると思うけど、今はお母さんも仮眠していると思うから……明日以降でも良い?」
そもそも、今夜が最大の勝負だった。
元々身体の弱いお母さんが結界を守ってくれていたのだから、当然ながらそんなに長くは保てないことは解っていた。結界が消失するのは目前だろう。
黒い仮面の狙いが純と私であることは明白だったから、私達は明日の日中にここを出て、本家の隠れ家に行く手筈になっている。
その際、環境が良いという理由からお母さんも一緒に行くことになっていた。
なお、結界内の住民には何日も前からそのように周知してある。これを乗り越えれば聞く機会なんて沢山ある。
『解った。連絡、待ってるから。あ、キサキとかいう人の件も忘れないでね』
香穂里がそう締めくくってくれた。
あまり深く聞かれなかったことに安堵しながらも、私も元気に返答する。
「了解。また明日以降に、今度はこっちから連絡するよ」
『承知。まぁ、その間にこっちも何かあれば連絡する』
紗穂里とはそう言い合って電話を終えた。




